第10話 恥じらいのある毒牙

ネチネチネチネチ──


「あー、明日バイトめんどくさいなー」

「カラオケだったよね、猫屋がバイトしてるの。仕事が楽でいいって言ってたじゃないか」

「家から結構遠いんだよねー。自転車で30分くらいかかっちゃう」


ネチネチネチネチ──


「原付でも買ったらどうだ?」

「うーーん、バイトの為にお金使うって本末転倒じゃなーい?」

「いや、陣内家共用バイクとして全員で購入するというなら我も出資するぞ!」


ネチネチネチネチ──


「ならカーシェアとかの方が便利じゃないかい? 雨の日でも楽だし」

「それはありだ……」

「ぶっちゃけ、4人分の買い出しは、自転車だけではキツイでござる」

「今日も大変だったしねー、スーパーまで近くもなければ遠くもないしー」


 俺達は床に皿を置いて4人で餃子を作っている。ビールをすすり、雑談しながらチマチマと手を動かす。灰が混入する恐れがあるため煙草は吸っていない。


「酒瓶とか炭酸水とか重いしね」

「問題はー、この近くでサービスをうけられるかじゃなーい?」

「最近は車を年単位でレンタルとかあるでござるよ」

「それ、いいな」


 4人で割ってくれるなら安く済むし、駐車場もこのマンションにはある。

本格的に車が欲しくなってきた。


「それに車があれば旅行も簡単に行けるようになるであろう」

「あーー! それいいなー……草津温泉行きたい」

「そこは地元じゃなくて、他県に行きたくなるもんじゃないの?」


 西代が思わずといったようにツッコミを入れた。草津温泉は猫屋の出身地である群馬にある観光地だ。旅行に行くなら見知った地元より、知らない場所に遊びに行きたいものだろう。


「草津の宿にはねー、個室に露天風呂ついてる所があってー」


 猫屋の手が物思いにふけって止まる。


「そこにー、日本酒とつまみを持ち込んでみたくなーい? 昼は出店で立ち飲みしながらー、夜は個室で月見酒。風流って感じでしょー?」


 俺たち三人は思わず手を止めて猫屋の話に聞き入ってしまった。

出店の濃い味のつまみに美味しい日本酒。

体の疲れを優しく溶かすような熱い風呂。

外風呂から見える綺麗な月と冷えた心地よい風。


 そして趣ある風景を楽しんだ後は、気の置けない仲間たちと馬鹿みたいに騒ぎながら夜を過ごすのだ。


「「「……………………いい」」」


「でしょーーーー!!」


 俺たちの賛同を得られて猫屋はご満悦そうだった。

そもそも、温泉旅館に宿泊など人生で数える程度でしか経験がない。ましては自分たちで計画などしたことはない。是非とも行ってみたいところではある。


「しかし、そういったところは"コレ"がかなりかかるだろう?」


 西代が指で丸を作って見せた。俺ら大学生にとっての生命線である金の意だ。

中々に下品な表現。


「確かに土日祝日に行くと、軽く10万とか超えるわねー」

「じゅっ……!?」

「恐ろしいな、おい」

「それはさすがに無理でやんす」


 我ら仲良く貧乏学生。日々をバイトに費やしても、酒と煙草代に消える毎日。大学の講義中に、割のいい日雇いバイトを検索してしまうぐらいだ。


「ところが平日は違うんだなー」

「平日?」

「集客の悪い平日ならー、普段お高い部屋でも4万程度で泊まれるよー」


 4万円なら一人当たり1泊1万円。

交通費や飲食代を含めても出せない額ではない。


「来週の水曜日は確か大学創立記念日でがあったでござる」


「俺たちの木曜の講義に必修科目はないな」


「なんならこの際、金曜も休んで土日含めて5連休に……」


 西代の悪魔の囁きが混じったものの、四人の意思は着々と固まりつつあった。

思えばこの面子でつるんで半年あまり、一度も旅行に行ったことはない。

それに仲間内での旅行などなんとも大人っぽいではないか。


「では! 来週に群馬旅行という事で、皆異論はなーい?」

「「「はーーーい!」」」


俺達は再びネチネチと餃子を作りながら、旅行計画を練り始めるのだった。


************************************************************


 そして、翌週の水曜日。俺たちは軽自動車を前にしていた。

四人の共用財産として仲良く成約したのだ。


 素晴らしい快晴に恵まれた午前8時の朝。まさに旅行日和と言えるだろう。

昨夜の時点ですでに準備万端。この年で旅行のしおりまで制作する気合の入れよう。


さぁ、これから始まる旅路への期待を胸にいざ出発しよう……!


「やばい、吐きそう」

「う゛゛っっ! お゛ぇ!」

「日の光がキツイ。吸血鬼の気分でござっウ゛!」


「いや本当に、お前らね……」


 群馬旅行出発当日の朝、彼女らはゴリゴリの二日酔いであった。

理由としては昨日、前夜祭だの奉献酒を開けて事故厄払いだのとひたすらにアルコールを飲みまくりはしゃぎまくっていた。


 旅行が楽しみで眠れなくなる人は居ても、楽しみで二日酔いになるまで酒を飲む馬鹿は彼女らぐらいだろう。俺は運転係に決まっており、翌日に酒を残すわけにはいかなかったため適当なところで就寝した。


「だ、大丈夫……今日の為に車まで用意したんだから、こんな所で立ち止まってられなオエ゛゛」

「そうだな、絶対に車内で吐くなよ西代」

「ハ、ハハハ。西代ちゃん顔が死んでるー。……うっぷ!」

「灰になる……体が灰になるでござる……」


 俺は強引に彼女らを車に詰め込んで出発した。


************************************************************


 運転自体は結構久しぶりだったが、存外に体が覚えているもので特に問題なく高速道路を走れている。今は川越市を抜けようとするところだ。まだ目的地まで2時間近くあるが疲れは感じていない。むしろ車内に自分好みのBGMを流してノリノリである。他三人は死んでいるため選曲に文句もない。


 いやー、ドライブって結構いいものだな! このスピードと適度な緊張感。免許取るまでは運転なんて────めんどくさいだけだと思っていたが中々に楽しい。これは世の男性たちが車にお金をかけたくなる気持ちもよくわかりま…………プシュッ?


 車内には清涼感のあるミントの芳香剤の香りが敷き詰められていた。

しかし、炭酸の抜けるような音を皮切りにの匂いが漂い始める。


「ぷは゛゛ーーー! 生き返ったでござるよ!!」


 助手席を見ると安瀬が麦茶でも煽るがごとく、当たり前のように缶ビールを飲んでいた。酒飲みモンスターが早くも復活していた。


「いきなり無言でビール飲みだす奴がいるか! てか、お前二日酔いだろ!!」

「迎え酒でやんすよ、陣内~。楽しい旅路の初っ端を、二日酔いで不参加などありえんでござるよ」


 クツクツと笑いながらさらにビールを飲みだす安瀬。さらに煙草を懐から取り出し火をつけ始めた。何でもありかコイツは……


──プシュッ──

──プシュッ──


 唐突に、後ろから先ほどと同じ音が響いた。恐る恐るバックミラーで後部座席を確認する。

 そこには喉をゴキュゴキュ鳴らしながら恐ろしいペースで飲み干していく二人の女。その様は現代に蘇った酒吞童子しゅてんどうしと言われても疑問には思わない。口から缶を離したと思えば、急にピースサインを目の前に掲げだして────


「猫屋 李花、復活ッ! キュピーン!!」

「右に同じくっ……!!」


 謎のポーズとともに飲み切ったであろう缶ビールをクシャリと握りつぶす猫屋と西代。ば、ばかな……ロング缶500mlだぞアレ。ものの数秒で飲み切ろうとは。

あのバカたちは、ビールを回復ポーションか何かだと思ってるのか。

というか……


「ビール臭っっ!?」


 車内に充満しているあり得ないほど高密度の。三本のビールを密閉した空間で開けたらこうもなるだろう。俺は急いで自働のドアガラスを開いた。


「僕は特に何も感じないけど?」

「飲んでるやつはそうだろうな。……いやマジで臭いなっ!」

「煙草でも吸えばー? 私たちも吸うしー」

「それだわ。頼む安瀬、煙草咥えさせてくれ」

「承知つかまつった!」


 安瀬が俺の胸ポケットから、器用に煙草を一本取り出す。

そして今吸っているメビウスを車につけた灰皿に置いて、なぜかに火をつけて吸いだした。


「ふぅーーー、相変わらず甘いのが好きでござるね、陣内」

「いや……何を───」


 そして自分が吸っていたモノをそのまま俺の口に持ってくる。少し面食らった。

運転中の俺の代わりに火をつけてくれたのだろう。だが、咥えさせてくれれば火ぐらい自分でつけれたのに。しかし、間接キス程度でドキマギするのも恥ずかしいのでそのまま咥えることにした。


「すうぅーーーー、はぁぁーーー……ありがと」

「いえいえ」


 ニコニコしながらこちらを見てくる安瀬。

咥えたフィルターはほんのり甘かった……などという事はなく普通にビール臭かった。


 ……あれ? これ、関節的に飲酒してないか? ま、まぁ法律に引っかかる量はさすがに含まれていないだろうが。


「あの二人、早速イチャついてるね?」

「青春だねー。おばさん、胸がキュンキュンしちゃうよー」


 こちらを見ながら、後ろでコソコソと二人が何か話している。ニヤニヤと笑っているので、俺の事を馬鹿にしている気がする。


「さぁ、到着までの暇つぶしに山手線ゲームでもしやしゃんせ!」

 

 そんなことを考えていると安瀬が唐突にゲームを提案する。


「おー、いーねー」

「僕、そういう言葉遊びは自信あるよ」

「酒が入った状態でもか……?」


まぁ、そんなことを言えば俺は運転中なのだが。


「お酒を飲んだ状態でこそ、人としての真価が問われるんだよ」

「まぁ、俺らの中ではそうかもしれん」

「じゃあ、飲みながらやろー」


 そう言うと猫屋が持ってきたクーラーボックスを漁りだした。この旅行の為に各自持っていきたい酒や飲料水を予め入れてたものだ。


 その中から、500mlの青く細長い猫の顔型の瓶を取り出した。


「なんだ、その可愛い瓶は?」

「シュミットっていうドイツ産の白ワインー。桃の風味が効いててちょーおいしー」

「へぇ、度数は?」

「9ぱー。なんか原産地に樽に乗った猫の像があるらしいよー」


 なんだそれは。国民的サザエ家の飼い猫か? あれは果物に乗っているが。


「ドイツ……日独伊三国同盟の仲としては一度は訪問せねばならんな」

「ビールとソーセージが目的じゃなくてかい?」

「言わぬが花でござるよ」

「どうでもいいが、猫屋の話を聞いてると酒が飲みたくなってきた」

「帰りは僕が運転してあげるから、まぁがんばって」

「というわけでー、ゲーム開始ーーー!」


 煙草を肺いっぱいに吸い込んで吐き出す。すると、ふと一つ思い至った。


 素面しらふの俺がゲームで負けたらヤバいよな。面目が立たん。

俺は運転には集中しつつ、いつになく真面目に頭を働かせるのであった。


************************************************************


 時は遡る事、旅行出発前夜。

場所は陣内宅のいつもの部屋。家主である陣内梅治が寝室で就寝中の時の事。


 悪女たち3人は飲み会の体を装い、なにかを行っているようだった。


「どうー? 陣内、寝てたー?」

「あぁ、完璧に寝てたよ。声かけても起きなかった」

「では、準備は整ったようじゃの……、コホンッ」


 安瀬が一つ咳ばらいをし、他二人の視線を集めた。

彼女は少し仕切りたがり屋の気があることを、友人たちは理解していた。

文句はないので、そのまま安瀬の進行の言葉を待つ。


「早速であるが、ここに『ドキドキ、陣内の理性破壊作戦』の2回目作戦会議を開くでありんす」

「「やーやー」」


 頭の悪い作戦名が小声で発表されると同時に、猫屋と西代はノリよく相槌を打つ。

作戦名から推測される通り、陣内には内緒にしておきたい内容のようであった。


「うむ、全員乗り気なようで、拙者嬉しいでござる」


 もちろん、このおかしな企画の発案者は大問題児こと安瀬である。


「では、お互い認識のすれ違いが無いよう、もう一度作戦概要から確認していくぜよ」

「わかった」

「よろしくー」


 こうして、作戦会議は始まった。


「さて、我らが陣内宅に入りびたり始めて半年。この中で陣内に性的に迫られた者はいるかえ……?」


 いきなりの猥談。作戦会議というよりは、まるで女子会のようだ。

しかし、彼女たちの表情はいつもと違いどこか真剣であった。


「なーいでーす」

「僕もないな。……パンツ脱がされそうになったことはあるけど」

「へ、え……? な、なんでやんすか、それ? 拙者知らないでありんす」


 初っ端から出鼻をくじく返答に安瀬は困惑する。真剣さは早くも霧散しかけていた。それを見て、西代は慌てた様子で否定する。


「あ、あれはまぁ、僕が悪いというか、なんというか……ともかく、陣内君に僕を襲うような意思はなかったよ」

「そ、そうであるか」


 『そう聞くと、西代の方から陣内を誘惑したように聞こえるが?』という心の声を安瀬は何とかして飲み込んだ。


「では次に、陣内と身体的スキンシップを取ったもの。挙手をお願いするで候」


 そうすると、全員が手をスッと挙げる。

3人の顔は少し恥ずかしそうに、うつむいていた。


「さ、3人とも……意外と節操せっそうがないのかな、僕ら」


 西代が周りを見渡し、驚嘆の声を挙げる。


「私の場合は不慮の事故だったー、みたいなー……」

「我は、まぁ、弱みに付け込まれたというか……弱みを見せてしまったというか……」


 猫屋の場合はダーツの際に抱きしめられた事件。安瀬は風邪を引きおんぶされて帰った事。そのどちらも、彼女ら自身が撒いた種だという事は話す気はないようだった。


「「「………………」」」


 3女がお互いに顔を見合わせる。表情で意思の疎通を図っているようだった。

そして一同、同じタイミングで全く同じことを口にした。


「「「あいつ…………何で手を出してこないんだ?」」」


 それは当然の疑問。彼女らは自分の容姿が客観的に見て、優れている事をきちんと理解している。人生の中で告白を受けた者もいる。

三者とも様々な理由で恋人はいた事がないが、自分がモテる事を自覚していた。


「いやー、別に手を出してほしい訳じゃないんだけどーー、ねぇ……?」

「乙女のプライド的に、ね」

「とても複雑でござる……」


 彼女らは酒飲みヤニカスモンスターズではあるが性別は女。しかも、20代の花咲く年頃。美貌への自信と、半年の間も手を出してこない男。

その相反する自己意識と現実が、彼女たちを苦悩させていた。


「煙草を吸う女は恋愛対象外である、という可能性は……?」

「僕、彼に煙草を吸ってる姿を褒められた事ある」

「あ、私もあるー。自分も吸ってるしー、そこは気にしてなさそー……」


 考察の結果、煙草を嫌悪しているという選択肢は消え去った。


「なら、同性愛好家であるか?」

「それはないんじゃないかなー?」

「だね。彼の名誉の為に詳しくは省くが、PCの履歴を見た限り一般的な性癖の様だ」

「に、西代ちゃんー? 人のPCの履歴見るのはタブーじゃなーい……?」

「たまたまさ。パソコンを借りた時、偶然見てしまったんだよ」

「あ、あーねー」


 再びの考察の結果、同性愛好家という選択肢は消え去った。


「後は、そもそも性欲が薄い。も、もしくは……」


 安瀬はここまでの推測から、選択肢を2つにまで絞った。

しかし、その最後の一つは自身の口からはとても言いづらいものであった。


「拙者たちがと思われている……であろうか」

「……」

「そ、それだけはマジでキツイー……」


 西代は無言で、猫屋は言葉で、その可能性を否定する。

それは、女としてはあまりに許容できないものであった。


 よって、この選択肢は考察するまでもなく消え去った。


「なら性欲が薄い……という事になるであるか」

「……実はお酒を飲んでるときはそう言った感情が出にくいって、本人から聞いたことがある」


 そこで西代が陣内がずっと昔に言っていた事を口に出す。


「え、そーなの? 私、初知りー……」

「なるほどのぅ、酒が原因か……」


 安瀬と猫屋が得心のいったという様子で頷く。


 陣内は自分たちが横にいる時は、いつも飲酒していた。

アレは自分たちの美貌に目が眩み、襲ってしまわないように対策していたのだ。


 三女は自分達を棚に上げて、そうあたりを付ける。


(((いや、でも、あの飲みっぷりの良さは、ただの酒好きの馬鹿では……?)))


 しかし、その理屈は彼の異常なアルコール摂取量のせいで、矛盾しているように思えた。


 それが陣内の複雑なところであった。アル中と思われるほどの酒好き。大学内に酒を持ち込むほど、酒を愛してやまない異常者。彼が性欲を減らす為だけに飲酒しているとは思えない。


 実はその両方は同時に成立することに、既に酔っている彼女達は気づかなかった。


「まぁ、それならお酒に催淫さいいん作用を付与しちゃえばいいのさ」

「ほぅ? その心は?」

「これさ」


 西代が机の上に大小様々な瓶や薬袋を広げて見せた。


「西代ちゃーん? コレってもしかしてー……」

「そう、

「あぁ、薬局とかで偶に見かけるでありんすね。しかし、量が多いでござるな」


 広げられた精力剤の種類は20を超えていた。

明らかに、一人の人間に使用するには過剰な量に思えた。


「陣内君、肝臓が強いだろう? 生半可な量じゃ分解されて効き目が薄いかなと思って」

「でもすごいねー、これだけ揃えるのって結構お金かかったんじゃなーい?」

「前の競艇の儲けで集めたんだ。少しオーバーして、最近まで金欠だった。ろくに遊びに行けなくてストレスがかかったよ……」


 そのせいで野球拳という暴挙を犯したこと思い出し、自分を恥じる西代。


「けどコレってー、どうやって飲ませるつもりー?」


 そんな彼女の事を気にせずに、猫屋が当然の疑問を口にする。


「適当に酒に入れたらばれないかなって」

「おお、それならいい物があるでござる」


そう言って、安瀬は瓶酒を取り出した。


「うわ、それって」

「おーまじかー」


 彼女たちが驚くのも無理はなかった。その酒の中には一匹の蛇が蜷局とぐろを巻いて沈んでいたからだ。


「ハブ酒、でありんす」

「す、凄いね。僕、初めて見るよ」

「私もー、……うっわ、目が合っちゃった」

「これなら、あいつも飲んだことなかろう。味が分からなけば何を入れても大丈夫じゃわい」

「ハブ酒の精力剤割りか。随分と効き目が強そうだね……」


 ハブ酒は薬効として男性機能の向上があることで有名だ。それに加えて、高麗人参やマカ、ニンニクの滋養強壮成分を含んだ薬剤を投与すれば、どんな男も興奮状態に陥る事間違いないだろう。


「ハハハ、この作戦、我らの勝利じゃっ」

「フフフ、間違いない」


 安瀬と西代は寝ている宿主を起こさないように静かにクツクツと笑う。

その悪意に満ちた表情は気遣っているはずの家主に向けられているはずなのだが。


「あのー、盛り上がってるところ申し訳ないんだけどー……」


 そこに猫屋が水を差す。


「それで、どうするのーなんて、アハハー……」

「「……………………」」


 先ほどまで盛り上がっていた彼女らは完全に沈黙した。

家主に媚毒を盛る方法は考えていたが、実際に襲われるケースは想像していなかったようだ。


「ま、まぁ、大声で叫べば、誰かが助けに入るであろう……」

「そ、そうよねー……」

「う、うん。流石に、ね……」


 一番危険な問題を彼女たちは先送りにした。そして考え出した対策手段は、場当たりな適当なものである。


(((もし襲われて、そのまま流されちゃったらどうしよう……)))


 そして3人は、その淫靡で官能的な結末の一つを思い描いてしまった。

その場の誰もが、陣内の事を嫌いではない。むしろ、生涯の中で一番仲の良い異性であった。それゆえに、もし、断ることができなかった場合は……


「よ、よし作戦会議終了でござるっ。……とりあえず飲まんかえ?」

「さんせー、今はなんかー、……なんか無性に飲みたーい」

「僕もだ。強い酒が欲しい」


 これが旅行出発前日に、彼女たちが深酒を起こした理由であった。

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