第8話 不本意な協力
とりあえず、僕は鬼塚さんの代わりにキュウに渡す弁当を作ることになった。
実は学校で毎日、鬼塚さんがキュウに渡しにくる弁当は、僕が作って鬼塚さんに渡して、鬼塚さんがキュウに渡しにきているってわけ。最低だ。
たまたま鬼塚さんの友達モエカさんが僕に家の近所に住んでいて、その女の子が僕の家に弁当を取りにきてる。
一度、その娘とキュウが玄関で、ばったり鉢合わせして、どうでもいいけど焦った。まあ、キュウは詮索するタイプじゃないからスルーしたけど。
鬼塚さんに生徒手帳に挟んでた僕とキュウのツーショット写真を見られて、僕がキュウを好きだという秘密を握られてしまった。そして、ばらされたくなかったら、まあ口に出して言われた訳じゃないが、そう言うことだろう。そして強引に協力させられることになった僕は、アレコレ協力させられた。
ほどなくして、鬼塚さんは、ベストな状態でキュウに告白し、めでたくキュウと交際が始まったわけ。
それからというもの、キュウの好みや食べ物、欲しがっているものなどをスパイさせられた。そのおかげか、それなりに二人はうまくいっているように見えた。
でも最近、多分だけど、キュウは八重さんに興味が移っている。鬼塚さんの話題より、八重さんの話ばかりしている。
だから鬼塚さんとキュウの交際も長くはないかもな、と感じていた。
それに、休日にあるキュウの試合の弁当は「用事があるから」って、鬼塚さんに断っている。まあ、用事があるのは本当だが、本音は協力する意味が分からなくなってきたからだった。
キュウに僕の気持ちが知られて悪いのか?ということだ。
僕の気持ちをキュウが知ったとして、気持ち悪い、となるだろうか?
もし、そうなったら、それだけの人間関係だったんだ、と逆に諦めがつくんじゃないか?と思っていた。
「そうだ、やめよう」
僕がそうつぶやくと、キュウは、なんだ?という顔をしたが、何も言わなかった。
そこに、僕の考え事の張本人、鬼塚さんが現れた。でも何故か、キュウの方を見ず、僕の方に突き進んできた。
「香織さん、どうしたの」
怖い顔をして僕を睨む鬼塚さんにたじろぎながら僕は言った。鬼塚さんって、美人だけど、怖い顔をしてんだよね。
「九くんにお弁当のこと、言ったでしょ!」
そう鬼塚さんは、叫んで、僕の頬を平手打ちした。痛い。避けたから、もろではなかったけど、痛かった。
ちがう、と言いかけるとキュウが言った。
「ロクタから聞いたわけじゃないよ」
「じゃ、誰よ!」
鬼塚さんはとても興奮していた。
泣いてこそ、なかったが、真っ赤な顔をして怒っていた。
まあいくら鈍感なキュウでも、味とかで分かったんじゃないのー?と僕が思っていると。
「んー、誰だったなあ、バスケ部のマネージャーの女の子から聞いたんだったかな」
え、やっぱり言われて気づいたんだ。さすがキュウだ。
「でも、別れたいって、言ったのはそれが原因じゃないよ。気になる人が出来たから。でも別れたいって、言ったのは流れで…。でもゴメン」
どうやらこういうことらしい。
先週の日曜日の試合の時に弁当を持っていけなかった鬼塚さんにキュウが
「弁当、もう作らないでいいよ」
「なんで?」
「ん、別に意味はないけど」
「私のお弁当、迷惑?」
「香織の弁当って、…ロクタが作ってるんだろ?」
「……。」
「いいよ、弁当なんか。いろいろ、オレ嘘とか嫌だから」
という話から、キュウは、鬼塚さんと別れる話に発展してしまった、ということだった。
鬼塚さんの自業自得だったが、それはキュウなりの僕に対する優しさだし、鬼塚さんにも優しさのつもりで言ったんだと思う。
「もう(嘘の)弁当なんか作らなくていいよ」って。
嘘をつく付き合いはしたくない、というキュウの本音だ。だけど、恋愛は相手にはよく思われたいから、多少の嘘は必要なんだよ、キュウ。
まだ鬼塚さんに、少しの同情の気持ちが僕の中にあった。つくづく僕はお人好しだ。
「気になる人って、誰よ!」
それでも食い下がる鬼塚さんは強いなあと思った。
「香織の知らない人だよ」
ああ、やっぱり、八重さんのことだ、と僕は心の中で思った。
「川嶋くんは知ってる人なの?」
また鬼塚さんが僕の方を見て言った。
黙っている僕の顔を見て、鬼塚さんはまた言った。
「なによ!川嶋くんは私が振られるのいい気味だって見てたんでしょ?川嶋くんを利用したもんね。でも自分の気持ちも言えない人に何が言えるのよ!」
鬼塚さんがまた興奮していくのがよく分かった。彼女は言うつもりだ。
「九くん、川嶋くんはね、九くんが好きなんのよ!あなたが思っている友情じゃなく、恋愛相手として!あんた達、キモいんですけど!」
鬼塚さんは怒りのままに、まくし立てていた。場の雰囲気が凍りつく。僕がそう感じただけかもしれないけど。
「え?キュウの気になる相手って、ロクタだってことー?」
周囲で僕たちの痴話喧嘩?を見ていた野次馬の一人がそう言った。
「え、マジ」
「ウソ、男同士だよ」
周囲がざわざわし始めた。
え、僕が否定するべき?などと、いう考えが頭に浮かんだ。
そして、その瞬間、キュウに腕を掴まれ、キュウに抱き寄せられる格好になった。
え?と思ってる間に、僕はキュウに抱き締められ、キスをされていた。
もちろん、唇にである。キュウの目を閉じた顔が目の前にあった。
「きゃあー!」
女子の悲鳴みたいなのが上がる。
クラスの女の子の驚きの悲鳴である。こんなとき、本当に女の子って、きゃあって、言うんだね、と冷静に考えていた。
キュウは僕から唇を離すと、僕の手を繋いで、教室を出た。
教室を出る瞬間、次の授業の教科担当の先生とすれ違う。
「おまえら、授業だぞ」
何も知らない先生が、僕たちにそう声をかけた。
「川嶋が体調悪いんで保健室に連れて行きます」
キュウは僕の手を握ったまま、先生にそう言う。
「あ、そうか。頼むぞ」
先生はあっさり嘘を信じた。
次の瞬間、キュウは僕をお姫様抱っこした。また、女子のきゃあー、という声が聞こえた。
「応援してっぞー」
クラスの誰かがそう言った。
すると、クラスのみんなが拍手し出した。
「なんだ、おまえら大袈裟だなあ」
何も知らない先生はそう言った。
いつの間にか鬼塚さんはいなくなっていた。
みんな祝福してくれてる?キュウの腕の中で、僕は何故か泣きそうになっていた。
僕はキュウのことを好きなままでいい。そう言われてる気がした。
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