第9話 西代の暇つぶし
カチャカチャカ、ガガッ、ばびゅーーーーンッッ!
奇怪な電子音が部屋に響き渡る。
「お腹すいたな」
「そうだね……っと」
日曜日の昼間。俺と西代は二人きりでテレビゲームに興じていた。
今日は安瀬と猫屋はいない。彼女らは朝からバイトに行っている。
夜までは帰ってこない。
……あれ? 俺、最後に一人で寝たのいつだ?
「隙あり」
「あ、」
そんな思考に気を取られていると、俺が操作していたキャラクターは西代の手によってぶちのめされた。
「あ゛ーー、やってらんねーー」
「ふふふ、僕の勝ちだね陣内君。……そうだ、何か作ってよ」
「え?」
唐突に西代が昼飯を
「前に安瀬が言ってたアクアパッツァが食べたい気分だ。リクエストしても?」
「いや良くねーよ。材料がそもそもないし」
「むぅ……」
安瀬に作ってやった時は、たまたま俺の昼飯用に材料を買っておいただけだ。
そんな一手間も二手間もかかる料理、すぐにできるわけがない。
「安瀬には作ってあげて、僕には作れない。君はそう言うわけだ……」
「おい、そういう言い方はやめてくれ」
俺が友達を
当然だが、俺にそんな気はない。
困った顔をする俺を見て、西代は意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「いいや、やめてあげない。フフフ、君は僕との友情よりも、安瀬の事を優先するんだね。あぁ、なんて可哀そうな僕……」
西代が大袈裟に悲しんで見せる。なんて適当な芝居だ、ふざけてやがる。
「なんだお前、イケないお薬でもキメたか?」
「失敬な、そんな体を壊す物に手を出すか。僕は酒と煙草だけで十分さ」
健全なのか不健全なのか、よく分からない返事だ。
合法か非合法かと言われると、確かに合法ではあるけど。
「とりあえず、お腹がすいて陣内君のご飯が食べたいのは本当だよ」
「……建前を取っ払って言うと?」
「自分で作るのはめんどくさい。でも斬新な美味しいものが食べたい。アクアパッツァなんて食べたことないしね」
西代はあっけらかんと何の抵抗もなしに胸の内を晒す。
「ついでに言えば、最近はなにか刺激が少なくてね……」
そして、急に一昔前のOLの様な事を言い始めた。
「いや、お前マジか。こないだダーツで負けてスピリタス飲んでたろ」
「い、いや、そういったものではなくて……」
猫屋が途中で帰ったダーツ対決。猫屋を抜かしてそのままゲームを進行し、結果は西代が見事に最下位になった。地べたでのたうち回る彼女の姿は記憶に新しい。
なお、途中欠場した猫屋には後日になって敵前逃亡の罰を与えた。
初代プリ〇ュアの変身口上を
もちろん、スマホに録画して大切に保管してある。俺の家宝だ。
「何というか、脳に新鮮な刺激が欲しいんだよね」
「……パチンコ行けば? 今日は暇だから付き合うぞ」
脳汁が出て新鮮なアドレナリンを提供してくれることだろう。負けたら知らん。
「いや、今は給料日前で懐に余裕がない。安瀬に言わせれば、戦に
「ハハハ、言いそう」
「普段なら、彼女が先頭に立って僕達にスリルや笑いを提供してくれるんだけどね。今日はバイトでいないのが残念だ」
「スリル、ねぇ……」
彼女が求めているのが非日常的なスリルや経験というのであれば、俺も一つ真面目に考えてみよう。安瀬ばかりが人気者なのは、少し癪に障る。
「じゃあ、ネットの競馬とか競艇はどうだ? あれなら100円からだ」
「賭け金が物足りなさそうだから嫌だね」
「それなら、俺と外に昼飲みに行かないか?
「うーん、凄く興味はあるけど本当にお金がないんだ。また今度ね」
「金を使わないとなると……運動公園でキャッチボール」
「それ、楽しいのは男の子だけだと思うよ」
「……このまま一緒にゲームを───」
「飽きた」
俺の意見はことごとくが却下された。自分の企画力の無さに打ちのめされる。
ゲームでも現実でもボコボコにされるのはちょっと辛い。
そもそも西代の趣味は賭博だ。彼女の趣味に合わせたものが採用されやすいはずだ。
ぐぐぐ、何かスリルがあってギャンブル性のあるもの……
「ええいなら、
思わずと口からとんでもない物が飛び出した。
俺はハッとなって自分のセクハラ発言を後悔する。これでは線形代数学のスケベ阿部と同レベルだ。というか二人でどうやって麻雀をすればよいのだ。
しかし、意外にも西代の顔は不快感に染まっておらず、むしろ先ほどより晴れやかだった。
「ふむ、
ポツポツと呟きながら、西代は顎に手をやって何かを考えだした。
その顔は真剣そのものだ。
そして、何か思いついたのか、スッキリした顔でこちらを向いた。
「陣内君、野球拳をやろうか」
「うっそだろ、お前」
俺の提案をさんざん却下しておいて思いついたのがそれか……!
「まぁ待ってくれ。
そう言うと彼女は立ち上がった。
そして自分の胸に手を当てて、説明口調で話し出す。
「僕は金欠ではあるが、僕の所有財産である体にはかなりの値打ちがあると思う。……具体的に言えば5万くらい。十分、賭け銭となるはずだ」
「何言ってんの、マジで」
「目の前には一匹の雄。彼は人間としてはクソだが、唯一の長所として料理が美味い事が挙げられるな」
「おい、無視するな。誰がクソだ」
「君のご飯を食べたい僕と、僕の生まれたままの姿を見たい君」
「ぶ、゛゛っ!? 本当に何言ってんだッ!!」
「欲望の
「全然、水平じゃねーよ!!」
「っふ、中々スリルのある"賭け"になるとは思わないかい?」
そう
賭博の魔に魅入られた西代さんモードだ。
こうなったら、正常な判断はできはしない。行けるところまで、とことん行ってしまう。
「お前、正気じゃねぇよ。このスリル
「狂気の沙汰ほど面白い、のさ」
しかし、そもそも勝負の理屈がまるで出鱈目だ。
俺がじゃんけんに勝てば、西代の裸を拝める。
負ければ俺はわざわざ食材を買いに行き、手間暇かけて彼女の所望する料理を作らねばいけない。
賭博とは多少不平があれども、互いに利益がなければ成立しないゲーム
このゲームには、その釣り合いがまるでとれていな……とれ……と……
(─────やべぇ、普通に裸見たいかも)
今は日曜日の昼間。俺は珍しくお酒を一滴も飲んでいない。煙草もそこそこだ。
つまり、淫靡で邪な感情はちゃんと俺の中から湧き出てくる。
正常な
(いやでも、今の状態で裸なんぞ見たら理性の歯止めが効かなくなる……)
西代の嫌がる事はしたくない。俺はこの関係を崩すようなことは死んでもごめんだ。俺にはこいつら以外に大学で友達はいない。
それに、彼女が賭けると言っているのは、体ではなく裸体の目視権だ。
この勝負は俺にも、彼女にも危険すぎるかも……
突如、俺の脳内に天啓が舞い降りた。
「……いいぜ西代、面白い。受けよう、その勝負」
策を思いついた俺は、勝負を許諾する。
「ほぅ、君も男だね陣内君。正直、野球拳のような低俗なゲームは嫌いかと思っていたよ」
「初めは乗り気じゃなかったが、気が変わったんだ。お前の余裕ぶったその態度を見てな」
俺は西代の顔を高みから見下ろしがら、不遜な態度で挑発する。
その態度に彼女も応えた。
「いい表情だ。僕も燃えてきたよ……」
お互いの合意は取れた。室内に冬とは思えないほどの熱気が充満する。
ここはもうすでに賭場だ。賭けるのは金ではなく、お互いの
勝負の果てに見えるのは、うら若き乙女の柔肌か、男の悲痛な叫びか。
熱い血潮と闘志をたぎらせ、俺は緊張感を途切れさせずに提案する。
「その前にトイレに行かせてくれ。漏れそうなんだ」
「フフフ……早くいっておいで」
熱い勝負はトイレの後で始まる。
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俺は彼女に嘘をつき、部屋を出た。
これからの行為がばれない様に、部屋の扉は閉める。
台所の収納下にある、俺が用意してある緊急用の欲望退散品を素早く広げた。
常日頃から、薄着の女子三名が我が物顔で
この関係を保つためにも、いつでも理性を保てるように、ある備えを用意してある。
内容物は、スピリタス、安物の
「よし、やるか」
俺が思いついた名案とは、記憶が飛ばない程度に酔っぱらって性欲を散らし、後で西代の裸体を思い出そうというものだ。脳裏にさえ焼き付ければ、リベンジポルノと言われる筋合いはない。俺も男だ。あのような提案されて、縮こまるようなモノはぶら下げてはいない。
我ながら最低だが、全部西代が悪い。そう思おう。
(パパっと作ろう。西代に恥ずかしくてお酒に逃げたと思われるのも嫌だし)
スピリタスベースのカクテル。作り方は簡単、子供でもできる。スピリタスとペシェを1対1になるようグラス一杯に注ぐ。そしてレモンを絞って完成だ。
俺はこのカクテルもどきの名前を知らない。少し前に佐藤先生から教わっただけだからだ。スピリタスの飲みにくさを抑えるためだけの割り方。96%を12%で割っているので、度数はまだ50%近くはある。
「いくぞ」
俺はグラスを一気に煽った。濃すぎる甘みが口内にあふれる。そもそも、ペシェは薄める事を前提としたお酒だ。カルピスの原液と何も変わらない。だがそのおかげで、キツイアルコールが中和され一気に飲み干すことができる。
「ぁぁ゛゛……空きっ腹に響くな」
一杯目が終了。恐ろしいことにすぐに酔いが回り始めた。
自分の中の性欲が霧散していくのを感じる。
「念のため、あと二杯くらい飲んどくか」
決して美味しくはないが、酔いを回すためだ。仕方ない。
俺は再び、グラスに酒を注ぎだした。
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「お、おまたせ……」
俺は西代が待つ決闘の場に戻った。
「少し、顔が青白いような気がするけど大丈夫かい?」
「大丈夫だ。どうせすぐに勝負の熱で赤くなる」
西代に感づかれそうになったが、適当な言い訳で誤魔化す。
「まぁ、そう言うなら僕はいい。早速始めようじゃないか」
「おう、そうだな」
俺たちは互いに立って、向かい合った。
彼女の背は小さく、俺が見下ろす形になるが愛嬌や庇護欲といった感情は微塵も感じさせられない。
今の西代は一匹のイカれた博徒だ。
たかだか昼飯の為に自分自身を賭けてしまうほどの、だ。
ゴゴゴゴゴッと、物凄い圧力を感じる
「僕が今着ている物は合計5枚。上着にズボン、インナーシャツに、下着が二点」
西代の服装は、白いYシャツに黒いスキニーの長ズボン。男のよううなシンプルな装いではあるが、女性らしい膨らみが隠れていない。
世の男性に言わせれば、非常に魅力的だという評価になるだろう。
「つまり、先に"5回勝った方"が勝者となるわけか」
「そういう事さ」
「後だしは厳しく指摘するからね」
「当然だな」
グワングワンとする頭で何とか返事を返す。
「じゃあ、行くよ……」
西代が腰だめに拳を構えた。それを見て、俺も呼応するように腕を上げ宙に固定させる。まるで二人は睨みあう仁王像の様であった。
「「じゃーんけーん」」
俺は掛け声とともに手を振り下ろした。
「「ぽん!」」
グーとチョキ。ひどく酔いが回っているが勝敗くらいは理解できる。
初戦の結果は俺の勝ちだ。
「……っふ、初戦くらいはサービスさ。だけど次はないからね」
彼女はそういうや否や、自らのYシャツのボタンに手をかけ始めた。
黒く薄い生地のインナーシャツが下から表れていく。そして、ボタンを外しきったあと、丁寧に畳んでから床に置いた。
女子なら相当恥ずかしい行為のはずだが、西代は眉一つ動かさずにやってのけた。恐るべき精神力だ。
「随分と余裕だな。次もし負ければ、お前は俺に下着を見せつけることになるんだぜ」
俺は西代の動揺を誘うために、敗北後どうなるかを改めて教えてやった。
「おいおい、下着なら普段から見せているだろう? その程度でうろたえる僕ではないよ」
「うん、まぁ、干してるもんね、下着。俺の部屋で」
そうだった、何なら最近は俺も見慣れてしまっている。
もはや女の下着というものに対する俺の認識は、ただの布切れであった。
そういう事なら遠慮は無くなった。
「じゃ、パパッと次行くか」
「え、ちょ────」
俺は彼女を待たず、手を振り上げた。
「「じゃ、じゃーんけーん」」
「「ぽん!」」
西代の声が出遅れてはあったものの、最終的に手は同時に出された。
その手は再びグーとチョキ。またしても俺の勝ちだ。
「お前の負けだ、西代。早く脱げ」
「ぐ、ぐ……!」
さすがの2連敗は、あの西代さんとて悔しいようだった。
だが、彼女はその悔しさを払いのけるようにガバっとインナーシャツを捲り上げた。
そして脱いだソレを乱雑に床に投げ捨てる。何とも潔い。男らしさすら感じる。
しかし、黒いブラジャー姿の彼女からは官能的な女性らしさが漂っていた。
彼女の胸はその小さな背丈にしては大きいように思える。
西代は下着姿など別に気にしていないと口にしていた。
しかし、綺麗な肌を露出しているのを気にしてか顔が少しだけ赤い。
俺の視線を感じてか、少し身を
ここまで野球拳を進めてみて思ったが、コレ意外と楽しいな。
自分が勝てば相手を悔しそうに脱衣させることができる。
被虐心と征服感が同時に満たされて、何とも言えない高揚感が滾る。
そうだ、良い事を考えた。
「なぁ、西代。一つ提案なんだが」
「なんだい? いまさら怖気づいても許さないからね」
どうやら彼女はここまでやって、俺が日和見のストップを掛けるのではないかと思ったらしい。そんな事はしない、むしろ逆だ。
「次の勝負、2勝分にしないか?」
「な、なんだって……!?」
西代が野球拳を始めてから、ようやく動揺を見せる。
そうだ、その反応が見たかった。
「いや、お前の言った通り下着なんて見慣れてるからさ。さっさと全部脱がせたい」
「ぬ、ぬが……! か、仮にも乙女の柔肌を見ておいて、その言い草はなんだ!」
西代が口調を荒げて、俺の侮蔑ともとれる言葉に抗議する。
その目は先ほどの曇り眼ではなく、怒りを宿したモノに変わっていた。
よし、西代さんモードから徐々に普段の西代に戻りつつあるようだ。
恥という感情を彼女に取り戻させて、もっと脱ぐ時のリアクションを面白い物にしてやろう。
「おいおい、何を怒ってるんだ、冷静になれよ西代。そう、悪い話でもないだろ? お前は今、2連敗。だが次1回勝てば、勝負は再び五分五分になる」
「ま、まぁそうだけど……」
彼女は生粋のギャンブラー。ダブルアップチャンスと似たこの条件に逆らえないだろう。西代はたいして考えもせずに承諾の言葉を告げる。
「……良いよ。僕も腹をくくろう。さすがに3連敗はないだろうし……」
賭博において、"次はない"は典型的な養分の思考回路。確定したフラグ。
勝敗は既に決まったと言ってもよい。俺はこの勝負に限り、幸運の風上に立った。
「じゃ、そういう事で」
「う、うん」
前置きは長くなったが、勝負は再開。お互いに手を構える。
「「じゃーんけーん」」
「「ぽんッ!」」
俺の手はパー。西代の手はグー。
当然のように俺の勝ちだ。
「う、うそだ……」
「雑魚め、判断を見誤ったな」
彼女は絶望的で惨めな声を挙げる。何と心地いい声音だ。録音して着メロにしたいぐらいだ。酒と一緒に脳にグングンと染みこんでくる。酔いがもっと回ってきた。
「ほら負け犬、ヘタレてないでとっとと脱げ。西代のっ、ちょっと、いいとこ、みってみたいっ!」
俺は酔いに任せて、彼女を煽る。気分は最高潮だ。
「う、う、う、……こんなはずじゃ」
潔くスッと西代は黒いズボンを脱ぎ始めた。素晴らしい。その動作は神秘的にも感じる。
細く白い脚とレースの入った黒いショーツがお目見えする。
それを見た俺のテンションは有頂天まで一気に跳ね上がった。
「はい、もう1枚っ! もう1枚っ! もう1枚っ!」
「う、う、うるさいぞ! 脱ぐ、脱ぐから静かにしてくれ……」
パンパンと手拍子を取ってコールをする俺の勢いに押されたのか、彼女は後ろを向いて後ろ手でブラのホックを外し始めた。何とも言えない濃密な時間が流れる。
そして、西代は完全に外したブラジャーを床に落とす。彼女は片腕でその豊かな乳房を隠し、ゆっくりとこちらに向き直った。
「おーーーーーー」
「な、なんなんだい、その反応はっ!!」
俺は美しい陶芸品を見るように彼女をジロジロと見つめた。
白い肌と腕につぶされて盛り上がった胸。胸には深い谷間ができていた。
顔を真っ赤にして恥辱に震える、半裸の姫君。
この賭けをしたことを後悔していそうな顔もアクセントになり、一種の芸術作品のようだ。
「くそぅ、最悪だ。知的でクールな僕が、まさか服をはぎ取られて震える日が来るなんて……」
「お前はクールというか、静かに狂気を抑えてる魔物って感じだけどな……」
底知れぬ賭博の闇をな。
「というか君は僕の裸体を見て、なぜ、面白く笑ってるだけなんだい? もっと別の反応があるだろう」
「え、あぁ、凄い興奮してる。それはもうスゲェ興奮だ」
「感情がこもって無さすぎるよ……女としての自信を少し無くす」
西代は落ち込んでいるが、彼女の裸体は半端なく美しい。造形美がとても整っている。俺が酔って性欲を無くしていなければ、間違いなく襲い掛かっていただろう。この体質に、ほんの少しだけ感謝しよう。まぁ、この体質は生まれつきではなく、ある事件が原因でなった後天的なものだが。
「そんな事は置いておいて、ラストゲームだな。とっとと終わらせよう」
「まだラストじゃない……!! ここから逆転して見せるのが僕だっ!!」
もはやあり得ない事を言い出す西代。どうやら現実が見えていないようだ。
半狂乱に叫ぶ彼女を無視して、俺は手を振り上げる。
「へいへい、始めるぞ。じゃーん──」
「ま、待ったッ!!」
そこで、彼女が片手を突き出しストップをかける。
「え? なんだよ」
「フ、フフフ……僕は次の勝負、パーを出すよ」
よくあるブラフだった。本来運ゲーであるじゃんけんに心理的な要素を持ち込ませようとしたのだろう。しかし、今の俺にその手は全く無意味である。
酔いすぎてろくに思考が回らないため、何も考えずに手を出すからだ。
彼女が出すと言った手が何だったかも、もう忘れた。
「あぁ、はいはい。じゃ再開な」
「え、待って何でそんな適当にぃ─────」
俺は容赦なく手を振り始めた。
「「じゃ、じゃーんけーん……!」」
「「ポンッッ!!」」
勝負の手はパーとグー。
おぉ、凄いラッキー。俺の5連勝だ。これで西代の全裸は確定した。
「あ、え、う、あ……」
西代の語彙が崩壊する。敗北のショックか、これから起こる未来を想像したせいか彼女の脳はパンクしていた。力なくペタンっと床に座り込む。
……いやー、それにしても本当にこんなもの見ていいんですか?
女友達の脱衣ショーなんて本来なら金払っても見られない。
彼女が恥ずかしがる貴重な機会だ。あ゛゛ーーー、楽しみーーー!
「よし、じゃあ、脱ごうか」
俺は思わず変態的な口調になってしまったが、放心した西代に催促を促す。
「あ、あ、ゆ、許してくれ」
「……なにぃ?」
彼女はプルプルと震えながら答えた。
俺を見上げて許しを請うその姿は、雨に打たれる子犬のように儚げで哀れであった。
まぁ、そんな事はどうでもいい。
「なぁ、西代。そもそも、この野球拳を提案したのは誰だ?」
「ぼ、僕だ……」
「勝負の途中、『いまさら怖気づいても許さない』と言っていたのは?」
「ぼ、僕……」
「では、最後。陣内宅での罰ゲームは?」
「か、必ず実行される……」
なんだ、よく分かっているじゃないか。つまり、ここで止める事は誰にもできない。例え神が許そうとも俺は決して許さない。彼女がパンツを脱いで、全裸になる事は確定した未来だ。
「ほら、早く脱げよ。安心しろ、手は絶対出さないから」
「そ、そういう問題じゃない! いや、手を出さないのは、いいんだが、えっと、その、あの……!」
「あの、なんだ……?」
「男の前でパンツを脱ぐ行為は僕には無理だ! 絶対できない……!!」
目の端に涙を浮かべながら悲痛な声を挙げる。
よっぽど、全裸になるのが嫌なようだ。ならなんで、野球拳なんか提案したんだか……
「はぁ……仕方ないな」
俺は呆れたようにため息をついた。
西代は俺の発言を聞いて、何故かホッと胸をなでおろしたかのように見えた。
「なら、俺が脱がせる」
「……はぁ!?」
西代の顔が驚愕に染まる。彼女が脱げないのなら、合理的に考えて俺が脱がすしかない。至極当然のロジックだ。
「なに、目を瞑ってれば一瞬だ。30秒くらい見たら戻してやる」
「さ……!? 長いよ!! ていうか、え!? 冗談とかじゃなくて本気で僕のパンツを脱がす気か!?」
「うん、だって罰ゲームだし」
「じ、陣内君、頭おかしいよ!!」
なんとでも言え。酔った俺は無敵だ。
男、陣内梅治。今は彼女のパンツを脱がすだけの冷血なマシーンとなろう。
ずいっと座り込んだ西代に迫る。
「っひ……!?」
小さく悲鳴を上げて、床を蹴って何とか後ずさる彼女。しかし、気が動転して全然逃げられていない。もう十分に射程圏内だ。
「観念しろ。今日がお前の命日だった。そういう事だーーー!!」
「きゃぁぁああーーーー!!??」
俺が彼女に飛び掛かろうとした、その刹那─────
「ただいまー! いやー、日曜なのにお客さん少なくて早上がりしちゃ……た……」
部屋のドアが勢いよく開かれ、そこから猫屋が飛び出してきた。
大粒の涙を流している半裸の西代。襲い掛かろうとする俺。それを見た猫屋。俺達は絶対零度に凍り付いた。
「ね、猫屋っ!! 助けて……!!」
そう言うと西代は猫屋の元に駆け寄り、その後ろに隠れた。
彼女の声を受けて硬直の解けた猫屋。西代を庇うように前に出て、俺を感情のない目で見つめてくる。
「あー……陣内、ついにやっちゃったかー……」
よそよそしい猫屋の声。その表情にははっきりとした侮蔑と落胆が張り付いていた。
まずい、誤解を解かなければ……!
「待て猫屋、誤解なんだ!」
俺は必死な声で、猫屋に訴えかけた。
これは不幸な行き違いによる事故なのだと。
「……一応、聞いておこーかー」
どうやら、有罪は確定したわけではないようだ。
弁明のチャンスをくれるらしい。
俺は言葉を慎重に選んで、吐き出した。
「俺はただ、西代のパンツを脱がせたいだけなんだ……!!」
「何一つ誤解じゃねーよッ! このクソ馬鹿ーーーーーーーーーッ!!」
猫屋の糾弾が部屋に響き渡る。
どうやら何か間違えたようだ。
「くっ、ならそこをどけ猫屋っ!! 邪魔するなら、貴様も敵だーーー!!!」
そうして俺達の戦いは始まった。俺は西代のパンツをはぎ取るまで一歩も引く気もなかった。陣内家の罰ゲームは必ず実行されなければならない。じゃないと俺がこれまで受けてきた罰に意味が無くなる。逮捕も投獄も恐れずに、勇猛果敢に女性陣への突撃を決行した。
************************************************************
結果はキレた猫屋に張ったおされて、情けなく惨敗に終わった。
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