第89話 クズ以下の本領
年に一度の身体測定。それは特に語ることなく終わった。
この年になって背が伸びる事などないし、逆に視力は年を増すごとに落ちる一方。まぁ妥当な数値だった。
(男子の方は少し長引いちまったな……)
長い廊下を急ぎ足で進む。
身体測定は当然、男女別。なので俺と西代は身体測定後に、大学本堂3階の喫煙ルームで集合する手筈となっていた。
速足だったため目的地にはすぐに着いた。俺は喫煙ルームの分厚い扉をゆっくりと開く。
「すぅー……」
「ふぅ……」
「悪い、西代。待たせたか?」
換気扇が回る室内で、白煙を散らすように煙草を吸う西代に声を掛ける。
「あ、陣内君」
こちらに気がついた彼女は、柔らかくほほ笑んで煙草を灰皿に置いた。
「いいや、そこまでは待ってないよ」
(……ん?)
こちらに向けられた西代の表情に、少し違和感を覚える。
(コイツって……こんな顔をする奴だったっけ?)
角が取れ、丸みを帯びた穏やかな気風。
西代桃は、自分を待たせた人間を悪態をつかずに受け入れるタイプではなかった気がする。
「ふぅー……私はけっこう待った気がしてるー」
西代とは真逆で、コチラを気だるそうな流し目で見てくるのは猫屋だ。
「陣内のせいでー、煙草が3本もなくなっちゃったー」
「ヤニカス、お前には聞いてねぇんだよ」
「言うと思ったー。普通こういう時はさぁー、待たせたお詫びにジュースの1本でも用意するもんじゃないのー?」
「誰がそんな事するか。お前に、俺の酒を飲む資格はない」
「いつの間にかジュースがお酒にすり替わってるー……」
「ふふっ、猫屋。彼はこういう人だよ」
姦しい軽口を無視して、ポケットから甘い煙草を抜き取り火を点ける。同時に、リュックから新入生勧誘会のパンフレットを取り出した。
「ふぅー…………んで、どこから見て回る? この手のもんは、見る場所を決めといた方が効率がいいだろ?」
「そうだね、どうしようか?」
「あぁー、私、ガチっぽい運動系のやつはパスでー」
聞いてもいないのに、また猫屋がしゃしゃり出る。
「大学に入ってまでー、汗水たらして運動なんてバカらしいでしょー?」
「…………まぁ、そうだな。一理あるか」
ガチガチの体育会系は俺も嫌だ。若々しい情熱や健全さは、中高に所属していた陸上部で十分すぎるほどに堪能した。
「そう言うのなら、僕も音楽とか芸術系は嫌かな……。そこら辺は下手だから、時間の無駄だ」
「あぁ、俺も楽器とかまるで弾けないから同意見だ。絵心もないしな」
「私も同じくー」
「全員の同意が得られて何よりだね。なら部活動系はやめて、サークルとか同好会の緩そうなのを物色しようか」
「異議なし」
「さんせーい!」
西代の提案に、俺たちは文句をつけることなく同意する。
…………しかし猫屋のヤツ、本当に付いて来るつもりかよ。俺は西代と2人きりがいいので、空気を読んで帰って欲しい。
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「やぁやぁ、そこの女性新入生たち!!」
「ちょっといいかな!!」
「なぁに手間は取らせないからさ!!」
「へ?」
「え?」
「んー?」
大学広場で開かれている新入生勧誘会を巡り始めて、わずか5分足らず。
俺たち3人は恐るべきスピードで赤、黄、緑と、派手な髪色をした彼らに囲まれた。いや、行く手を遮られたという表現が正しい。
「まずは入学おめでとう!! 同じ大学の先輩として喜ばしいね!!」
「あぁ、俺たちは"pops"っていうアウトドアサークルのメンバーでさぁ!!」
「まぁ気楽にアウトドアの魅力を伝えようって集まりな訳よ!!」
「それで、そんな俺たちpopsは今晩、新入生歓迎飲み会を企画していてね!!」
「新入生はタダだよ、タダ!! メチャ良くない!?」
「君たちもどうかな? 色んな学科の女の子を誘ってるから、安心して楽しめると思うよ!!」
「「「………………」」
息の合ったマシンガントーク。一種の曲芸じみた話術に、俺たち3人は呆気に取られてしまう。
「もちろん、飲み会に参加して肌に合わないと思ったら入部しなくてもオッケーだから!!」
「……………………うん、タダはいいね」
放心していた状態から、一番最初に反応したのは西代だ。
西代はスッと俺と猫屋に身を寄せて、小声で囁く。
「1食分のご飯代が浮くわけだ。どうかな猫屋、陣内君? 僕は悪くないと思うけど」
「だ、だねー」
猫屋は背を丸めて、西代に強く寄り添った。どうやら勢いが強い男性の圧力を嫌がっているようだ。
「女子が多いなら、私も気楽かもー。それに私まだバイト始めてないからー、タダ飯は正直ありがたーい……!」
「あははっ。こういう時、新入生は得するね」
(え、この2人分かってないのか?)
シンプルに喜ぶ2人を尻目に、俺は現状の分析を始めた。
まず、信号機のような髪色をした彼らの目的は女漁りだ。その手口と容姿から見て、かなり手慣れている。
その裏付けとして彼らは、俺に見向きもしていない。ただ、その事に彼女たちは気がついていないようだ。
女子高出身らしい猫屋はともかく、冷静沈着な西代ならこの手の誘い文句に気がついてもよさそうだが、
(…………まっ、でもいいか。タダ酒って言うのが気に入った)
まず前提として、西代のアルコール耐性で酔いつぶされお持ち帰りされることはない。そこに俺も居るので、もはや盤石の布陣。
猫屋は知らん。自分の身くらい自分で守れ。
(よし)
現状を見切った俺は、この誘いを受ける事に決めた。他の2人も乗り気そうなので、この場で話を付けてしまおう。
「あの、じゃあ俺たち3人で今晩参加していいですか?」
3人の代表として1歩前に躍り出る。そうして、先輩らの視線を引き受け確認を取った。
「え? あぁー……うん、もちろん」
この野郎……今俺の存在に気がついたな。すぐ間隣に居たって言うのに、逆にスゲェよその下心。
「あ、最初に言っておくけど、お酒は頼んだらダメだよ? うちは健全なサークルなんだ。公式的な場での未成年飲酒は皆に迷惑が掛かるからね」
「あ、はい。そっすね」
彼の言っていることは、表面上は良識的。ただし、裏の意味を邪推すると話はまったく異なった。
公的な場である1次会では厳しく取り締まるが、その後の2次、3次会は個人の裁量に任せる。その後の事は、自己責任で。……まぁよくある話だ。
お酒の本質とは、その多面的な姿模様にある。
「……いやぁ、お酒って本当に魅力的な飲料ですよね」
「え?」
「あ、やべ」
自分の世界に入り込んで、意味不明な事を口走ってしまった。
「いや、その……俺たち3人って2浪してるんで年齢的に飲酒しても問題ないんですよ。な? 2人とも」
恥ずかしさから目を逸らすように首だけで背後に振り向き、俺は2人に同意を求めた。
「うん」
「そ、そうでーす」
「へぇ、そっか。そうなると、3人は同い年か……」
俺たちが2浪していると知り、三色狼たちの薄目がギラリと光る。
「いいな」
「あぁ、いい」
「同い年の後輩とかそそる……」
「は?」
「あ、いや、その……ハハハ、こっちの話だから気にしないでくれ」
……なんか、ここまで欲望に実直だと少し羨ましいな。
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このようなやり取りを交わした後、俺たち3人は再び新入生歓迎会を見て回った。だが、食指が働く集まりと言うのがまるで無かった。
サークルや同好会と言っても、大部分は運動系か文化系に分けられている。
軽音楽等の緩いサークルでも西代は音楽・芸術関係を嫌がり、同じく軽い運動系のサークルであっても猫屋は微妙そうな表情を作った。事前に話していた通り、彼女たちはそこら辺に属する気が全く無かったらしい。
詰まるところ、運動と文系ともに全滅だ。
他にも、お酒に関するサークルなどがあったのだが、その手の集団は日本酒サークルやウイスキー愛好会などと言った具合になぜか先鋭的。国内外関係なくアルコールを愛する俺にとってはどうにも度量不足に思えた。
麻雀、ポーカーサークル等も現金を賭ける行為は絶対にNGとの事で、西代が『彼らは一体何をしていると思っているんだろうね?』と一喝。やはり、西代桃の倫理観は死んでいる。
結局、属したい集団が見つからずに時間は夜を迎え、俺たちは最初に約束を交わしたアウトドアサークルのタダ飲み会に参加していた。
参加人数は50人近く。どうやってかき集めたのか分からないが半分は女だ。居心地がすこぶる悪い……。
「いやぁ、今日は参加してくれてありがとね!!」
広い和風居酒屋の、喫煙可能な4人席。そこで、俺たちを飲みに誘った3人組の1人である赤髪が同席していた。黄と緑は別卓のようだ。
「ここの飲み会の経費はサークルの活動費から出させるから、俺たち上級生に遠慮せずガンガン頼んでよ。君たちはお酒が飲めるんだから、今日は限界まで飲んじゃってもオッケーだからさ!!」
「は、はーい。あ、ありがとーございまーす」
「どうも」
「お世話になります」
緊張している様子の猫屋と、不愛想な西代と、タダ酒に敬意を払う俺。三者三様に、赤髪の彼にお礼を述べる。
「おっ、珍しいな。ハイボールの
限界まで飲んでいい、と言われたので俺は早速タブレット端末のメニュー表を熟読する。
「ねぇ猫屋、君ってお酒は飲める方なのかい?」
「えへへー、よくぞ聞いてくれましたっ!」
西代への返答を、猫屋は満面の笑みで返した。
「実は私ってー、かなりお酒に強いんだよねー!!」
……ん?
「ハイボールのメガジョッキくらいなら一切問題ないしー、たぶんお酒の強さならこの場の誰にも負けないんじゃないかなー?」
…………あ゛?
「へぇ! 猫屋さんはお酒強い──」
「なぁ西代。お前はワインの
俺は即座に、西代の注文を確認した。
「ん、デカンタ? ……あぁ、カラフェの事か。いいよ、赤でお願いね」
「おっけ」
さすがは俺が認めた怪物、西代。ワインのフルボトルぐらいでは、まるで物応じしない。
「なら、俺はハイボールをピッチャーで」
俺は手早くタブレット端末に注文を打ち込む。そして、机に両肘をついて前手を組み、卓の全員を睨んだ。
「いいか? 先に宣言しとくが、俺たちが座る卓で飲める酒はピッチャーかデカンタだけだ」
「はいー?」
「ふぅん?」
「ちょ、おいおい。お前何を言って────」
「俺と西代の
隣の赤髪が不平を口に出そうとしていた気がするが、俺は構わず猫屋に向かって話を続けた。
「そうなると、店員さんに多大なる迷惑が掛かるからな」
俺が言っているのは厄介払いの建前であり、同時に事実。この大人数の注文を裏で捌く従業員の忙しさは、居酒屋でバイトをする俺にとっては身に染みて理解できる。マジで大変なので、せめて注文の量を減らしてあげたいという俺の配慮だ。
「と、言う訳だから猫屋。ハイボールのメガジョッキくらいでイキってる矮小なお前には、この卓は荷が重い。とっとと他の卓へ移動して…………いや」
俺は言葉を一度切って、挑発的に嘲笑う。
「俺に酔い潰される前に、家に帰って1人でヤニでも
「…………あ゛ー?」
喉を鳴らしながら、猫屋が俺を睨みつける。
だが、それは一瞬の事。試すような俺の薄ら笑いを見て、彼女も嗜虐的に笑みを深めていった。
「んー、なるほどねー? ここらでどっちが上かハッキリさせておこーってわけ?」
「そういうこった」
困った事に、俺はまた1つお酒様の魅力的な点を発見してしまった。
アルコールとは、ムカつく奴を合法的にぶっ飛ばして悦に浸ることができる最強飲料だ。なんと機能性にも特化しているとは。俺は一生、お酒を愛し続ける事だろう。
「……先輩もハイボールかビールのピッチャーで良いですよね?」
俺は一応、相席している赤髪に同意を求めた。
「い、いや! なんか場違いみたいだし、俺は他のテーブルに移ろうかな!! あははは……!!」
そう言って、赤髪は席を立つ。去り際にボソッと『ヤベーなこいつ等。今日は他にも女子居るからそっちを漁ろっと』という小言が耳を打った。
利口な判断だ。このテーブルはあと少しで戦場と化す。自身の身を守るため疎開するのが正しい。
これで赤髪の彼とはもう絡む事は無いだろう。これから酒が入るわけだし、明日にでもなれば互いに容姿すら覚えていまい。
「よし、これで完全な一気打ちだな」
「くくくっ、これはまた面白い見世物になりそうだね」
俺と猫屋のやり取りを黙って聞いていた西代が、愉快そうにしてせせら笑う。
「こういう無駄な争い、僕は嫌いじゃないよ。よし、今日は特別にこの僕が立会人を務めてあげようじゃないか」
酒が絡む勝負の場合、公正な証人は必要不可欠。ありがたい事に、西代はそれを請け負ってくれるつもりらしい。
「負けた方は、これから相手を邪険に扱わない事。賭ける物はこれくらいで良いかな、2人とも?」
「いいねー!! 私、そういう目に見えた勝負形式だと燃えるんだよねー!! 特にー、罰ゲームとかある時はもっとやる気でちゃーう!!」
(……いや、俺はもっと厳しいペナルティの方がいいんだけど)
やる気満々なバカ女とは違い、俺はこの賭けの『生温さ』に不満を抱いた。
『俺と西代に二度と近づくな』くらいの誓約を賭けたかったんだけど…………まぁ仕方ないか。
西代だって同性の友達が1人くらいは欲しいはず。ここは彼女の意向を尊重しよう。
それに……その、あれだ…………猫屋は、俺が思っていたような軽薄な女ではなかった。ただの陽キャ気質のバカ女だ。
それでもあまり好ましい部類ではないが、彼女が俺に生意気を言わずに大人しくしてくれると言うのなら、これからは邪魔な置物くらいの認識でなんとか受け入れてやろう。
「陣内君? このルールでご満足いただけるかな?」
「ん、あぁ」
脳内であれこれ考えていたせいで西代への返答が遅れてしまった。
「……いいぜ、それで。どうせ、俺が勝つわけだしな」
「はん、精々今のうちに吠えときなよザーコ。陣内なんてー、1時間足らずでノックアウトしてあげるー!!」
「上等だ!! 吐いた唾飲むなよ猫屋!!」
こうして、俺と猫屋の酒比べは始まった。
************************************************************
バタン──────っ
俺は自重を支えきれずに机に突っ伏す。
「く゛、ぐぉ、ぐぉぉぉぉぉぉぉ……!!!!」
「ぜぇー、はぁー、ぜぇーー……はぁーー……!!!!」
「勝負ありだね。ウィナー猫屋」
机上に頭を擦りつけた俺の頭上で、西代の無慈悲な決着宣言が響いた。
「ど、どーんなもんよー!! ぜぇー、ぜぇー……!! わ、私の肝臓をにゃめてんじゃないってー……ぅッ、ぇ」
「ま、まだだ。お、俺はま、まだ、まだ、や、ぉ、おえ゛ッ」
「もうダメだからね、陣内君。これ以上はドクターストップ。それ以上飲んだら、君ここで吐いちゃうだろう?」
「く゛ぅ……!!」
視界がぼやけ、臓腑を真空圧縮されたように内容物が込み上げてくる。
「ち゛、ち゛く゛しょうぅぅ……!! ち゛く゛しょうぅぅぅぅうう…!!」
あ゛、ありえねぇ…………俺が女相手に2連敗……俺より酒が強い女が、この世に2人も存在するなんて……ち゛、ち゛ぐしょぅ……お、俺が唯一誇れるアイデンティティがぁ……!!
「ふへへー!! じ、陣内!! こ、このわた、ぅッ……この私に随分と調子にのった事をい、うッ……言ってたじゃ────ぅぎゅ……!!」
「猫屋、君も限界寸前なんだから大人しくしておこうね?」
「ぅうー……、ひっきゅ! わ、わ、私はまだまだレンレン平気れーしゅっ…………ぅえ゛ッ!?」
「威勢は買うけど、まだやる事があるから元気は残しておこうか」
「……?」
西代は意味が分からない事を言いながら、小さい手を使って視線を誘導する。俺も首だけを動かして、西代の手を目で追った。
「ほら、猫屋。ギャラリーに勝ち名乗りを」
動かした視線の先では、多くの観客たちが固唾をのんだ様子で俺たちを見守っていた。陽気な飲み会とは思えないほど静寂が周囲を支配している。
テーブルの上には空いたピッチャーが合計6個。周囲からすればフードファイトと同程度の見世物だったろう。
「い、いっえーーい!!」
その様を見て、猫屋はピースを片手に添えながら立ち上がった。
「私の勝ちーー!! みんな、応援ありが…………ぐふっ」
ピカーっと光る笑顔から、真っ青な涙目に。
勝どきを上げていた猫屋だが、両手で口を塞ぎながらペタンと座り込んだ。
「ぅっぷ……うっぷ…………ぅぇー……」
「さぁ、十分楽しんだから今日はもうお暇しようか。ちゃんとお店前にタクシーを呼んであるから、それに乗って帰ろう」
「……あ、ありがとー西代ちゃん。私、もう一歩だって動けなーい……こ、こいつマジで強かったー……アル中は伊達じゃないねー……」
「…………………………──────────────」
俺の意識が耐えられたのはここまで。
酩酊の渦潮に飲み込まれるよう、意識がブラックアウトした。
************************************************************
──チュンチュン
「うっ、ぁ、あ……?」
脳の芯から弾ける強烈な痛みと悪心。それでぼんやりと意識が覚醒する。
「朝か…………頭いってぇ……」
またやってしまった。飲みすぎだ。二日酔いになるほど痛飲して、最悪な目覚め方をしてしまう。
大学入って、これでもう2度目だぞ、クソ。
(……あれ? 俺、昨日何してたっけ?)
記憶にアクセス制限がかかっているかの様に、昨日の事が全く思い出せない。
(…………まぁ、とりあえずシャワーでも浴びるか)
昨日、お風呂に入らなかったのだろう。髪がギシギシして気持ちが悪い。ついでに言えばシャワーを浴びて気持ちのリフレッシュもしたかった。
モソモソとした緩慢な動きでベットから這い出て、俺は風呂場へと向かった。
──ガラガラ
「は?」
その道中、脱衣所の横開きのドアが独りでに開く。
「あ、おはよう陣内君。起きたんだね」
「ぅえ!!??」
そこから飛び出してきたのは、体からホカホカとした湯気を漂わせる西代だった。
「え、ちょ、に、西代!? な、なんで俺の家に!?」
俺の家の大きなバスタオルで、サラサラとした黒髪から水気を拭き取る彼女。昨日の酒が残っている俺にはまるで効かないが、少々官能的な姿。
いきなりそんな恰好で現れた友人に、俺は心底驚く。
「ん? まさか君、覚えていないのかい? 昨日、猫屋とバカみたいな飲み比べしてそのまま潰れたじゃないか」
「…………………………………………き、記憶にございません」
「そう」
俺は思わず嘘を付いた。西代の一言で、女に敗北した忌まわしい記憶を思い出してしまった。最悪の気分だ。
「タクシーでこの家に着いたあたりで猫屋も完璧に潰れちゃってね。彼女の家なんて僕は知らないから、君の家で寝かせて、そのまま僕も一泊させてもらったよ。ここに彼女1人を置いて帰るわけにはいかないだろう?」
「あ、あぁ、なるほどな。まぁ妥当な判断だ……」
となると、猫屋のやつも俺の家で一晩を明かしたのか。
「でもな、西代。人の家で許可なく朝シャンはどうかと思うぞ、俺」
「そう言わないでくれ。昨日は君の介抱もあってお風呂に入れなかったんだからさ。ベタベタして気持ちが悪いし、これくらいは見逃してよ」
「ん、そうか…………。悪い、ありがとうな」
俺は軽く頭を下げた。彼女の体躯で、酔いつぶれた俺の介抱は重労働であっただろう。今度、酒を奢ってやろう。
「じゃあ、俺もシャワー浴びるか。二日酔いで気色悪いし……」
「え、ちょ、ま──」
西代の横を通り抜け、勢いよく脱衣所の扉を開く。
「はぁー、袋タイプのクレンジング持っててホント良かったー。ベタベタして気持ち悪いしー、さっさと洗い流しちゃ、お…………」
その瞬間、たった今上着を脱ぎ終えたばかりの金髪ゆるふわガールの御姿が、俺の視界に飛び込んできた。
「僕の次に猫屋が入ってるって……もう遅いか」
「…………だりぃー」
「ぁ、ぁ、ぇ、ちょ」
女性らしくクビれている、細いウエスト。複雑な刺繍が施された、無駄にお洒落なブラジャー。それらを俺に晒している猫屋は、口をワナワナと震わせて固まっていた。
この後の展開は火を見るよりも明らかだ。
「あ、先に言っておくけど僕は無関係だから、その辺りは2人で処理してね?」
「面倒くさがるなよ、西代」
「あれ、バレちゃった?」
「ぅ、ぇ、ぇ、や、や」
「なぁ、こういう不慮の事故は同性が処理を手伝ってくれよ。具体的に言えば、あの爆発寸前のバカを
「ふふっ、嫌だね。煩わしいからパスさせてもらおう」
『巻き込まれるのは御免だね』と言わんばかりに、西代はスタスタとリビングへと向かって行った。
「ぅ、ぅ、う、うにゃぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」
西代が逃げた瞬間、顔を真っ赤にした猫屋が爆発する。
「うるせぇな……頭に響くから声量を押さえてくれ」
二日酔いで酒が残っていた事だけが幸いだった。こんな何も嬉しくないラッキースケベにも、冷静に対応できそうだ。
「じ、じ、陣内!! こっ、こっち見んなバカーー!!??」
「はぁ……マジでうるさいな。いいからどけよ、バカ猫」
俺は深くため息をついた後、脱衣所に踏み入る。
「は!? え、ちょ、ちょいちょーい!? お前なんで入って来てんのー!?」
「俺の家だぞ、ここ。なんで俺が人に遠慮する必要がある。ほら、脱ぐから出ていけ」
俺はTシャツを乱雑に捲り上げ、上着を脱いだ。気分が悪いので、早くシャワーで悪心を洗い流したい。
「ハ、ハァーー!!?? お、お前には恥じらいとか後ろめたさとか存在しないわけー!?」
「あぁん?」
涙目になりながら壁際に後退する猫屋。彼女は必死な様子で、胸部を覆い隠している。
「いや、後ろめたさって…………俺、別にお前みたいなのに興味ないし。それに猫屋って隠すほど胸ないじゃん。ブラ付けてる意味あるのか、それ?」
「くたばれクソ男ッ!! 必殺、0.01ミリ引っかけショートフックゥー!!」
顎からシュコンという音が響くと同時に、俺の意識は再び暗転した。
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