第5話 作戦会議

 日曜日はとても良い天気だった。

 今日はナナとの約束の日。昼の12時には僕の家にナナが来る予定だった。

 いつも日曜日は母さんがいるはずだったが、急な仕事で、家には僕1人になった。

 僕の家庭は母子家庭である。父親は僕が小学4年生の時に死んだ。と、言うとかわいそうな少年時代を思い浮かべそうだが、そうでもない。

 父親はそこそこ良い会社に勤めていたこともあり、会社で生命保険にも入ってたので、当面の暮らしには困らなかった。それに母には友達が多く、父親が亡くなっても、二人っきりでひっそりという訳でもなかった。

 もちろん、悲しくなかったわけじゃない。

 忙しくても休みの日は、遠出こそあまり行かなかったが、近所の公園やプールには連れていってくれた。そして一緒になって遊んでくれた。でもそれも僕が大きくなるにつれて、親との約束より友達との約束を優先させるようになり、回数は減っていった。

 父が死んだ後、母に「もっとお父さんと遊べば良かった」と泣いたら、母は「お父さんはロクタが成長した証拠。良いことだ」と言ってくれていたと話してくれた。

 父が死んでしばらくは、母も僕も哀しみに暮れていた。どうして、父が死んだのに、当然のように、朝は来るし、学校には行かないといけないし。なにも変わらないということが、とても受け入れがたかった。でも僕は父に愛されていた。それが時間と共に、母と僕を元気にしていった。

 だから僕はかわいそうな少年なんかじゃない。そう思えた。

 僕はナナを待っている間、庭に昼食をセッティングしていた。いつも晴れた休みの日は、庭でランチをした。

 だいたい、庭でランチの日は、母と二人だったが、最近は母の友達の結子さんと三人になることが多かった。結子さんは、母の同級生で幼なじみだった。結子さんは結婚してなかったので基本、自由な人だった。

 今日は母が仕事なので、結子さんが訪ねて来る予定もなかった。

 気づくと庭のアジサイの花が満開だった。濃いブルーのアジサイは、静かに美しく咲き乱れていた。思わず「すげえ」と声が出る。

 家の庭には色とりどりの花や木があった。どれも死んだ父が育てていたものだ。生きていた頃は、母は植物を育てている父を「そんな食えんの育てて何になる?」と笑って言っていた。そんな母が父が生きている頃は、見向きもしなかった植物を今は枯らさないように、手入れしている。

「ナナ、気に入るかな」

 美しいアジサイを見ながら、鶏肉とアサリのパエリアを用意した。湯剥きしたトマトがいいアクセントになり、大きめのエビと良くマッチした。

 飲み物は白ワインといきたいところだが、二人とも未成年のため、手作りのブドウジュースを作った。少し熟れ過ぎて販売出来なくなった品物を母が大量に貰ってきたものだ。母は美人(自分で言ってるから世話ない)で、社交的な性格のため、よく好意的にしてくれる人が多い。得な性格だ。

 デザートは梅ゼリーにした。梅はおばあちゃんの家の梅を貰って、梅シロップにしている。それを使って梅ゼリーにした。そろそろナナが来る時間だな、と思い、時計を見ると、玄関のチャイムが鳴った。

「はい」

 僕は急いで玄関に向かう。

 玄関のドアを開けると、日傘を差しているナナが立っていた。

「え、雨?」

 僕は思わず、ナナに言った。

「とっても天気よ!ママが日射しが強いから持ってって、と言うから」

 ちょっとふて腐れていうナナは可愛らしかった。確かに色白の彼女には、今日の日射しは強すぎるかもしれない。そうすると、庭にランチをセッティングしたのは失敗だったかもしれない。日焼けのことなど全く気にしていなかった。

「今日はご馳走してくれるんでしょう!」

 ナナは大きな瞳を輝かせて、笑顔で言った。

「それが…」

「え、どうしたの?」

「まあ、入ってよ」

僕は、食事をセッティングし直せばいいか、と思い直し、ナナを家に招き入れた。

そして、庭にセッティングされたテーブルと料理を見た途端、「すごーい!」とナナは、はしゃぎ始めた。

 ナナは裸足のまま、庭に降りた。

「サンダルあるよ、それに日に焼けるよ」

 僕はナナにそう言った。

「えー、こんな素敵な庭が有るのにもったいない。日傘はママが無理やり持たせて、失くすとうるさいから差してただけ、日焼けなんて気にしたことないよ」

 そうナナは笑顔で言った。出会って間もないけど、ナナらしいと思った。

「ロクタ、ロクタも食べよう!」

 ナナは僕を手招きした。

「そうだね」

 僕はサンダルを履き、ナナ用に準備していたサンダルをナナの足元に置いた。

「なんか、シンデレラ姫のガラスの靴みたい」

 ナナは照れくさそうにまた笑って言った。確かに、ナナの足元にひざまずく僕は、シンデレラの王子様みたいだ。

「じゃ、食べようか」

 僕は、ナナのために用意した椅子をひいて

「どうぞ、お座りください。お姫さま」と冗談ぽく言った。

 


 

 

 

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