第8話 大人の飲み会


 大学内の喫煙所。俺たちは学校終わりに集まり、一服していた。

甘い煙が肺と口内を満たして、疲れた頭にニコチンがめぐる。


 今、俺が吸っているのはアークロイヤル・スイート。箱の封を開けただけで漂う、メイプルシロップみたいな甘い香り。吸えば柔らかい煙とともに、チョコの風味と煙草の味が押し寄せてきて吸いごたえもある。煙草を咥えた唇を舐めればフィルターから移った甘さがしっかりと感じられるほど、濃く甘い。


 何とも言えぬ至福の時間。  

しかし、そんな時間は安瀬の発言によって容易に打ち切られる。


「今夜、に出陣するでござる」


 喫煙所に突如、爆弾が落ちた。俺の意識は後方に吹き飛び、ここは爆心地となる。

そして地球を一周し、俺の意識は再び俺の体に戻ってくる。

この間、約4秒。


 ……ふざけている場合ではない。

俺は今世紀最大の謎を解明すべく、問いを投げかける。


「誰が……?」

「僕たちだよ」


 俺はついに動揺を隠しきなくなり、手に持った煙草を落としてしまった。


「ちょ、もったいないなー」


 いつも酒と煙草にまみれたこの女たちが、合コン!?


いくらもらえるんだ、それ……?」

「パパ活じゃないよ、酷いな陣内君。お金はいつもないけどそんな事はしないよ」


 パパ活でもないだと……!?


 脳の処理が追い付けない。普段から酒、煙草、ギャンブル、ゲロといった阿鼻叫喚の生活をしている彼女ら。外見はまるで薔薇のように見目麗しく整っているが、一皮むけばその実態はラフレシアの群生。若くして女の感受性は既に萎れてしまっていると思っていた。


「イケメンでも漁りに行くのか……?」

「ぷっ……佐藤先生ほどの酒豪がいれば、我も一夜の夢を共に見る事を一考してやるでありんす」

 

 安瀬の交際基準は顔面の良し悪しではなく、酒のキャパシティの上限であるらしい。俺の想像通り、女としての感性はアルコールでぶっ壊れているようだ。


「じゃあ何か? 冷やかしとか人生経験のためか? それはちょっと、相手さんに失礼じゃないか……?」


 合コンと聞けば少し不埒な響きがするが、異性との出会いの場を求めることは生物として純然たる行為だ。むしろ、昨今の少子化問題の観点から見れば社会奉仕活動と言ってもよい。命短し恋せよ乙女というが、社会に出れば男も時間と暇はなさそうだ。今のうちに彼女を作っておこうとする行為は正当な努力とも思える。


「んー、冷やかしというよりはー……」

「ボディーガード的なものかもね」

「え、どういう事だ?」


 猫屋と西代の発言でさらに謎が深った。


「いやなに、今回の合コンの誘い主はなのじゃ」


 俺たちの所属する情報工学科は男女比9:1で構成されており、所属する女子はこいつらを含めて6人しかいない。俺達とは違い現役で合格した18歳の女子3人。

名前は憶えていないが、その穢れなき3人は学科の花形だ。男子人気は非常に高い。


 俺は彼女らの事をと呼んでいる。が誰かは今さら言うまでもないだろう。


「彼女らが同学年3人の男子に合コンに誘われてー、本人たちもOKしたんだけどー……」

「後から、3回生の先輩が便乗して無理やり参加したらしいんだ」

「あぁ、なるほど」


 だいたい話は理解した。18歳の幼気な男子たちが頑張って女子を合コンに誘う事に成功。それを聞いたサークルか部活の先輩が、目上の権利を横暴に使い乱入。

何とも大人気おとなげない奴らだ。


「女子3人もー、後から参加する先輩たちとは面識がなくて怖いんだってさー」

「しかし、いまさら断るのも体面が悪いようだ」

「そこで、我ら経験豊富な才女たちに同伴してほしいという依頼がきたのでそうろう!!」


「確かに、恐ろしく頼りがいがある完璧な人選だ」


 光の三女たちの慧眼けいがんには感服するしかない。こいつ等なら、スピリタスカプセルを飲み物にコッソリ入れられたところで少し酔っぱらう程度で済む。いや、例え睡眠薬を混入されたとしても、その恐ろしく優秀な肝機能によって解毒してしまうかもしれない。


「あと、陣内君に許可を取って来るように言われたね」

「は? なんで俺の許可が必要なんだ……?」


 俺の許可など必要ないだろう。彼女らが、人を酔い潰す事を楽しみとする酒飲みモンスターズであろうが合コンに行く権利は皆平等にある。


「なんかー、陣内は私たちの誰かと付き合ってると思われてるみたいなー?」


 なん……だと……?


「『ありがたいですけど、彼氏さんの許可は取ってくださいね』っとの事であるな」

「それは何とも、まぁ……」


 俺は何となく恥ずかしくなり言葉を濁した。


 こいつ等と付き合うなんてありえない……! なんてことは言わない。さすがに、艶麗えんれいで物言う花である彼女たちに失礼だ。ラフレシアでさえ、匂いさえ嗅がなければ大輪を開いた花である事に違いない。


「一応、合コン場所は言っておこう。駅前の『ふかざけ』だ」

「あぁ、はいはい。あの全国チェーン店ね」


 全国にどこにでもある名の知れた居酒屋だ。駅前でアクセスもいいため、悪くないチョイスと言える。品ぞろえはあまり期待できないかもしれないが。


 ……そうなると、俺が暇だな。バイトは今日はお休みだ。


「しかし、彼女らは純真でいい子達だな。わざわざ彼氏の許可取ってください、なんて」


 俺が断れば、彼女らは大切な盾を一枚失う事になったはずだ。それでも義理を優先している様は好感が持てる。世の中、男女の仲になりさえしなければ合コンに行く事をよしとする女子もいるというのに。


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(((実は、全員が陣内と爛れた関係だと思われてた事は言わないでおこう……)))


 闇の三女は余計な事は言わないで煙草を吸うのであった。


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 そんな事があり数時間後。


 


 合コン開始の30分前から、見つかりにくいようにお座敷の隅で一人で飲んでいる。別に彼女らを心配しての行動ではない。


 (こんな楽しそうなイベント、見逃せないよな……!)


 深く帽子を被り、マスクと眼鏡で変装する気合の入れよう。


あいつらが合コンでどんな茶番劇を繰り広げるか興味があった。真面目に合コンを企画した男子3人には悪いが、今回の合コンは思い描いた甘酸っぱい物には決してならないだろう。


 まぁ、俺以外の異性と飲んでいる彼女らの姿が多少気になりはしている。普段、俺の家で飲んでいる時は酔っぱらって熱くなると、すぐに薄着になったりするのが彼女らだ。


 酒と煙草が入ったので安心だが、他の男子もそうとは限らない。一応、何かあった時のために待機しておこうという気持ちも1割程度はあったりする。


 そんな事を考えていると、彼ら彼女らは現れた。店員によって、俺の席から右斜め前の机へと案内される。


 運がいい、この距離なら会話も聞こえそうだ。


 光と闇の女性陣はみんな過度な化粧や装飾品を付けてはいない。しかし、ただの居酒屋には十分に洒落て見える。場にふさわしい装いというのを理解しているように見えた。


 たいして男性陣は中々の気合の入れよう。ガチガチに整髪料で整えた髪、こじゃれた服装、ピアスやネックレスと言った装飾品。似合っていないとは言わないが、男女間の熱量の違いが如実に理解できる。


 その中でも、緑髪、金髪、赤髪、と言った、まるでをしたトリオは嫌でも目立って見えた。


(恐らくあれが後から参加した3回生達か)


 学年は違うが俺と年齢は同じことになるはずだ。面構えを見ると中々悪くない。

むしろ、整った顔立ちをしている。イケメンという領域に片足踏み込んでいるだろう。品性を感じられない髪色が足を引っ張っているだけだ。


 1年男子トリオは少し垢が抜けきっておらず、年相応といった感じだ。

俺個人としてはこちらの方が応援したくなる。アンダードッグ効果が働いているせいかもしれないが。


 俺が戦力差の分析を行っていると、信号トリオの赤担当が口を開いた。


「いやー、今日は急に参加してごめんね?」


 続いて、緑。


「こいつがどうしても参加したいっていうからさー」


 話を振られた黄色。


「ちょ、やめろって~~~!」


 大袈裟なリアクションで内輪のノリを前面に押し出す彼ら三人であった。


 何とも、うすら寒い会話だ。彼らはこの合コンに参加したくてたまらなかっただろうに。光の三女と1年男子達は苦笑いを浮かべながら、会話を合わせている。


 闇の女子たちは、さっそくメニュー表を熟読しているようでまるで聞いていない。流石だ……


 そこに目ざとく気付いた、金髪男子が彼女らに声をかける。


「おっ! 早速、お酒頼んじゃおうか~。あ、未成年はノンアルかソフトドリンクね」


 黄色は意外にも未成年飲酒を予め牽制した。どうやら彼らにも最低限の常識は存在したようだった。正直、その発言だけで俺の好感度は結構上がった。


 黄色信号に1ポイントだ。


 人に点数を付けるなどあまり褒められた行為ではないが、今日の俺は観戦者。

外から心の中で格差をつけるぐらい許してもらおう。


 黄色信号男が店員さんを遠隔のボタンで呼ぶ。先に未成年たちが各々好きな飲料を決め、次に成人たちが注文を始めた。


「俺たち三人は初めはビールでいいよな?」

「ああ」

「いいぜ。……そっちの女子たちは?」


 息の合った三人。普段からは仲がいいのだろう。メニューも見ずに注文を決める。

今思ったが、先ほどの未成年飲酒を咎める発言は、彼らが酒飲みモンスターズに狙いを定めているためかもしれない。


 あの発言によって、アルコール組とノンアル組で別れることができる。もしかして、初めから男子間でそういった取り決めをしていたのかもしれないな。事実、安瀬たちの向かいには信号トリオが陣取り、1年たちもお互いに未成年どうし体面に座っている。


 いい作戦だ。これで、合コンを企画した男子3人も不満はないだろう。しかも、年の差を感じさせない事は潤滑な会話を成立させるために必要なものだ。単純に、彼女らの容姿のほうがタイプだったのかもしれないが。


 まぁ、彼らは後悔する事になるだろう。を選んでしまったことに。


「「「黒霧島を三つ。ロックで」」」

「「「…………!?」」」


 はい、-10ポイント。

 芋焼酎の三連打。チョイスも度数も可愛げなどあった物ではない。

同じくビールか軽めのサワーを予想していた信号トリオは固まってしまっている。

別に女子は可愛いお酒を飲むべきとは思っていないが、初っ端から度数が高すぎる。


 黒霧島とは有名な芋焼酎だ。度数は25%。とても最初の一杯に頼む度数ではない。

おまけに芋焼酎は馴れない者に取っては匂いがキツイ。

偏見で言うならオッサンの飲み物だ。俺はもちろん大好きだが。


「へ、へー……」

「す、ずいぶん渋いのを頼むんだねー?」


「……? 別に普通ではないですか?」


 何とか言葉を絞り出した、赤と緑。

それに対して、さも当然と言った答えを返す安瀬。

普段の変な口調ではない、外行き用の口調で話す安瀬は新鮮だな……


「ア、アハハハー、君ら、結構お酒強かったりする?」


 黄色が一瞬凍り付いた空気を誤魔化すように、会話を回そうとする。


「普通だよねー?」

「下戸ではないと思うけど」


 そう言うと彼女たちは、ポケットから煙草と火種を取り出す。

淀みのない動作で三者三様に火をつけ始めた。

慣れきった手つきだ。芸術点を付けたくなる。

猫屋など大鷲がシンボルのいかついジッポの扱いが、堂に入り過ぎていてカッコいい。


「「「すぅーーー……、ふぅー…………」」」


「「「……………………」」」


 これは文句なしで-100ポイントだ! 思わず心の中でガッツポーズをとってしまった。


 周りに断りもなしの喫煙行為。喫煙席だが、何とも粗雑で男らしすぎる。

信号トリオどころか、男たちは彼女らの女子らしくない振る舞いにドン引きしている。


 隣に座る、光の三女たちはのようで動揺はしていなかった。

なるほど、女性陣もこのような席順になることは想像できていたようだ。

こちらにとっても願ったり叶ったり。安瀬たちがいつも通りの振る舞いをしているだけで、無敵の盾となっている。


 今日は来てよかった。開始早々このありさまだ。面白すぎる。

これはこの先も期待できるぞ……!!


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 彼ら全員のお酒や料理が席に届けられ、乾杯の音頭を取って合コンはスタートした。


 ノンアル組は彼らだけで会話を回しており、決してアルコール組には話を振らないようにしている。その雰囲気を感じ取ってか、信号トリオもそっちの会話に交じろうとはしない。


 ただ、会話がないわけではない。酒飲みモンスターズも会話がない飲み会などはつまらないだろう。自己紹介やお互いの大学生活の事を話しあっている。

良い感じだ。普通の飲み会に見える。


 そんな時に安瀬が疑問を投げかけた。


「私は合コンは初めてなのですが、どういった話題が好まれるのでしょうか?」


 お前は誰だと言いたくなるような口調で安瀬が男性陣に質問する。

テンションも口調も違和感がありすぎる。


「私も初めてー」

「僕もだね」


 相槌を打つ猫屋と西代。それを聞いた信号達の目に強い光が灯る。彼女らが合コン初心者という事に食いついたのだろう。男という物は女性をリードする事に喜びを感じてしまう悲しい生き物だ。俺にだってそういう気持ちはある。


「おお、そうなんだ! みんな綺麗だから意外だわー!」

「いや、俺達も馴れているわけではないけどねー」

「ド定番だけど、趣味の話とかするね!」


 場に少し合コンのような雰囲気ができた。お互いの趣味などは確かに話題を広げることに適している。そいつの人柄もよく分かり、好意を持つ要因になる。


「趣味かー」

「僕たちの趣味……」


 猫屋と西代が少し考え込むような様子を見せた。

彼女らの答えを待たずに、先に男性陣が答える。


「俺はサッカーかな! こう見えても高校の頃はFWフォワードでバリバリの部活男子だったんだぜ」

「俺はギターかな。フェスとかにもよく行く」

「俺はドライブだな。よく他県までカフェとか巡りに行くな」


 ここは男子たちのアピールタイム。運動、音楽、行動手段。女子が食いつきそうな趣味を挙げて場を盛り上げつつ、自分の評価を上げるチャンスだ。


 まぁ彼らの話題は女子に限ったことではない。俺でもその話題を振られれば、どれかで話すことはできる。コミュニケーション能力は高いようだ。


 彼らに+5点。


「お酒ですね」

「煙草かなー」

「パチンコだね」


「「「……………………」」」


 -1000ポイント。


 あれほど盛り上がりそうな話題を振られ、返す刀で三大劣悪趣味を臆面なくあげるとは。

俺は机に突っ伏して、必死に笑いを抑えた。いかん、酷すぎて笑える……!


「お、お酒は何が好きなんだ?」


 赤髪の彼はめげじと、質問する。この中で話しやすいお酒を選ぶのは賢い選択に思えた。


「そうですね、GETジェット 27とか好みです」

「あー、あれ甘くて美味しいよねー!」

「僕は最近、アブサントにはまっているよ」


「え、じぇ、……アブ……?」


 彼女らが答えた酒はそこそこマイナーな洋酒である。彼らの知識には入っていなかったようだ。

アブサントなど度数の高い薬草系リキュールだ。20歳そこそこの女子が知っている方がおかしい。


「ちょ、ちょっと俺たちトイレに行ってくるよ」


 おっと、男性陣は堪らずトイレで作戦タイムのようだ。

……そういうのは個人的に女子がやるものだと思っていた。


「いってらっしゃーい」

「僕たちは勝手に飲んでるから、気にせずごゆっくり」


 酒飲みモンスターズは特に気にしていないようだ。

席を立つ彼らが気になったので、俺はトイレについていった。


************************************************************


「なんなんだ、彼女たちは……!!」

「初めて見るぞ、あんなの!!」


 トイレの個室にこもると、早速彼らの嘆きの声が聞こえてきた。

あの程度で少し言いすぎな気がするが、感受性は人それぞれだ。

糞を踏ん張るふりをして、このまま彼らの話に耳を傾けよう。


「くそ、あいつらの合コンに参加して年下を喰ってやろうとしてたのに……」

「顔につられて、標的を変えたのが失敗だったな」

「素直に18歳の方を狙えばよかった……!」


 彼らはまるで下卑た下心がそのまま擬人化してしまったようだった。

成人の場合、未成年との性行為は犯罪になるのだが。

20歳男子で性欲旺盛な事は分かるが、同じ男子としてちょっとは慎みを持ってほしいと思う。呆れながら聞き耳を続けていると……


「でも彼女ら、正直レベル高いよな……」


 欲望にまみれた賞賛の一言が聞こえてきた。


「あぁ、そうだな。敬語を使ってる子は口調が清楚で胸も大きいし」

「他二人も身体つきがいいぜ。黒髪の子は背も顔も小さくて滅茶苦茶可愛い」

「俺は金髪の子だわ。細身で思わず抱きしめたくなる」


 俺達4人組とは別方向な下品。そんな会話をする彼ら。

外見だけでの品評会だ。最低ではある。

見た目が素晴らしいという事だけ同感しておこう。


 ……最近は中身も少しは悪くないと思う。


「よし、狙いも定まって元気が戻ってきたな」

「そうだな、煙草臭くてもあの上玉を逃すわけはない」

「お酒が好きとか言ってたし、何とか酔わせて家まで連れ込もうぜ」


 そう言って、信号トリオはトイレから出ていった。

果たしてその程度の作戦で、魔性で魔物な彼女たちをベットまで誘い込めるだろうか。


 俺は彼らに遅れないようにトイレの個室から出た。


************************************************************


 描写するまでもない、確定した結末とはこの事だろう。

テーブルに突っ伏して、その赤、黄、緑の頭髪を見せつける男三人。

卓上には2合徳利が都会のビルのように乱立していた。

6人合計で30合は飲んでいるだろう。


「ふむ、どうやら彼らはのようじゃな。申し訳ない事をしたの」


 口調を戻した安瀬が、無様に潰れた彼らを見下す。信号機たちの名誉の為に言っておくが決して彼らは下戸などではない。普通だ。むしろ飲める方であっただろう。


「そうだねー。……あー、安酒ばっかり飲んだせいか、少し気分悪いかもー」

「分かるよ。帰って口直しに一杯やりたいね」


 あれだけ山ほど飲んだ酒に文句を付けながら、さらに酒を所望する蟒蛇うわばみたち。彼女らのような蛇女じゃじょを見かければ、八岐大蛇やまたのおろちを倒したスサノオでさえ裸足で逃げ出すだろう。


「飽きちゃったしー、そろそろ帰ろうかー」

「当初の目的は十分果たせたようだしね」

「賛成である」


 西代の言う目的とは1年女子の盾である事だろう。

確かに、悪い三色狼たちは清酒の激流に飲まれて、酔いの滝つぼに水没した。

『ふかざけ』という店内にぴったりなオブジェクトになっている。


「じゃあごめんー、私達先に帰るねー! あ、お会計はそこで潰れてる信号頭に払わせといてー」


 なんという傍若無人な振る舞い。酒の席で先に潰れた者は、酒飲みモンスターズにとって人ではないようだ。俺も気を付けよう。


「「「はい。どうも、ありがとうございました……!!」」」


 光の方の女性陣から感謝の言葉がかけられる。彼女らの熱い視線はもはや同じ学年に所属する生徒を見る目ではない。"姉御あねご"とか徳の高い人を見る尊敬の眼差しだ。


 それを受けて猫屋たちは、ビシッとサムズアップで答える。そうして格好よく居酒屋から去って行った。


 人を酒で潰しただけで、まるで仕事人のような姿で退場する。

それを見て。俺は一人で爆笑するのだった。


************************************************************


 彼女達が店から出てしばらくした後、俺はコッソリと店内から出ようとした。

その時、予想外の人物に声を掛けられる。


「陣内よ」

「うぉ……!?」


 俺を呼んだのは安瀬だった。俺は思わずびっくりして、声を荒げた。

気づかれていないと思っていたが、潜伏はばれていたようだ。


「びっくりした……なんだ、気づいてたのかよ」

「ふふふ、当然であろう。机に置いてあったアークロイヤルですぐわかったでござる」


 あ、そういう事か。彼女たちにバレない様に酒と煙草は控えていたが、まさか机に置いたパッケージで感づかれるとは。アークロイヤル・スイートの箱は特徴的なオレンジ色をしているため、目につきやすい。


 俺は変装のため被っていた帽子とマスク、眼鏡をはずして安瀬に向きなおる。


「さすがに鋭いな。まいったよ……他の二人は?」


 猫屋と西代の姿が見当たらなかった。店前で別れたのだろうか?


「他二人はお主の事に気づいていないようであったな。『陣内の家に朝帰りしてヤキモキさせてやろう』などと二人で画策しておったわい。我は帰りたいと言って別れたがの」

「阿呆か、誰がそんなこと思うか……」


 視力の良い西代なら気づいていてもおかしく無かったが、バレたのは運がよく安瀬だけらしい。


「で、なぜわざわざ変装までして店内にいたんじゃ?」

「あぁ、お前たちの合コン姿を見て、面白可笑しく酒でも飲もうと思ってな」


 俺はスラスラと用意されたように発言した。よく笑ったため、これは事実。


「フ、フフフ……」


 安瀬は突然クツクツと笑いだす。彼女は馬鹿にされたはずだが何が面白いのだろう。箸が転んでもおかしい年頃は過ぎているはずだ。

アルコールが脳細胞を侵食しているのだろうか……?


「まだ半年程度の付き合いではあるが、それぐらいは分かるでありんす」

「あん?」


 どこかで聞いたようなセリフを口にする彼女。


「涼しい顔をして我らを送りだしたものの、家で一人で飲んでいたら、今日来る男たちは粗暴者であるかもしれないと思い至り、合コンで我らが危ない目にあわないか心配になって、でも心配しているのがバレたら恥ずかしい、だから変装までして見つからないようにしてついて来た、であろう?」


「なっっ……!?」


 いつか彼女に言ったような口ぶりで、安瀬は俺に詰め寄ってきた。


「お、お、お前な、いつぞやの意趣返しのつもりか……?」

「いやいや、内気な殿方の気持ちを代弁しただけでござる」


 安瀬はいたずらを成功させた子供の様に、無邪気に笑う。

俺の頬が恥辱で赤くなるのが分かる。

安瀬ごときに本心を見透かされるとは何とも恥ずかしい。


「さて、他の二人にこの事をバラされたくないなら、一杯付き合ってもらおう」


 安瀬はそう言って、俺の家の方角へ歩き出した。


「お、おい……」


 いつも彼女は強引だが、こういったスキンシップを取るタイプではない。

どうしたのであろうか。


「拒否権はないぞ? ……今日は、少々不快な視線を浴びて気分が悪い」


 安瀬は抑揚のない声で自身の内情を吐露する。俺は先ほどまでの合コンを思い出す。そう言えば、男の一人が彼女の胸元をガッツリと見ていた。


「我を慕う可愛らしい婦女達を庇うためとはいえ、随分と気分を害した。酒も料理もどれもいまいちであったしのぅ……」


 相変わらず、変な言い回しをする奴だ。だが確かに、普段から彼女が口にしている酒とはつり合いは全く取れていなかっただろう。料理も揚げ物が中心で温かみの欠ける食事であった。


「……今は陣内の作った夜食と美味い酒を飲みたい気分じゃ」

「………………」


 俺を頼っているとも思える発言。意外過ぎるその言葉に俺は思わず息を止めた。

そんな俺の様子が気になったのか安瀬が振り返った。


「返事が……聞こえんでありんすが……?」


 彼女の顔は他の感情を出さないように、わざと怒っているように見える。

しかし、口調からどこかねているみたいな感情を隠しきれていない。


 俺は彼女の期待に答えた。


「そういう事ならお任せを、だな……。何が食べたい?」


 安瀬は花が綻ぶように、ぱっと笑った。


「貝の出汁が出たつまみがいいである! 酒はウイスキーじゃな!!」

「はいはい……ウイスキーは他の二人に黙って、良い物を開けるか」

「おぉ名案じゃな! クフフっ、陣内、お主も悪よのう……!!」


 それを聞いて、俺も同じように笑う。


「いえいえ、お代官様ほどでは」


************************************************************


 俺たちは家に帰って、二人だけでグラスを傾けた。

くだらない会話で酒とつまみを楽しむ、ゆっくりとした大人の時間。

友の気分が優れないなら酒と一緒に笑い飛ばしてやろう。

いつも俺の笑い袋を世話している彼女の助けになればこれ幸いだ。

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