第22話 大人の飲み会、再び①


 冬休みを終え、俺の大学生活が再開して2週間が経過した。

日常に変わりはない。講義に出て、バイトで金を稼ぎ、酒を飲む毎日。


 その間に変わった出来事は、西代の誕生日パーティを行った事ぐらいだろう。


 珍しい事に、安瀬ではなく俺が計画したサプライズ企画。誕生日を実家で祝って帰ってきた西代に、追い打ちの祝砲を喰らわしてやろうという趣旨だ。

 

 誕生日プレゼントはもちろん、豪華な食事と酒、部屋を彩る装飾品。ボードゲームなんかも用意して彼女を盛大に祝い遊んだ。


 ……まぁそれだけで済まなかったけど。


 問題は安瀬が用意した市販のだ。あの阿呆は、俺の部屋で何喰わない顔で花火を点火しやがった。眩しい極彩色が目の前で打ちあがった時は、目がチカチカして失神するかと思った。流石に本気で説教した。殺す気か。


 ……前置きが長くなったが、俺は大学生活を平和にエンジョイしている。


「「「ぜひ、合コンに参加して俺達を助けてください!!!」」」


 早速だが訂正しよう。

現在、俺はおかしな事件に巻き込まれようとしていた。


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「えっと、……どういう事ですかね?」


 俺の目の前には赤、黄、緑、とどこかで見たような髪色をした男達。

以前、酒飲みモンスターズにボロ雑巾のように酔いつぶされた信号機トリオだった。


「はい、実は"女を侍らす漫才師"の異名を持つ陣内さんにお助け頂きたい事がありまして」


 うん、誰だそれ? そんな異名持った覚えはない。


「えっと、その、まずは敬語やめてくれませんか? 俺は1回生なんで……」


 確か、彼らは3回生のはずだ。たぶん同い年とはいえ、立場上は彼らの方が位は上。敬語を使われるのは体面が悪い。


「……そうだな」

「でもアンタは2浪していて、俺達と同い年なんだろ?」

「なら陣内も敬語はいいよ」


「あ、うん、ありがとう」


 急に馴れ馴れしくなる彼ら。そっちの方が俺も気が楽だが、ずいぶんと切り替えが早いな。


「……あれ? 何で俺が2浪したのを知ってるんだ?」


 そこまで異名とともに大学で広まっているのだろうか。

だとすれば恥以外の何物でもない。


「あぁ、俺たちの後輩がアンタと同じ学科でな。そいつから聞いた。何でも講義中だろうが女侍らせて酒を飲んでいる、がいるって」


 俺たちの学科の生徒は、学籍番号の仕組みにより浪人した者を把握する事ができる。しかし……


「ご、誤解だ。それはシンプルに誤解だ」


 確かに講義中だろうとお茶でも飲むかのように酒を呷っているが、女を侍らせたことなどない。酒飲みモンスターズは俺が持参した酒目当てで近くに座っているだけだ。


「というか、俺はアンタらの事知らないんだけど……」

「確かに話が急すぎた。まずは自己紹介から始めようか」

「あ、うん、よろしく」


 赤髪が爽やかな笑みを浮かべて俺に話しかけてくる。

友達は多い方が良さそうなので、せっかくだし紹介して貰おう。


「俺は赤崎だ」

「俺は緑川」

「俺は黄山っていう」


「…………うん、よく分かった。俺は陣内だ」


 本当に本名なのだろうか。芸名と言われた方が納得ができる。


「おっと、俺たちの髪色と名前を結び付けたな」

「ふっ、その時点で術中にはまっているのだよ」

「覚えやすい名前と特徴は合コンでは必須だからな!」


「……なるほどな!」


 とりあえず、強く同調しておいた。

人間は第一印象が大切と聞く。そして目立ったもの勝ち、といった要素のある合コンに置いて奇抜な頭髪はプラスに働くのだろう。


 だが、何か大切な物を失ってはいないだろか?


「それで? 俺に何の用なんだ? 合コンに参加?」


 彼らの名前は分かった。

では次に、初対面で頼みこまれた謎の依頼について知りたい。


「細かい経緯を説明するとだな」

「あの恐るべき酒豪3女と飲み会をして以来だ」

「俺たちの合コンのお持ち帰り率が著しく低い。スランプというやつだ」


「はぁ」


 凄まじい会話のチームワークを魅せつけて、どうでもいい事をぺらぺらと話し出す信号機達。


「今日の夜、俺達は合コンをセッティングしている」

「看護学校の天使達だ。しかも全員美人ぞろい。絶対にモノにしたい……」

「そして、俺たちはあの美女3人を普段から飼い馴らしている天才モテ男がこの大学にいると聞いた」


 飼い馴らしてはいない。俺の賃貸に寄生しているという表現が正しい。


「「「どうか、我ら合コン戦士をそのモテテクでサポートして頂きたい」」」


「……ま、まじかよ」


 彼らのお願いとは、合コンのヘルプだ。

ヨイショ役をしてくれという意だ。


「向こうの人数は4人だ。陣内が持って帰りたい子がいたら一人は口説いてもらってもいい」


 なるほど、それが俺への報酬と彼らは考えているようだ。


「普通に嫌なんだけど……」

「な、なんでだ……!? ま、まじで美人ぞろいだぜ今日は!!」


 俺は露骨に顔を歪めて見せた。興味が無い訳ではないが、合コンには酒がつきもの。ワンナイトという淫らな行為は俺には不可能だ。それに彼らとは特に仲がいい訳でもない。そんな三枚目を演じる必要は俺にはないだろう。というか、モテテクなんて特殊技能は俺は修めてはいない。


「そこを何とか……!」


 赤崎が俺に頭を下げる。そんな事されても困ってしまうだけだ。


「いや、悪いが断───」

「もちろん、飲み代は出させてもらう!!」


「よぉ、兄弟!! 今日は全力でお前たちをサポートさせてもらうぜ!!」


 俺の心は決まった。彼らは最高に素晴らしいヤツらだ。


************************************************************


「そういう事情で、今日は合コンに行ってくる」

「…………………………」


 陣内梅治は靴ひもを結びながら、傍にいる安瀬に話しかける。

黙って彼の言葉を聞く安瀬はピクピクと表情筋を痙攣させながら固まっていた。


 陣内は彼女の様子には気づかずに、立ち上がってドアノブに手をかけた。


「じゃ、俺もう行くわ。あの信号機達と事前の打ち合わせがあるからな……。あ、面白がってコッソリとついてくるなよ」


 そう言い残して、彼は出かけて行った。

残された安瀬はプルプルと体を震わせて、口をパクパクと閉口させていた。


「き、き……」


 安瀬は大急ぎで台所にある鍋とお玉を手に取った。

それをカンカンッ!! と叩きながら、リビングの引き戸を足で開けた。


「緊急事態であるッ!!!!」


 突如として陣内家に響く、エマージェンシーコール。

炬燵に入って煙草を吸っていた、猫屋と西代は何事かと彼女を凝視する。


「え、なーに? どうしたの安瀬ちゃん」

「うるさいよ。……僕、この後バイトだからゆっくりしたいんだけど」


 事態を把握できていない二人は迷惑そうな口調で安瀬に反応する。


「ゆ、悠長なことを言っておる場合では無い! 陣内が合コンに出かけた!!」


 けたたましい轟きと共に、猫屋と西代に落雷が落ちた。


 あ、あのアル中が……合コン!? と脳内で驚愕の言葉が暴れだす。


「ちょ、ちょっとー!! それどういう事!?」

「それは聞き捨てならないね!!」


 吸いかけの煙草を灰皿に押し付けて、炬燵から立ち上がる彼女達。

表情は真剣そのものだ。どこか鬼気迫ったものを感じる。


「いったい、どういった事情だい?」

「あぁ、それはじゃな────」


 安瀬は陣内から伝えられた、今回の経緯を二人に話す。


「…………なーんだ。タダ酒に釣られて参加しただけじゃーん」

「よく考えたら、陣内君が合コンで一夜の夢を見る、なんて真似できるわけないよ。体質的に不可能だ」


 二人は先ほどとは打って変わって、落ち着いていた。

彼女らは、陣内がこの場にいる絶世の美女を差し置いて女を漁りに行ったのかと思い、焦っただけのようだ。


「……しかし、恋人なら作って帰ってくるかもしれんでござるよ」

「「っ!?」」


 安瀬の目から鱗のような発言。確かにワンナイトという行いは陣内にはできない。しかし、健全でプラトニックな関係を築いてしまう事は可能だった。


「そ、それはー……それはなくなーい?」

「ぼ、僕達と恋愛関係になっていない時点で、その可能性は薄い気がするんだけど」


 猫屋と西代は自分の容姿とアルコール耐性だけには自信があった。


「……もし、もしもの話ではあるが、陣内とがいた場合。我はありうると考えておる」


 酒飲みモンスターズは対外的な行動と性格に関しては自己評価が低い。女らしくない事を自覚していた。


 そして過去の事件もあって、陣内の恋愛対象は外面よりも内面を重視する傾向があるのかもしれない。それならば美しき自分達と生活を共にしても惚れない理由としては成立している。3女はまたもや自分たちを棚に上げて、見当違いの方向に思考を進める。


 今回の合コン。彼の理想の内面を持った女性がいたのなら、陣内は口説いてしまうのでは……?


「……まず陣内ってさー、モテる?」


 この事象が成立するには、彼の魅力が高い必要があった。


「顔の造形は普通だよね。目は一重だし」

「男の目には糸を引け女の目には鈴を張れ、という言葉があるぜよ」


 男の目は線を引いたように細く、女の目は鈴のように大きい方が良い、という容姿の基準を表現したことわざだ。


「それってー、何時代の美醜感?」


 猫屋はその時代遅れの感性を否定する。


 (…………あれ?)

 

 古い感性を持っている安瀬は、意外と陣内の顔を気に入っているのでは?


 猫屋は心の中で、隣にいる友の好みのタイプを勝手に想像した。

彼女の憶測をよそに議論は進む。


「それに、ヤツは妙に女馴れしておる所がありんす」

「あ、あー、……確かにねー。恋人がいたなら当然かもしれないけどー」

「…………」


 西代には心当たりがあった。陣内が手当たり次第に女を部屋に連れ込んでいた黒歴史だ。彼の名誉のために口には出さない。だが、女を篭絡する技術を彼が持っている可能性は高い。


 それを踏まえて、西代は友を重んじる。


「そもそもさ、陣内君に恋人ができたとしてだ。……残念だけど、僕らは彼を祝福してあげるべきじゃないかい?」


((…………え? "残念"?))


 西代が無意識に出した不用意な言葉。そこに二人は引っかかる。

しかし、今は別議題で討論中。かつ、当の本人が平然な顔をしているので詳しくは突っ込む気にはなれなかった。


「そ、そーだよねー! じ、陣内に、こ、恋人ができた所で私には関係な────」

「う、うつけか貴様きさんら! 恋人がいる男の部屋に、拙者達が寝泊まりできるわけなかろう!!」

「「あ、……」」


 今度こそ緊急事態宣言の意味が理解できた猫屋と西代。

安瀬が2番目に恐れていたのは、そこだ。


「や、やだ。それはやだー!」


 猫屋が愚図りだした。


「私、1限がある日は陣内の家じゃないと絶対起きれなーい!!」

「ぼ、僕も……」

「せ、拙者もでござるよ……」


 情けない弱音を曝けだす3人。

酒飲みモンスターズは単位喪失の危機に陥っていた。


「……妨害、するよね?」


 ぽつりと西代が呟く。

かなり最低な提案であった。


「我もそうしたい所であるが、『ついてくるな』と言われたでありんす」


 陣内は当然、彼女らが揶揄いに来る事態を想定していた。

なので、予め牽制の言葉を安瀬に放っている。


「合コンに潜入したとしても、すぐにバレて追い出されるで候」

「こ、困ったねー。……そもそも、合コン場所は聞いてるのー?」

「隣町の『バッカス』というバーでありんす。陣内の行きつけじゃな」


「……え?」


 西代がキョトンとして、間抜けな声をだす。



「僕、先週からそこで働いてるんだよ。そう言えば、誰にも言ってなかったね。あそこ、陣内君の行きつけだったんだ」



 安瀬と猫屋はゆっくりと西代に視線を合わせた。


「西代ちゃん、今日はバイトって言ってたよねー?」

「うん」

「無線カメラとインカムは、この家にあるでござるな」

「……わかった、まかせてくれ」


 妨害手段は確保できた。

酒飲みモンスターズは邪悪に満ち溢れた秘め事を練り上げ始めるのだった。


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