第67話 ズルくて嫌味な悪女の成り立ち
1万円以下の薄っぺらいスーツに市販のヘアカラー剤を使った汚い金髪。耳には多くのイヤーカフが列挙。ソフトモヒカンにジェルワックスで波をつけ、最後に臭いのキツイ香水を降りかければ……。
「ひどいね」
「あぁ、馬鹿丸出しのヤンキーだ」
不良大学生の完成だ。
姿見に写る自分の姿を見て絶望する。頭が悪すぎる格好だった。
「いやいや。今の君はその程度の表現には収まらないよ。額の傷も相まって三下のチンピラ以下さ。絶対に関わりたくないオーラが滲み出ているよ」
「……それはどうもおかげさまで」
俺たちは大学が終わってから直ぐに帰宅して、パーティーの為に身なりを整えていた。
この短時間で俺の容姿はボロボロだ。酒の為とはいえ、髪まで刈り上げられた…………猫屋に悟られないように、少しずつ前髪を伸ばす予定だったのに。
(やっぱり、ヤンキーファッションってイケメンかマッチョだけに許された格好だよなぁ)
金髪なんて浪人時代ぶり。客観的に見てまったく似合ってない……。安瀬と猫屋がどこかに出かけていてよかった。こんな姿を見られるのは西代だけで十分だ。
「なぁ、本当にこんなので大丈夫なのかよ?」
「問題ないよ。もともと僕は親族の中でも浮いた存在だ。ここまでガラの悪い恋人を連れているのなら、誰にも声を掛けられることはないだろうね。後はいつも通り、下品に酔っぱらっていたら完璧さ」
「おい、誰がいつも下品に酔っているって?」
「ふふっ、事実だろう?」
俺を馬鹿にして控えめに笑う西代。彼女の姿も普段とはまったく異なる。
砂漠の夜空を思わせる漆黒のロングドレス。手の込んだ刺繍の隙間から見える白い肌が、彼女の魔性ぷりを跳ね上げていた。少しだけ開いた胸元に掛かっている青色の
「お前の方は、そんな上等な服なんてどこに持ってたんだ?」
「昨日、
「あぁ、なるほど。……と、ところで、その大きな宝石って、まさか……」
「ん? あぁ、サファイアらしいよ」
西代は自分の胸元をつまらなそうに見つめた。
「ネックレスなんて肩が凝るだけだから嫌なんだけど、
「…………」
サファイアってダイヤモンド以上に高いんじゃなかったっけ? 実物なんて初めて見たんだけど……。
「……貴金属付けてドレスを着ると、たしかにお嬢様にしか見えないな」
「そうかい? 着飾れば、安瀬と猫屋だって同じだろう?」
「いいや?」
安瀬と猫屋は確かに美人だ。だが、安瀬が着飾った場合は極道組長の一人娘。猫屋なら一代成金セレブのお調子者に見えるだろう。2人とも御淑やかさが圧倒的に欠けている。
落ち着いた西代だけが、古くから続く名家のご令嬢を連想させた。
「お嬢様って言葉がぴったり合うのはお前だけだ。なんかムカつくほど綺麗で気品を感じる……俺と違って、本当に良く似合ってるよ」
「そ、そうかな?」
「あぁ。お前に言い寄ってくる男達ってさ、財産が目当てじゃなくてシンプルにお前を口説きたいだけなんじゃないのか? お前、純粋に可愛いわけだし」
「……………………」
「?」
俺の言葉に返事をせず、西代は少しだけ顔を逸らした。
「……
「え?」
そっぽを向いたまま、彼女は自分の名前をポツリと呟く。
「今日だけは
「ん、あぁ、そうだな」
俺たちは今日は恋人という設定になる。
「確かに、他人行儀な呼び方では怪しまれるか。でも、また西代を"モモちゃん"なんて呼ぶ日が来るとはな」
「……そうだね。僕も笑っちゃうよ。でも、ちゃん付けは止めてくれ。むず痒くなっちゃうだろう?」
「あぁ、分かったよ、モモちゃん」
「…………君と一緒だと今日は退屈しなさそうだよ」
西代は肩をすくめて皮肉気に
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身支度を終えて賃貸で軽く酒を飲んでいたら、昨日の約束通り風見さんが車で迎えに来てくれた。
賃貸の前に駐車していたのは、細かい所まで掃除が行き届いている黒のセダン。車には詳しくないので、パッと見た感じ『高そうだな』という感想しか出てこなかった。
それに早速乗り込み、フカフカの後部座席に身を預けながら、俺たちは東京に向かって出発した。
「今日は僕の親戚である
東京に向かう道中、西代が今日のパーティーの解説を始めてくれた。どうやら偶然にも、今日の主賓は同い年の男性のようだ。
「…………21歳って、そんな年になって誕生日パーティーを自主開催って恥ずかしくないのか?」
俺は思ったことをそのまま口に出した。別に悪い事ではないが、自分の為だけにビルを使って誕生日を祝うのはワンパクが過ぎるのではないだろうか?
「……く、くくくっ」
俺の素朴な質問を受け、何故か西代が笑い始めた。
「そうだよね……!! まったく、僕もその通りだと思うよ!! あははは!!」
満面の笑みでゲラゲラと笑う富豪令嬢(仮)。
「えぇ……」
何が彼女のツボにハマったのか理解できなかった。
「陣内様」
「え、あ、はい」
俺が微妙な顔をしていると、運転している風見さんが話しかけてくる。
「レセプションというのはつまり、集まりの場を作る事を目的としております。横のつながり無くして、縦のつながりは築けません。力を持つ親族との調和を図り、家名を強く保つ事が大切なのです」
「あぁ風見、その辺りの真面目で面倒な話はいいよ」
俺が風見さんに返答しようとする前に、西代が会話に混ざった。
「ですがお嬢様。将来的に家に入るというのならば、こういった社交の常識は早めに──」
「そんな物は必要ないね。僕らには、何ら関係ない話さ」
多分な意味を込めるような口調で、彼女は返事を返した。
「……ますます
「排他的な所がかい?」
「その難解な性格が、でございます」
「ありがとう、誉め言葉だよ。でも、そこは父さんに似ているって言って欲しかったな」
2人は、俺には分からない
「…………」
ふと、俺は西代桃という人間の成り立ちを全然知らないのではないか、と思った。育った環境や複雑な家庭事情を聴いたのは昨日と今日だ。
「なぁ、その
何となく、俺はもっと彼女の事が深く知りたくなった。
「ん、あぁ、お爺様の事だよ」
「元政治家だって言う?」
「うん。
「
「僕の父は
「んん?」
「……なぁ、本家とか分家って馴染みがなくてよく分からないんだけど」
「まぁ親戚のお堅い表現だと思ってくれればいいよ」
「ふぅん」
俺はこの時点で西代のお家事情への詳しい理解を諦めた。
それに、今聞きたいのはもっと別の情報だ。
「なぁ、今日はモモちゃんの親は来るのか? 来るなら一応、挨拶しておきたいんだけど」
「いいや、来ないよ。僕の親は基本的に海外で仕事をしているからね」
「か、海外?」
「ふふ、僕の両親はかなり規格外だよ?」
ニヤリと、西代は得意気に笑う。よくぞ聞いてくれた、とでも言いたそうだ。
「父さんは国際的なヴァイオリニスト、母さんは多くの画廊を手掛ける美術商なんだ。どっちも世界を股に掛ける本物の天才さ」
「お、おおぉ」
思わず、感嘆の声が漏れ出した。
「それは確かに凄いな」
芸術に関わる仕事をしている大人は俺の周りにはいない。どっちも漫画でしか見た事ないような職業だった。
「だろう? 特に父は凄いよ。昔、東城の名を捨てて母さんと駆け落ちしたんだ。国際的に評価されて名声を博し、実家の方から戻って来てくれって言われるまで家の敷居を一切跨がなかった」
父親の事を語る彼女は普段より饒舌だった。イキイキとして、とても誇らしそうに見える。
「金持ちの家の長男の立場を捨てて、自分の努力だけで周囲をねじ伏せたのさ。まるで物語の主人公。カッコいいだろう?」
「まぁな。男らしくてなんとも憧れる生き様だ」
俺は神妙な顔をして彼女に同調した。誰にも頼らず実力だけで周囲から認められたという話は、聞いていて痛快さを感じさせる。
彼女の語り口から察するに、西代は父親の事を大そう尊敬しているのだろう。
「……まぁ両親共々、仕事が忙しくて中々会えないのが難点なんだけどね」
そんな西代の表情が少し曇る。
「え、あぁ、そうか。海外にいるなら、会うのは大変になるか」
「うん、どうしてもね。だから小さい頃から、ほとんどお爺様と風見が僕の面倒を見てくれていたよ」
海外で活躍する
…………幼年期は寂しい思いをしていたのかもしれない。
「でも、僕の誕生日とかは必ず戻って来て祝ってくれるし、いい両親なんだ」
「……そうか」
感傷的な思いのまま短く返事をする。それと同時に、1つの疑問が頭をよぎった。
「ん? ちょっと待て。それなら、モモちゃんも楽器が弾けたり絵が上手だったりするのか?」
成功している芸術家の両親から生まれたのだ。両親の影響で幼い頃からレッスンを受けていても不思議じゃない。それに彼女は、工学系大学生の癖して目と耳がかなり良い。偏見かもしれないが、その2つは音楽や絵画に重要そうな資質に思えた。
「…………まぁ、多少はね」
彼女はぶっきらぼうに答えて、煙草を懐から取り出す。
「でも勘違いしないでくれよ? 僕は猫屋とは違う」
彼女は慣れた手つきで煙草に火を点けた。
「すぅ……はぁー…………親から受け継いだ才能を十全に発揮していた猫屋と違って、僕は平凡そのものなんだ」
煙が邪魔をして、一瞬だけ彼女の顔が見えなかった。
「音楽や絵にさほど興味も無かったしね。少しだけ齧ったけど、才能なんて、まるで無かったよ」
高速で流れる車外の景色。煙の奥で、西代はどこか遠くを見つめていた。
楽器を弾く、絵を描く。芸術は著しく体力を使う、体力勝負な面があると聞いた事がある。熱中すれば、スポーツとほぼ変わらない。
昔、体が弱かった彼女が練習に全てを捧げられるはずがない。
(……なんか、さっきから……嫌だな)
馬鹿で間抜けな質問をしてしまったと思った。
西代もそこまで気にしている様子はないので、悲劇と言うほどの話ではないだろう。裕福に生きているのなら、きっと何も問題はない事だ。
でも何かが、やるせない。
色々と取りこぼしてきた、才女。
俺は、本当に身勝手に、西代にそんなイメージを抱いた。
「お前が平凡なら、俺は一体どうなるんだ? 特技なんてないし、芸術の教養もないぞ?」
咄嗟にへりくだった。相対的に西代を持ち上げたかったのかもしれない。
「……まぁ確かに、君も
「なんだそれ?」
自分を卑下したはずだが、何故かよく分からない括りで一緒にされてしまった。
「ふふっ、いいから仲良くやろうじゃないか」
西代が俺の肩に頭を預けてすり寄ってくる。立ち昇る煙草の煙と、彼女の自堕落的な声音が妙に艶めかしい雰囲気を感じさせた。
「あぁ、はいはい」
おざなりに返事をして、甘い煙草を軽く咥える。受動喫煙のせいで俺もニコチンを補給したくなった。車内だが西代が吸っているので別に構わないだろう。
火種を探して、ポケットを漁る。その時、トントンと西代に指で小突かれた。
「ん? どうした?」
「火ならここにあるよ」
そう言い、彼女は白く小さな顔を俺に近づけた。
熔けた金属が繋がるように、甘い煙草がゆっくりと燃焼する。
「…………」
「…………」
火がしっかりと灯るまで、お互いの目を見つめあいながら動かない。もう慣れた行為だ。それに多少、酒も入っている。なので、少し驚く程度でドキドキしたりはしない。
しかし『この美人令嬢のどこが平凡なんだろう』とは本気で思った。西代の行動1つで、先ほどの俺の身勝手なイメージはすぐに払拭されてしまったのだ。
「ふぅー…………ありがとよ」
「どういたしまして」
「でも、急には止めてくれ。ビックリするだろ」
一服をつけ、本心で文句を吐いた。
「今日の僕らは恋仲さ。熱いベーゼをかわして、周りにちゃんとアピールしないと」
西代は運転席の方に軽く視線をやった。
釣られて俺も視線を向けると、バックミラー越しに風見さんと目が合う。……好々爺じみた、酷く生暖かい視線を俺達に向けていた。
いつもの調子で振る舞っていたが、今のは
他人に見られたせいか、羞恥心でじんわりと顔が
「……随分とヤニ臭いキスだな、おい」
恥ずかしさを誤魔化すように小声でぼやく。
「くくくっ」
西代はそんな俺を見て、おかしそうに笑う。やっぱり、西代の笑いのツボはよく分からない。
「シガーキスくらいが僕らにはピッタリだと思うけどね」
「…………」
西代の一言で死ぬほど恥ずかしくなったので、もう俺は黙って煙を堪能する事にした。
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ビルのエントランスホールで、踏み心地が良い赤い絨毯の上を歩く。
目的地へは、1時間ほどで到着した。風見さんは車の駐車があるというので、既に外で別れた。
「す、すっごいな」
縦にも横にも大きいシャンデリアに目が眩みそうだった。必要性の無さそうな近未来的なオブジェや観賞用の熱帯魚が入った大きな水槽が、庶民の俺をこれでもかと威圧していた。
「ビ、ビルって言うよりまるで高級なホテルだな」
想像していた所よりも100倍はリッチな空間に驚いている。
「オフィスビルとはまた違うからね」
「へ、へぇ」
場にそぐわない田舎のヤンキーじみたダサダサコーディネートでは、息苦しさで窒息しそうな空間だった。今になって、物凄く恥ずかしくなってしまう。
「ほら、早く行こうよ」
「あ、あぁ」
周りの雰囲気にビビっている俺とは違って、西代は自然体そのものだ。たじろいで棒立ちの俺を、西代は小さい手で引っ張って扇動してくれる。
(場慣れしている感じを見ると、一層とお嬢様感がでるな……)
そんな事を考えながら、俺は彼女に引かれるままに受付に向かって行った。
「本日はご参加いただきありがとうございます」
受付の前まで行くと、スーツ姿の女性が軽く頭を下げる。
「招待状はお持ちでしょうか」
西代は何も言わずに、手紙のような物を差し出した。受付嬢さんはそれを受け取って書かれている内容を確認する。
「
「別にいいよ。通って良いよね?」
「……ご同伴のお方は?」
受付嬢さんが、キョロキョロと周りを観察していた俺に声を掛けてきた。
「え、俺? 俺は、その……えっと」
招待状なんて俺は持っていない。なので思わず生返事で答えてしまう。
というか、恥ずかしいので俺の存在に触れないで欲しい。
「あぁ、彼はいいんだ。僕の連れだからね」
「……畏まりました」
受付嬢は俺のチンピラ姿を見て少しだけ眉をひそめたが、パーティーへの参加を了承してくれた。
「あぁ、それと、悪いけど彼の席も用意して欲しい。場所は会場の隅っこがいいな。僕の座席も彼の隣に変更してくれ」
「大変、申し訳ございません。桃様のお座席は既に決まっていまして……」
「それ、誰が決めたんだい?」
西代のトーンが3段階ほど落ちる。
「僕に断りも入れずに決められた座席に、どうして僕が座る必要があるのかな? 是非、理由を聞かせて欲しいのだけど?」
間髪入れずに、西代の冷えた声が響く。有無を言わせない口調だった。怒気さえ籠っているのかもしれない。
西代の責めるような言葉で、受付嬢さんは一瞬で顔を青くする。
「か、畏まりました。早急に手配いたします」
「うん、よろしく頼むよ。料理も
「……」
こんなにスパスパと自分の要望を通せる立場にあるのなら、今回俺なんて必要だったのだろうか?
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受付を済ませた俺達は大広間があるらしい8階まで行く為、エレベーターに乗っていた。
「嫌な女だろう?」
「は? なにが?」
2人きりのエレベーター内で放たれた脈絡のない発言。まるで要領を得なかった。
「お爺様の威光を笠に着て、我が物顔で威張り散らす。まだ、何の力もない僕みたいな若輩がね」
「なんだ、そんな事かよ」
内心安堵する。あまりに場に相応しくないから帰ってくれと言われるかと思った。
だがそうではなく、どうやら彼女は先ほどの態度を気にしているらしい。正直、俺にとっては結構どうでもいい事だった。だけどまぁ、彼女が気にしているというのなら、とっとと話題を変えてしまおう。
「安心してくれ、西代」
俺は西代の肩を力強くガシッと掴んだ。
「お前は"嫌な女"ではなく"すごく悪い女"だ。笑いながら人にスタンガンを押し付けたり、友達に金を借りたまま平然とパチンコに行くからな。それに比べたら、あのぐらいの我儘は可愛いものだ。むしろ、真っ当な意見だと思ったぞ」
「うん、そうだね。僕は悪い奴だから、今日は君を確実に酔い潰して便器に跪かせてあげるよ」
なんと、俺の完璧なフォローに対して西代さんはキレてしまった。受付嬢さんへの態度なんかが霞んでしまうほど醜い罵倒で俺を責め立てている。
「おう、受けて立つぜ。この豪華な会場で令和版
「……
「そうか? 常識だろ?」
「……ふふ、なるほど。アル中にとっては常識なんだね」
西代は俺の軽口を聞いて、おかしそうに笑ってくれる。
うん、良かった。今日はせっかく高い酒が飲めるんだ。気分はハッピーじゃないといけない。ここは西代からすれば、あまり居心地良い場所ではないのかもしれない。だからせめて、酩酊で思考をバグらせながら、いつものように2人でたっぷりと駄弁ろう。
そうすれば、きっと、今日は何も起こらずに気分良く帰れるはずだ。
「しかし、参加に招待状が必要なんて、本当に凄いパーティーだよな。振る舞われる酒がとにかく楽しみだぜ」
「まぁ、招待状は防犯の都合上どうしてもね。大人数のパーティーではこれがないと物取りが入る」
「そうなのか?」
「大きな冠婚葬祭では招待状が必須の場合が多いよ。ほら、この前も結婚式に泥棒が入った、なんてニュースをやっていただろう?」
「あぁ、あったなそんなの」
確かに、これだけ大きなビルでパーティーをするなら、人が入り乱れる。泥棒が入っていたとしても判断が付きにくいだろう。
「でも、こんな豪華な所に不法侵入する奴がいるのか? 地方の結婚式場ならともかく、一等地のデカいビルだぜ? 警備の人もいるわけだしな」
「……ううん。そう言われると、確かに僕も首を傾げちゃうよ」
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ブォオオオっと、キャンプ品のガスバーナーから勢いよく火が吐き出される。
「よいか、猫屋。窓ガラスというのは熱して脆くした後、水をぶっかけて壊すのじゃ。音がでないからバレにくいのでござる」
安瀬桜が、ビル外から窓ガラスを炙っているのだ。
「あ、安瀬ちゃん? な、なんか手慣れてなーい?」
2.5メートルほどの高さにある女子トイレの窓ガラス。そこで、綺麗なドレスに身を包んだ2人は肩車をして侵入経路を作成していた。
「ねぇー、別に正面から堂々と入ればよくなーい? 私達ちゃんと正装してるんだしさー」
「外から軽く観察したが、警備が4人ほど見えたでござる。万が一にでも顔を覚えられたら不味い。人目は可能な限り避けるべきである」
「ま、マジでパーティーぶっ壊すつもりなんだねー……」
「当たり前であろう。……よし、割れたぜよ」
安瀬の言う通り、ガラスは音もたてずに砕け落ちた。彼女は割れたガラスの合間に細い指を通し、鍵を外してから窓を開ける。
「拙者はこのまま入るが、お主はどうする?」
「私の事はお構いなーく。適当に入っちゃうからー」
「うむ、そうであるか」
肩車されている安瀬は、そのまま猫屋を支えにして高所の窓ガラスからビルへと侵入していく。
「よっと」
反対側の女子トイレに着地して、安瀬は見事に不法侵入をはたした。
「安瀬ちゃーーん!! だいじょーぶ? 足捻ったりしてなーい?」
壁越しに、猫屋が大きな声で安瀬に話しかける。
「問題ないぜよ!!」
「……よーーし」
安瀬が問題なく進入した事を確認した猫屋は、壁から少しだけ距離を取った。
そのまま3歩ほど助走をつけて飛び跳ね、彼女は壁面を蹴る。蹴った反動で上昇し、宙でドレスをはためかせながら彼女は細い体をしならせて体を
「よいしょっと……!!」
そのまま猫屋は空中で1回転して無事に反対側へと着地する。ネコ科動物並みの運動センスであった。
「うむ!! 流石じゃな!! 天才的でござる!!」
安瀬は共犯者の頼もしさに、快晴を思わせる笑顔で高らかに笑う。
「ヒールでよくそこまで動けるものじゃと感心するぜよ!!」
「……え、えへへーー。どうもどうもー」
猫屋も褒められて嬉しいのか、先ほどの犯罪行為への躊躇いを感じさせない眩しい笑顔を浮かべて、安瀬とハイタッチを交わす。
2人の高性能クズどもは、既に軽犯罪の高揚感に飲み込まれていた。
「さて、無事に潜入できた所で作戦を第2フェーズに移行するでござる」
「第2フェーズ?」
「次はパーティー会場への潜入でありんす」
安瀬はガスバーナーをハンドバックに収納しながら、次の潜入先を示唆した。
「冠婚葬祭と同じなら、受付が必要なはず。そこを突破するぜよ」
「えぇー? 私達、参加状とか持ってないよー? どうするつもりー?」
「ブレーカーを落として、忍びの如く闇に乗じて潜り込むのじゃ!!」
水を得た魚のように、安瀬は嬉々として自身の考えた作戦を猫屋に説明していく。
「住宅であろうとビルであろうとも、遮断機というものはついておる。扱いも普通の物と変わらんから、我らでも容易に電源を落とす事ができる」
「えぇー? いやー、ブレーカーの場所なんて、私達には分からなくなーい?」
「あんなもの、コンセントの配線でも辿っていけば一発で見つかるでありんす」
「……悪い事を考えさせたらさー、安瀬ちゃんの右にでる人は絶対にいないよねー」
「ふっふっふ。そう褒めるでない。照れるではないか」
当然だが、猫屋は決して褒めたわけではなかった。
「さぁ!! ここからが本格的な潜入工作の開始でござるよ!!」
1週間ぶりに起爆した安瀬の狂気。彼女は暗い感情を起爆剤にして、暴走状態に陥っていた。
「ふひひ、楽しくなってきたのう、猫屋!!」
「…………そうだねー。どうせやるならー……ふひひ、目一杯楽しんでいこーね!!」
「で、あるな!!」
2人は仲良く、悪徳に満ちた笑い声を響かせるのだった。
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