第29話 サプライズプレゼント


 余計な物が無くなり小ざっぱりした綺麗な部屋。

俺はそこで鼻歌を歌いながら掃除機をかけていた。


 今日は我が家に酒飲みモンスターズは誰もいない。

俺の高校の友人たちが遊びに来るため、彼女たちは安瀬の家で飲んでいる。

今は1人で家の掃除中だ。


 思えば1人で家にいるのはかなり久しぶりだ。新年に入ってからは初めてになる。

最近は高確率で西代が宿泊していくし、西代がいない時は他の2人のどちらかがいた。


 逆にあいつら、普段は自分の家でなにしてるんだ?


 西代は本を読んでいるとして、安瀬と猫屋は部屋で1人の姿が想像できない。酒飲んで煙草吸って寝る。その程度の事しか思いつかなかった。


 ピンポーーン


 酒飲みモンスターズの生態を真剣に考察しているとチャイムが鳴った。

淳司たちが到着したのだろう。


「はーーい! いまでるからーー!!」


 俺は掃除機を床に置いて、急いで玄関で待つ友人たちを出迎えに行った。

ドアを開けて彼らを迎え入れる。


「今日は邪魔するぜ、梅治」

「俺! お前がアホみたいに飲むと思ってよー!! 酒とお菓子いっぱい買ってきたんだぜ!!」

「本当に馬鹿みたいに飲むからな、梅治は……」


 体育会系の淳司、うるさい健太、眼鏡で大人しい雄吾、そして俺を含めた高校でのメンバーは正月ぶりに結集した。


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「よーし! 早速、ベットの下のエロ本でも探すかーー!!」


 健太は俺の部屋に入り込み荷物を下ろすと、いきなり寝室に突っ込んで行った。


「ねぇよ、そんなもん。何年前の人間だよ」


 俺は健太の奇行を止めるでもなく、彼が買ってきてくれた低度数の缶チューハイを開く。自分ではあまり買わないが、たまに無性に飲みたくなる。


 寝室は普段なら酒飲みモンスターズの万年床が広がっているが、今は撤去済みだ。その他私物に関しても大学の部室に避難させたので健太に見られて困る物はない。


「缶を開ける速度が凄まじいな……」

「そうか? 我が家ではこんなもんだぞ」

「肝臓ぶっ壊すなよ、梅治」


 淳司、雄吾の肝臓の性能は並だ。健太は低度数の缶チューハイ一本でダウンする。

それなのに健太は俺の為に大量の酒を購入して持って来てくれた。宿泊代には多すぎるくらいだ。俺の家を好き勝手に冒険する権利くらいは喜んで差し上げよう。


「それで、淳司。例のカタログは持ってきてくれたか?」

「あぁ。でも本当に買えるのかよ?」

「毎月4万は貯金してたから、50万はある。それと学生時代のお年玉貯金を合わせれば足りる」


 俺はある物を買うために大学に入学した時からずっと貯金をしていた。ここの家賃は格安であるにも関わらず俺が万年金欠なのはそのためだ。


「よくそれだけ貯める事ができたな」

「俺は毎食自炊してるからな。酒代とパチンコ代が多少かさむがそこは仕方ない」


 パチンコにはよく行くが大負けしない程度で帰るし、たまには勝つ。

それに4人生活というのは金銭的にはコスパが良い。あいつ等は自分たちの家賃を払っているので貯金などできていないらしいが。


「俺の社員割りで購入してやるから、それだけありゃなら大丈夫だな」


 俺の購入したかった物とは大型バイクの事だ。

淳司は専門学校を卒業してすでに働いている。彼の就職先はバイク屋だ。


「梅治、お前から話を聞いたときは驚いたぜ。まさか俺が知らない内に大型二輪の免許を取っているとはな」

「由香里と別れてすぐの事だしな」

「一応、取得理由を聞いておこうか……」

「バイク乗ってればモテそうって思ってた」

「それで大型免許まで取る執念がすごいよ。チャラチャラした梅治を一度見てみたかったな……」

「やめてくれ、黒歴史なんだよ」

「ハハハハ! だから見たかったんだよ!」


 淳司が俺の背をバンバンと楽しそうに叩く。


 あの頃の話は恥ずかしい歴史でいっぱいなので本当に勘弁してほしい。

免許を取った後にバイクを買う金が無い事に気づいたくらいだ。行動が空回りしすぎていた。


「まぁ、その話はいいだろ? それよりも俺が買うバイクの相談をだな───」 

「お、おぉぉぉおおおおお!!??」


 突如、健太の大きすぎる雄叫びが寝室から響いた。


「え、なんだ? どうしたんだアイツ」

「あのバカ、人の家なのにうるせぇんだよ」

「同感だな……」


 俺達が健太の奇声を訝しんだ。

酒飲みモンスターズの忘れ物でも見つけたのだろうか?

もしそうなら説明が少し面倒だな……


 ガラッと引き戸を開いて、寝室から健太が戻ってくる。

先ほどまでテンションの高かった彼だが、何故か今は顔を赤くして落ち着いているように見える。


「う、梅治。やっぱりお前スゲーよ……俺、男としてマジで羨ましい」

「は? なんだよ急に、どういう事だ?」

「いや、その……な。とりあえず、こ、これはお前の手で返しておいてくれ。俺が持ってたら彼女たちに悪いから! な!!」


 そうして健太が突き出してきたのは、3枚の布切れだった。

正確に表現するのなら、真ん中がパックリと開いたパンツだ。


 もっと俗に言うのなら、エロ下着だ。


「「「っ゛゛!!??」」」


 な、何でそんな物が俺の家に!?


 理由はすぐに思いついた。彼女たちの意地の悪いイタズラだ。

恐らくは面白半分で購入した物を俺の家から去る前にベット下に放り投げたのだ。


「お、お前、あの動画の3人を侍らせてんのかよ。由香里に振られた反動で色事師に覚醒しちまったんだな」

「や、やっぱり3人同時に相手したりするのか……? 後学のために是非、聞いておきたい……」


 全員が俺に有らぬ誤解をしている。

この状況はあの悪魔の様な3人が画策した、俺を辱めるための罠だ。


「すっげぇよなーーー!! 4Pってことかよ!! やるな梅治!!」


「できるか阿呆!! あ、あのクソ大馬鹿どもめーーーー!!!!」


 俺はどういう言い訳をすればいいか分からず、本気で頭を抱える事になった。


************************************************************


 ここは女が3人寄り添った姦しい安瀬の賃貸。

女達は珍しく、陣内梅治を欠いた状態で酒盛りをしていた。


「陣内君、気づいたかな? 僕たちの仕掛けたエロトラップに」


 クツクツと実に楽しそうに笑う西代。

酒精が良く回っているようであり、その顔は赤い。


「その言い方では、まるで我らが触手でも仕掛けたように聞こえるんじゃが」

「ははは! もしそうだったなら、陣内君の純潔は既に散らされたことになるね」

「に、西代ちゃんってさー、下ネタ結構好きだよねー。酔っぱらうと特に……」


 安瀬と猫屋もかなりの量の酒を飲んでいた。陣内が久しぶりに女性のいない時間を楽しんでいたように、彼女達も男性のいない時間を酒と一緒に楽しんでいる。


 所謂、ガールズトーク。男子禁制の着飾らない本音の話。


 時刻はすでに深夜2時。

そこではズボラで面の皮が厚い彼女達でも陣内の前では話さない会話が繰り広げられていた。


「そうかい? 自分じゃ自覚がなかったよ。最近、官能小説を買った影響かな?」


 止まらない、西代の下ネタトーク。

彼女はどこか楽しそうに猥談を友たちに振りかける。


「また何故にそのような珍妙な物を? 普通、女子が買う物ではないでありんす」

「死刑囚を題材にした小説の主人公が官能小説を読んでいてね。少し興味が湧いたんだ。アレは凄いよ。書いている人は間違いなく天才だね。今度、貸してあげようか?」

「……ちょっと読んでみたいでござるな」

「うぇ!?安瀬ちゃん変な方向に知的好奇心がでてるよーそれ」

「っふ、江戸四十八手を見た我に純情な心など残っておらぬ」

「そっちこそ、また随分と珍妙な物を……」


 江戸四十八手は性交の体位を示した江戸時代の性教育本である。

齢21歳の女子が嗜む物ではない。


「それ私でも聞いた事ある。凄いよねー、Hの体位なんて私、4つくらいしか思い浮かばないんだけどー」

「……猫屋ってさ、見た目の割に乙女だよね」

「で、あるな。何というか、男慣れしてない感じが強いでござる」

「え、えー……? そうかなー?」


 ポリポリっと頬を掻いて肩をすくめる猫屋。

同世代の友たちに、男性と接した経験が少ないと言われるのは彼女にとって恥ずかしい事だった。


「私は中高と女学校だったからかなー? お父さんも離婚してて近くにいなかったしー」

「い、いきなり重めの家庭事情を突っ込んでくるね」

「そうでありんすか? 我の高校にも片親の子は結構いたぜよ?」

「……最近は離婚率高いから案外普通の事なんだね」

「そうだよー? 特に女学校に入る子なんて、親が男性不信を拗らせてる場合が多いからさー。私の周りにも結構いたねー」

「うぅむ。嘆かわしき日本の家庭事情ぜよ。夫婦仲が円満だった改革の徒、坂本龍馬が草葉の陰で泣いているであろう」

「あぁ、日本で初めて新婚旅行をしたのが竜馬だったね」

「へぇー2人とも博学だねー」


 適当な感想を述べながら猫屋はシガーケースから煙草を取り出す。

陣内に巻いてもらった自家製の手巻き煙草だ。猫屋はホームランを打った記念に陣内に作って貰っていた。


 猫屋はジッポで火をつけて、ゆっくりと燃焼させる。

煙草は低温でゆっくりと吸った方が美味いものだ。

彼女もそれを理解しているため、優しく煙を吸って吐き出す。


「ふぅー……2人は確かに男に慣れてるよねー。告白もバッサリと断れてたし」

「10人単位で告白されたら、嫌でも馴れるさ。この大学に入ったことで唯一後悔しているのはそこだね」

「拙者もでござるよ。クリスマス前なんぞ、1日に他学科の男子5人に呼び出されたでありんす」

「す、すっごいねー! 流石、西代ちゃんと安瀬ちゃん。見た目だけは100点満点の女達……」

「「見た目だけは余計だ」」

 

 男女比9:1の理系大学で美人な彼女達は常に女に飢えた男子生徒たちに狙われている。男子たちは、金髪が目立つ猫屋には手を出しづらく、逆に落ち着いた髪色の西代と安瀬を狙い目だと考えてしまい、2人の方に告白が集まってしまっていた。


 その結果、猫屋とは違い2人の振り方には遠慮がないので心を折られる者は急増していた。


「……そういえばさー、陣内の誕生日会どうするー?」


 猫屋はここにはいない男性の友人。

自分たちに告白も何もしてこない稀有な人材について考えようとする。

陣内梅治の誕生日は2月3日。翌週だった。


の準備は進んでるけどさー、それ以外はあんまり計画を練れてないよねー」

「うむ、そうであるな……!」


 陣内の誕生日会と聞いて安瀬の目が輝いた。

お祭り騒ぎのイベントは彼女の代名詞。おまけに陣内の誕生日会となると、安瀬のやる気は周りが見れば不安な気持ちを覚えるほどに燃え上がっていた。


「では、お酒も十分入ったところで! 『家主、大狂乱! 祝って騒いで感激号泣作戦』の作戦会議開始をここで宣言させてもらおう!!」


「「はいはい、やーやー」」

「……むぅ、なんだか今日はノリが悪いのぅ」


 お座なりな2人の反応を見て、安瀬は不満そうな声を漏らす。


「いや、作戦名が過剰すぎてね。あの陣内君が嬉しくて涙を流すなんて事態は想像できないよ」

「あははー、それねー」


 陣内梅治は割と涙もろい方だが、彼女らはそれを知らない。

彼には見栄っ張りな所があるので女性の前で泣くような真似は意地でもしない。


「そこを我らの努力で突破するのでござるよ」

「まぁ落涙させるぐらいの意気込みで、というくらいには頑張ってみようか」

「なるほどねー……。個別のプレゼントは何にするか決めたー?」


 猫屋は陣内へのプレゼントを決めかねていた。陣内は酒好きだが、誕生日プレゼントに消耗品を送ることは躊躇われた。どうせなら形に残る物を送って、大切にしてほしい。


「我はもう買っておるぞ! 馬上杯にしたでありんす!」

「それなーに?」

「司馬遼太郎の作品にも出てきたね。確か、馬に乗りながら酒を飲むための杯さ」


 西代が特殊な酒器についてつらつらと説明した。


「この間、陣内と一緒に骨董屋を廻ってな。その時に物欲しそうな眼をしておったからコッソリと購入したでやんすよ! ……ふふふっ、アレは楽しかった。あ奴は生意気にも唐津物からつものを選ぶ審美眼がしっかりしておるからのう」


「「…………」」

 

 2人は幸せそうに思い出し笑いをする安瀬をジトっと見つめる。

安瀬の買い物に付き合える同世代男子などは陣内くらいしかいないだろう、と思っていた。古くさい陶器類の良し悪しなどは2人にはまったく分からなかった。


「安瀬のデートの話は置いておくとして、僕は男性物のベルトを買ってあるよ」

「で、デートなどではない!」

「ブランドはー?」


 安瀬の否定を無視して彼女たちは会話を続ける。


「ダンヒルさ。煙草の銘柄と同じでね。陣内君ならそういった関連付けを喜んでくれると思ってね」

「あー、なるほど。西代ちゃん、かしこーい……」


 猫屋は友人たちの粋なプレゼントに脱帽していた。

自分には到底思いつかないような物だ、と彼女は内心で思っていた。


「はぁーー……なにあげよー」

「猫屋の場合、生クリームを体に付けて『プレゼントは私』でいいんじゃないかい?」

「ぶふっ! め、名案であるな!」

「……なるほどー、ケーキとか焼いてみるのはありだねー。もちろん、具材には安瀬ちゃんと西代ちゃんを使ってね」

「「はははははははは!!」」


 2人の揶揄いを軽く受け流し、猫屋は一笑いを取って見せた。

彼女は下品に笑う安瀬と西代を呆れたような顔で見つめる。


「ははっ、でも、ケーキを焼くのはいいね。せっかくオーブンを買ったんだ。使わない手はない」

「おぉ、そうであるな! 陣内は甘党じゃし、市販の物より手作りの方が喜んでくれそうでありんす!」

「確かにありだねー。でも、うーーん、陣内の目の前でケーキを焼くのも微妙じゃなーい?」


 パン作りの為に買ったオーブンは当然、陣内家にある。祝う本人の前で、あなたの為にケーキを作っています、というのは確かに無粋に思える。


「陣内君なら、誕生日は夜まで帰ってこないよ」

「え、なんでー?」

「聞いてないかい? どうやら彼、誕生日に大型バイクを購入するらしい」

「え!?」

「そ、それは拙者も初見でござるよ……」


 西代から発せられた新事実に彼女たちは目を丸くして驚いた。


「この前、気分良く酔わしてたら勝手に話し出してね」

「……そう言えば陣内のヤツ、意外とマメに貯金をしておったな」

「だからって大型バイクねぇー……私も免許だけは持ってるけどさー」

「え、そうなのかい?」

「離婚した父さんがバイク好きでねー。小さい頃によく乗せてもらってた。私も好きで車の免許を取った時に一緒に取ったんだー」

「なるほどね」

「夜まで陣内が帰ってこないなら、パーティーの準備は何の問題もなくできそうであるな」


 3人の珍しくまともな作戦会議は順調に進んでいた。

普段お世話になっている友人に感謝を使えるために、彼女達も本気を出すようだ。


「って事はさー、サプライズプレゼントの搬入作業もバレることなくできそうだねー!!」

「ふふっ、そうだね。陣内君、死ぬほどビックリするだろうね!」

「それこそ、涙を流しながら喜ぶことになると思うでござるよ!!」


 突如として、邪悪な気配が酒飲みモンスターズを包み込む。

悪女達の考えるサプライズプレゼント。


 それはきっと、碌な物ではない事だけは確かだった。

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