第28話 つまらない結末
「では張り切っていきましょう!! 俺こと、陣内梅治を賭けた争奪戦の開幕だぁ!!」
様々なレジャーが楽しめる大型アミューズメント施設。その駐車場にて俺は意気揚々と俺自身を商品とした催しの開始を宣言した。もちろん、すでに俺は大量の酒を飲んでいる。フラフラで心地の良い酩酊状態だ。
「おい、陣内。こんな所まで運転させておいてどういう事じゃ」
安瀬が不満そうな声で俺の先ほどの発言の意図について聞いてくる。
赤崎たちがいるが口調が戻っている。取り繕うのが。めんどくさくなったのだろうか?
「なんだよ、察しが悪いな安瀬。酒飲みモンスターズとナンパ信号機達のガチ対決だよ」
「……酒飲みモンスターズ?」
「それってさー、私たちの事?」
「おっと」
いかんな。酒を飲みすぎたせいで口が軽すぎる。
あの蔑称は俺の心の中でのもの。口に出してしまうのは流石に彼女達に悪い。
「ナンパ信号機……」
「陣内、俺たちの事をそんな風に思ってたのか」
「たしかに赤黄緑だけど……ショックだぜ……」
こいつ等に関しては別に心は痛まないな。
蔑称がピッタリと似合っている。
「これから、部室の使用権利を賭けてお前らには様々な種目で争ってもらう」
俺は彼女彼らを前にして今回の企画のルールを一方的に話し始める。
「運動、知力、遊芸の3回勝負で競ってもらおうか。あ、負けた方は冷酒器を俺に買ってくれよな」
自分でも理不尽かな? と思ってしまう要求を彼らに突き付ける。
「いいね、面白いよ。なかなか素敵な催しを考えるじゃないか」
「だろう? 西代、お前ならそう言ってくれると思ったよ」
賭博狂いの彼女はこの手のスリルある企画は大好物であろう。
金銭こそかけてないが、実質同じようなものだしな。
「うぇ、西代は謎にやる気満々のようでござる」
「それだよねー。はぁー……楽に物置が手に入ると思ったのにー」
逆に他の2人は不満そうだ。
西代と違って余計なリスクは好まないのだろう。
「別に辞退してもいいぞ。そうなったら俺が責任を持って、お前らの家に不要物を届けてやる。車があるから苦ではないしな。お前らもそれなら困りはしないだろ?」
「困りはせんが不便じゃ。我らの賃貸は隣町で遠い」
「いざ欲しい時に物が手元にないとねー。取りに行こうとしても、いつも酒飲んでるから車は基本的に使えないしー」
彼女達と俺の賃貸では距離が電車一駅分は離れている。
それに比べて部室棟なら徒歩で15分程度だ。労力の差は如実だ。
「そう思うなら頑張ってくれ。お前らといえども、ジャッジに贔屓はしないからな」
俺は今から提供される、酒のつまみの味に大きく期待した。
************************************************************
一回戦目は運動競技、バッティングだ。
20球のボールを何球ヒットにできるかを競ってもらう。ホームランは出た時点で打った方の勝ちだ。まぁ、この中に野球経験者はいないようなので出る事はなさそうだ。
「頑張れよ、赤崎!」
「任せろ!」
唐突に始まった勝負であるが、彼らは意外と乗り気のようだ。
まぁ信号機達からすればこれは4対3の合コンみたいなものだろう。
彼らは俺の恋人は安瀬だと勘違いしている。残りの猫屋と西代についてはフリーと思っており、いまだに少しだけ狙っているのだろう。これは格好つけるにはいいチャンスだ。
まぁ、3人ともが俺の恋人だと思っていないようで何よりだ。そんな勘違いは俺が女にだらしのないヤツみたいで嫌だ。
「猫屋! 負けるでないぞ!!」
「初戦は重要だよ。ここで格の違いを見せつけてやろう」
「オッケーーーー!!」
酒飲みモンスターズからは猫屋が選出された。
スキーの際の彼女の運動センスを鑑みれば当然の選択だな。
選ばれた二人は別々のケージ内に入りバットとヘルメットを手に取った。
「っふ、君の様なか弱そうな女の子が元サッカー部のFWである俺に勝てるとでも?」
「野球にサッカーって関係あるー?」
「筋肉量の話さ」
「あっそーー。なら私も手加減無しで本気でやったげるねー……!」
2人はケージの網越しで挑発的な言葉を投げかけ合う。
猫屋は負けず嫌いなところがある。赤崎の言葉でやる気に火がついたようだ。
「野球観戦しながら飲む酒って、最高に美味しいよな」
俺はそう言い、持ち込んだクーラーボックスからネパールアイスビールを引き抜いて煽った。
バッティング対決は早速面白そうな組み合わせだ。純粋な身体能力なら赤崎の圧勝だろう。だが、猫屋はセンスでいくらでも挽回ができそうだ。
勝敗がどっちに転ぶかは予想ができない
「友同士の争いをつまみに晩酌であるか。陣内、碌な死に方せんでござるよ」
「お前らに言われたくはない」
「いいねぇ、ネパールビール。僕にも少し頂戴よ」
「西代はこの後が控えてるだろ」
「ビールくらいで酔いはしないさ」
「それもそうか。ほれ」
俺は彼女に瓶を差し出した。
彼女はそれを受け取ると嬉しそうに飲み始めた。
「ふぅ、美味しいね。やっぱりビールは外国産に限る」
「……我も飲みたい」
「いいぞ、帰りは猫屋に運転させるか」
「賛成である」
パキンッ!!
「おっ」
そんなやり取りをしていると甲高い金属音が木霊した。
赤崎がボールを前に飛ばす。綺麗な快音だった。
飛んでいった玉はヒットゾーンに着地する。
「ヒット1本だな」
「へぇ、自信満々に言うだけ合って運動神経がいいんだね」
「中々やるのぅ。……猫屋の方はどうじゃ?」
対して猫屋の方を見てみると、彼女はそもそもスイングなどせずにそっぽを向くようにどこかを見ていた。
「ア、アイツ、なにやってるんだ?」
彼女の視線は150kmの直球を投げる上級者向けのケージに向かっていた。その中で早い打球を難なく飛ばす大柄の男を眺めているようだ。フォームを参考にでもするつもりだろうか?
「ちょ、ちょっと猫屋!! バットを振らないと、そもそも勝負にならないよ!」
その様子をみた西代が野次を飛ばす。確かに彼女の言う通りだ。
すでに投球は3球目。このままボーっとしていれば赤崎との差は開くばかりだ。
だが猫屋は動こうとはしなかった。集中した様子で大柄な男を一心に見つめている。
「…………よーし」
投球が5球目に入ったところで、ようやく猫屋が視線を戻してバットを構えた。
脇を締めて、軽くひざを曲げて重心を落とす。バットのヘッドを後頭部の少し後ろでクルクルと回し始めた。
素人目にだが、猫屋の構えは堂に入っているように思えた。
とても野球初心者のものには見えない。
バシュンっ
電光掲示板に映った投手からストレートが投げられる。
「んにゃっ────!!」
パキィィインッッ!!
赤崎のヒットとは比べ物にならない快音。炸裂する金属音とともにボールはホームランと書かれた上空の板に着弾する。
デレデレデデーーン!! ホームラーーン!!
バッティングフロア全体に機械音声が響いた。
「う、うそだろ……?」
俺は猫屋のデタラメさ加減に驚き、新しく開けたビールを落としそうになっていた。俺以外の全員も驚きのあまり声も出さずに固まっていた。
「イエーーーーイ!! 楽勝って感じー! どんなもんよーーー!!!」
当の本人が嬉しそうにこちらを振り向いて笑顔でピースサインを掲げてくる。
「み、 見取り稽古……」
隣で猫屋のスーパープレーを見た安瀬が変な言葉を呟いた。
「安瀬、なんだいそれは?」
「言葉通り、自分より上手い者の姿を見て真似る技術である。武道の演武で特に重要視されるぜよ。しかし、あのレベルでの模倣なぞ見た事がないな。武芸者として兄貴なんかより確実に上である……」
安瀬は呆れたような、もしくは末恐ろしいものを語るような口調で説明した。
陽光さんより上の武芸者ってどういう事だ。あの人、柔道3段だぞ。
「……猫屋ってさ、絶対に何かの種目でスペシャリストだったよね」
「で、あろうな。恐らくは武道系、拙者は剣道だと睨んでおる」
「でも煙草大好きだよね。スポーツ選手って煙草吸っちゃ駄目だろう?」
「うぅむ、ちょっと勿体なさを感じるのぅ」
女性陣2人が猫屋の運動神経を見てワイワイと勝手に考察を交わし合う。
彼女たちの意見には俺も同意する。今のホームランはスノボの時より、非常識的だ。
だが……
「まぁ余計な詮索は無しにしてやろうぜ。輝かしい過去ならアイツの口から勝手にでてくるだろう」
俺は手短に話を切った。猫屋の右肘には古傷があったはずだ。
運動をするもの者にとって、怪我をするのは大きな意味を持つ。
猫屋は自身の運動経験を語りたがらない。
なら、そっとしておいてやるのが友達として正しい振る舞いだと俺は思った。
「……そうだね。僕は少しトイレに行ってくる」
「あ、我も一緒に行くでござる」
2人は俺の言葉を聞いて余計な憶測を止めて席を外した。その途中に猫屋に向かって笑顔で手を振っていた。ホームランへの賞賛であろう。
俺はケージに向かって行った。
俺は言葉で彼女を称えてやろう。
「凄いな猫屋。マジでビックリした。おかげで酔いが吹き飛んだよ」
ゲージ越しに俺は猫屋に話しかける。
「え、そんなにー?え、えへへへー、陣内っておおげさだよねー」
彼女は嬉しそうに頬をポリポリと掻いた。
控えめに笑う彼女は、先ほどの鋭いバッティングを見せた同一人物にはとても思えない。
「横でイチャつくなよお前ら……」
負けた赤崎がどんよりとした目で俺達を見てくる。ホームランが出たことで今回の勝負は彼の負けだ。敗者に茶化されるのはムカつくので、適当に煽っておこう。
「赤崎、こんなか弱そうな女の子に負けて恥ずかしくないのかよ」
「ぐ、ぐえ……。陣内、自分がやってないからって好き勝手言うんじゃねーよ」
「いーや、私もそう思うよー? 男の癖になっさけないねー?」
ニヤニヤと笑い、追撃を加える猫屋。彼女と一緒に人を馬鹿にするのは効果が異常に高い。罵倒を受けて赤崎はさらに肩を落とすのだった。
************************************************************
続いては知識部門……のはずだったんだが。
「も、もう動けないです……」
「お、俺も吐きそう」
なぜか緑川と黄山がトイレ前でぶっ倒れていた。
その顔は蒼白になっており、呼吸は不自然に荒い。酸素を求めて喘ぐ魚のようだ。
「おい、安瀬。一体2人に何をしたんだ?」
俺はトイレに向かっていた安瀬に声をかける。
「我は知らんぞ」
「なら、西代か?」
安瀬は容疑を否認したので、同じく西代の方に事情を問いかける。
「トイレを出たらなぜか彼らが僕に絡んできたんだ。だから『僕を酔わせられたら一晩付き合ってあげる』って言って酔い潰した」
「お、おまえ本当に凄いな……」
そんな安い言葉に釣られた2人は馬鹿としか言いようがないが、成人男性を一瞬で酔い潰す西代の肝臓の強さに改めて驚く。
「何飲ませたんだよ?」
「テキーラを延々と飲みあい続けただけさ」
「あ、お前、俺のクーラーボックスからテキーラを盗んだな」
何をするか分からずに付いて来た彼女が酒など持っているはずはない。
先ほど、トイレに行くときにコッソリと抜き取ったのだろう。
「安酒だからいいだろう? たいして美味しいものでもないしね」
人の酒を勝手に取っておいて味にケチまでつけるか、コイツ。
「まぁ、これで部室は僕たちのものだね」
「……………………え、今回の企画これで終わり? まじで?」
「対戦相手がこの様なんだから、仕方ないだろう?」
じゃあここまで来た意味はなんだったのだろうか?
俺のワクワクを返して欲しいのだが。
************************************************************
数日後、俺たちは本当に『郷土民俗学研究サークル』を立ち上げて部室を手に入れてしまった。
こんな簡単に悪だくみが上手くいくと、後で天罰がくだりそうで心配になるな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます