第27話 大岡裁き


ゴクゴクゴクゴクゴクっ


「ぷはッ…………ねぇ、この部屋ってさー」


 猫屋がハートラントビールをラッパ飲みしながら部屋内を見渡す。

ハートラントは500ml瓶だ。ハイネケンやコーラの瓶とは違い、大きい。

そのため今の猫屋の恰好は、なんというか、けっこう下品だ。


「せまくなったー?」

「部屋が縮むかよ」

「いやー、そういうことじゃなくてさー……」

「分かるよ猫屋。僕も手狭に感じるよ」

 

 西代が猫屋の意見を補足する。

彼女はアカマルワインをキャンプ用品のクックとガスバーナーで温めている。


「まぁ、結構散らかっている事は認める」

「そうれあるぞ~陣内。整理整頓が~~……ヒックっ、できてないでやんす~~」


 安瀬は呂律が回っていない。日本酒の一升瓶を片手に深酔い状態だ。床にもう2本ほど同様の瓶が転がっている。


 俺は炬燵台のでズブロッカのロックを楽しんでいた。

瓶中にバイソングラスという香草の入ったウォッカだ。

桜餅の甘い香りがする。


「そうだぞー、家主! 私は客人としてー、綺麗で大きな部屋を所望しまーす!」

「確かにこの部屋は物が多すぎるね。少々、目障りだ」

「酒瓶を、ヒック……置く場所も無いでござる!!」


 俺の堪忍袋の緒は鋼線で作られている。加えて、酒の席で何を言われようと穏便に受け流すのが酒飲みとしての流儀だ。しかし、彼女たちの言葉はまるで金切りバサミのようだった。いとも簡単に、俺の忍耐をズタズタに引き裂いた。


「お前らが!! 俺の部屋に!! 物を置きすぎなんだよ!!!!」


 酔っ払いにも聞きやすいように、3回に分けて緩慢とした大声でがなる。


「う、うるさっ! ちょっとー、声量を考えなよー」

「いいや! この際だから一人ずつはっきりと言わせてもらうけどな!」


 俺はまず、猫屋に指を突き付けた。

最初に説教するべき対象は彼女だ。


「いつ間にか置かれていた化粧台と衣類ラック! ここは自宅か猫屋!!」

「ア、アレは女にとっては必需品でー……」

「ここ男の家なんだよ! 持って帰れ!!」


 女物の服がずらりと並び化粧道具が散りばめられた部屋の一角。男の部屋としては異常な光景だ。


「次ぃ、西代!」

「なんだい、騒々しいね」

「本は家に持って帰れ! 人の家で本棚まで組み立てやがって……!!」


 彼女の酒、煙草、賭博、以外の唯一の趣味である本。

とても文化的で素敵な趣味だと思うが、人の家に読み終わった本の墓場を作るのは間違っていると思う。


「あと、お前は偶には帰ってくれ。今日で何泊目だよ」

「13……いや15泊目かな?」

「す、すごいねー西代ちゃん。1人になりたい時とかないのー?」

「不思議と居心地が良くてね。明日は流石に帰るよ」


 その言葉は昨日も聞いた。西代は俺を丸め込むのがとても上手い。気づけば気分良く酔わされて、朝起きたら西代が当たり前のように泊っているという状況が15日続いている。


 それに、西代は2人きりの時は熱源を求めてベットに潜り込んでくるのでたちが悪い。


「まぁ、今はその問題はいい。本命はお前だよ安瀬」

「拙者でござるるか~?」


 へべれけで目がトロンとした安瀬。

彼女も今日は帰るつもりはないのだろう。


「お前、意味わかんない物持ち込みすぎなんだよ!!」

「うぇ~?」


 安瀬が俺の家に持ち込む物は多種多様だ。趣味の刀や長刀なぎなた。リサイクルショップから仕入れてきた大して使いもしないガラクタ群。最近はインテリアとして鎧武者のセットが俺の部屋に勝手に置かれた。


 もはや内装は複雑怪奇の魔境だ。


「あのさ……と思うけどな」


 俺は改まって彼女たちに告げる事にする。


「来週、地元の友達が遊びに来るんだよ! モノを減らさないと俺が処分するからな!!」

「えーー!! 人の物勝手に捨てるのはよくないでしょーー!?」

「化粧品と女物の服は全部撤去だよ! 変な誤解されるだろうが!!」


 来週の週末、淳司たちが俺の部屋に遊びに来る約束になっている。

俺の部屋で女物の服が見つかれば、彼らは何かを誤解して俺に優しい目を向け深い理解を示すことになるだろう。俺に女装の趣味など無いというのにだ。


「えぇー……めんどくさーい」

「彼らなら僕とは面識があるし文化祭の動画を見せたんだろう? なら別に女物の服があっても平気じゃないかい?」

「その場合、俺がお前ら3人のうち誰かと付き合っているって言わないと理屈が通らんだろ」

「僕は別にいいけどね」

「俺がなんか嫌だ。それにいい加減この部屋の惨状をどうにかしたいと思っていたところだ」


 足の踏み場程度はある。しかし、綺麗でないのは確かだ。

正月はとっくに過ぎ去っているが、大掃除をしたい。


「……い~ぃ考えがあるぜよ~」


 酩酊状態の安瀬が間抜けな声を出す。


「いい考え? その酔っ払ったナリで考える頭があるのかよ?」

「前から考えてたんじゃがのぉ~。サークルを立ち上げて部室を手に入れてみんかえ~?」

「「「サークル?」」」


 既存のサークルに入るのではなく、立ち上げると彼女は言った。


「あぁ、確か部活動には10人以上の申請が必要だけど、同好会サークルは3人いれば立ち上げ申請が可能だったね」

「え、部とサークルって同じ意味じゃないのか?」

「違うね。部は大学から部費が出るけど、サークルにはでない。部の方が上位互換なのさ。サークルが部費のため人数を集めて部に昇格する」

「……いや、地域支援サークルは出てるよな、部費」

「あれは俗称だよ。正式名称は地域支援活性化部だ」

「へー、西代ちゃん詳しいー」

「少し調べたことがあってね」


 西代の言う通りなら俺達でもサークルの申請はできるという事か。

西代は酔って頭が茹っている安瀬の代わりに説明を続ける。


「サークルには金銭的援助はでないが部室が貰える」

「あー、なるほどー。そこを物置として使おうって魂胆ねー」

「そ~でござる~」

「僕も前に考えたことがあるけど、確か今はが満杯でサークルの立ち上げは中止していたはずだよ?」


 部室棟。それは俺達が講義を受けている本棟とは2km程度離れた場所にある大型施設だ。大学の敷地というのは高校などと比べ広大だ。次に講義を受ける教室に移動するために自転車で敷地内を移動するという話も珍しくない。


 そこが運動部や文化部、同好会サークルの活動拠点となっている。


「オカルト研究サークルとやらがのぅ……最近廃れたらしいでござるぅ」

「という事はー……」

「サークルの申請が再開している、と」

「……欲しい、俺は物置が欲しい!!」


 俺は心の底から主張した。

安瀬のよく分からないガラクタや西代の本が無くなるだけで我が家の空きスペースは広がる。


「私の服の一時避難場所にもぴったりー!」

「それはこの機会に持って帰れよ」

「いやぁ~あの衣類ラックには我の着替えも吊るす予定じゃからだめであるぅ」

「僕もだ」

「お、お前らな……」


 どうりで一人で使うには大きい物を持ってきたわけだ。

 

「では~、サークル申請作戦の発令を~~」

「今回はいいだろ。お前の酔いがやばいし」

「細かい計画は僕らで練っておくからさ」

「もう、安瀬ちゃん寝ちゃえばー? 明日は1限なんだしさー」

「ん、あぇ……そうであるな」


 猫屋の言葉に従い、安瀬は覇気なくフラフラとした足取りで寝室へと向かって行った。


「なんで安瀬はあんなに飲んでたんだい?」

「婚約者騒動のお礼に日本酒買ってやったら、嬉しそうに全部飲んだ」

「あー、なるほどねー」


************************************************************


 俺たちは翌日の講義終わりに大学の事務室を訪れた。

サークルの申請用紙を持参してだ。講義中に中身は書いておいた。


 俺達が設立するのは『郷土民俗学研究サークル』。

もちろん名ばかりの団体だ。


 初めは飲酒サークルや賭博サークルといったものにしようと思ったが、既にその系列のサークルは存在していた。それならば、もういっそのこと誰も興味がなさそうなサークル名にしてしまおうというのが俺たちの狙いだった。これで卒業まで部室は俺たちのものだ。


「じゃサークル長。申請を頼んだ」

「うむ」


 この団体の長は安瀬だ。発案者は彼女だし、俺たちの中で別格のリーダーシップを持っている。おまけに彼女は歴史にはかなり詳しい。民俗学とは少し毛色が違うがもし活動内容について詰め寄られた時に誤魔化すくらいはできるだろう。


 安瀬がコツコツと受付に近づいて、申請用紙を机に出す。

だがそれと同時にが隣で同じような用紙を出した。


「『郷土民俗研究サークル』の申請をお願いします!」

「『クイズ研究サークル』の申請をお願いします!」


「「…………ん?」」


 同時に申請用紙を出した2人が顔を見合わせる。


「お、お主は確か信号頭の赤担当……」

「ア、アンタは確か陣内の彼女……」


 意外な人物との鉢合わせ。

前に合コンに俺を誘った赤崎が、何故か事務室でサークルの申請を出そうとしていた。


「お~い、赤崎! 申請は無事に終わったかー?」

「ふっふっふ、これでまた俺たちの愛の巣が一つ増えることになるな」


 事務室の入口から声が聞こえたのでそちらに振り向くと、緑川と黄山がこちらに歩いてきていた。


「い、いや、ちょっとトラブルだ」

「「……え?」」


 赤崎の発言にポカンとした顔を浮かべる緑と黄。

明るい所に3人揃うと、なんだか色合いが派手で眩しいな。


 俺達4人と信号機トリヲは事務室の中でお互いに顔を見合わせる。


「貴方たちもサークルを立ち上げるのですか?」


 安瀬が外行用の口調で彼らに声をかける。


「あぁ、オカ研が廃部になったって聞いてな」

「そこで俺達は大学内のヤリ……活動場所が欲しくてな」

「サークルを立ち上げようという話になった」


 どうやら彼らもかなり個人的な理由で部室を手に入れようとしていたようだ。


「へー……大学校内でヤリ部屋作りねー……」

「女の敵だね」

「そうですね。端的に言って気持ち悪いです」


 女性陣からの容赦のない罵倒。だが、俺達だって彼らと同じように真面目にサークル活動する気など無い。そう考えると俺達に彼らを罵倒する権利はない気がするが……


「おいおい、言いがかりは止してくれよ」

「俺たちは『クイズ研究サークル』を立ち上げて真面目に活動するつもりさ」

「君たちは『郷土民俗研究サークル』だったね。活動内容がよく分からないな。君たちの方こそ大学内にラブホテルでも作るつもりじゃないかい?」


 赤崎が得意気な顔をして反論してくる。

はい論破、とでも言いたそうだ。命知らずなヤツだな。


「「「…………」」」


 セクハラじみたその発言に、酒飲みモンスターズの視線が険しい物になった。

目を細めて極めて不快そうに赤崎を睨みつける。殺意で射殺すつもりだ。

美形ぞろいな彼女たちに本気で睨まれると生きた心地がしなくなるだろう。


「す、すいません。言いすぎました」

「おい赤崎!」

「怯むなよ!」

「だ、だってよぉ……」


 蛇に睨まれたカエルの如く、赤崎は彼女たちの圧力に負けて縮こまった。

今のは彼が悪いとして、そもそも2つの申請がなされ部室棟の空きが一つしかない場合、大学側はどういった判断を下すのか気になる。言い争いはそれを確認した後でも遅くはない。


 俺は事務の受付の女性に話しかけて詳細を聞くことにした。


「すいません」

「はい、なんでしょう」

「このように同時に申請された場合ってどうなるんでしょうか?」

「そうですね……今空いている部室は一つしかないので、原則として人数の多い方を新しいサークルとして認めています」


 よかった、どうやらこういった事態を見越した制度があるようだ。

前例でもあったのだろう。


「分かりました。ありがとうございます……と、いう訳だ赤崎。悪いが俺達に譲ってくれ」


 俺たちの人数は4人。彼らの人数は3人だ。

彼らが真面目に活動する気なら権利を譲ることを考えただろうが、邪な理由の様なので譲る気もない。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ、陣内!」

「そりゃないぜ! 人数差なんかで取り消しとか!」

「そうだ! 酒奢ってやるから、考え直してくれよ!!」

「酒だと!?」


 瞬間、脳内にシュワシュワとした欲望が渦巻く。


 うん、いいなお酒。お酒は全てにおいて優先される。

何を買ってもらおうか。ヘンドリックスが欲しかったんだよなー。

いや、冷酒器なんかも欲しいな。どうせなら手に残る物の方が嬉しい。


「いや陣内君。君も雑貨類の退避場所は必要だろ?」

「…………そうだな」


 西代の言う通りだ。頭の欲望の泡がパチンとはじけ飛んだ。

確かに、俺には物置が必要だった。


「え、お前らそんな理由で部室が欲しいのかよ」

「いいぜ、荷物くらい好きに置いても」

「ベット一つあれば俺たちは別にいいしな」


 信号機達が革新的な折衷案を持ちかけてくる。

両陣営の望みを叶えた素晴らしい提案だ。さらに酒を奢ってくれると言うなら、これほど俺にとって都合のいい話はない。


「おぉ! じゃあそうしよ───」


「断固として反対します」

「そいつらとー、共同で部室使うなんてありえないからー」

「僕もだね。本が汚れそうだ」

「……えー」


 事が穏便に終わると思ったその時、酒飲みモンスターズの強い抗議が入った。


「別にいいだろ? 穏便に事を済ませられるんだ」

「絶対に嫌ですね」

「私たちの服とか置く予定だしー」

「君は酒が欲しいだけだろう?」


 取り付く島もないようだ。

彼女たちがこの様子では仕方ない。酒は諦めるしかないようだ。


「おいおい、それは陣内が決める事だろう?」 


 諦めかけた俺に赤崎が意外な言葉を掛けてくる。


「え、俺?」

「この話の決定権はお前にあるように思えてな」

「俺たちは3人。女子も3人だ。お前の選択次第でどちらがサークルを設立できるかは変わってくるだろう」

「彼女たちの荷物を置くために部室を使いたいんだろ? なら、陣内は好きな方につけばいい」


 言われてみればそうだ。もともと、俺の部屋に不法投棄のように散らかされた不要物。それは彼女たちに必要な物であって俺には不必要の物だ。俺の好意で置かせてやっているだけ。勝手に処分したり、赤崎らのヤリ部屋に持って行っても文句は言えない。目から鱗といった気分だ。


「あ、赤崎。俺、冷酒器という物が欲しくてだな……!」


 俺は彼らの提案を喜んで受け入れる事にした。


「はぁ!? じんなーい!?」

「う、裏切るつもりかい!?」

「さ、最低ですね」

「うるさいぞ、寄生虫ども」

 

 よく考えれば、事の発端は彼女たちの我が家での身勝手な振る舞いのせいだ。


「わ、わかりました。私達が買いましょう、冷酒器」

「安瀬ちゃんマジでーー!?」

「……必要経費と割り切るしかないか」


 酒飲みモンスターズはガックリと肩を落として、不満たらたらのようすで信号機達と同じ賄賂を俺に渡そうとする。


「「「俺たちはそれに加えて酒も付けよう!!」」」


「え!? まじ!? いいのかッ!?」


「「「っ!?」」」


 たかがサークルの立ち上げがとんでもない儲け話に変わった。

俺の酒器コレクションも増えて、秘蔵のお酒も増える。

なんて約得な立場なんだ。


「わ、わ、私達も、お、お酒を……」

「うぅ……ひっく……」

「苦しい゛……吐き気が……!」


 彼女達は大粒の涙を流しながら、身銭を切って俺に更なる賄賂を渡そうとしていた。そんなに金を使いたくないのかよ。


「さらに、もう一本酒を追加しよう」


 信号機達のレイズは止まらない。

弱みを見せた相手への追い打ちは交渉事では基本だ。


「わ、わた……うぅぅ……」

「うわぁぁああんんん!! ひどいよーー!! こんなのずるじゃーん!!」

「い、今からパチンコに行ってくる。すぐに増やしてくるから待っててくれ!」


 安瀬はせせり泣き、猫屋は大声でぐずり、西代は暴走寸前。

いちいち大袈裟な奴らだな。まぁたかが部室ごときに大金をつぎ込みたくない気持ちはよく分かる。


 俺も金を積んだ方に転ぶマネーゲームは面白くない。

今日の絶対優位者は俺だ。なら、俺が味方に付く方は面白い方に決まっている。


「盛り上がってる所悪いけど、ちょっと俺の話を聞いてくれ」


 今回、俺が思いついた悪だくみについての話だ。


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