第60話 借金完済!

「はい。マッチョンお姉さん。残りの借金、金貨四百枚を持ってきたよー!」


 ここは憩いの宿マッチョン。

 宿の外で掃除をしていたマッチョンお姉さんに声をかけ、金銀ミスリルを売り払い手に入れた金貨八百枚の内、四百枚を袋に入れて手渡すと、マッチョンお姉さんが唖然とした表情を浮かべ出迎えてくれた。


「お、お帰り坊や……それで、いま、金貨四百枚がどうとか聞こえた気がするんだけど……」


 マッチョンお姉さんは手のひらに置かれた金貨四百枚入りの袋を見てひたすらに唖然とした表情を浮かべている。

 もしかしたら、こんなに早く借金を完済することができるなんて思っていなかったのかもしれない。


「はい。冒険者ギルドで仕事をこなし、借金完済に足るお金を稼いできました!」


 元気よくそう言うと、マッチョンお姉さん顔が引き攣った表情に変わる。


「い、一体、なにをやったらこんな早く借金を完済することができるんだい? ま、まさか、犯罪に手を……」

「いやだなぁ、そんなことしませんよー」


 心外である。

 幼気な少年であるボクにそんなことを言われるとは思いもしなかった。


「そ、そうだね。坊やがそんなことをするはずないか。それじゃあ、借金完済ということで、折角だからお祝いでもしようかね?」

「えっ! いいんですか!?」

「ああ、もちろんさ。これだけお金があれば壊れた部屋もすぐに元に戻せるしね。そうだ。この金貨一枚で好きなだけパンを買っておいで」


 マッチョンお姉さんから金貨一枚を受け取ると、ポメちゃんとハナちゃんが喜びの舞を踊る。

 流石は憩いの宿のオーナー、マッチョンお姉さんだ。

 ポメちゃんもハナちゃんも大喜びである。


「あれ? そういえば、バトちゃんはどうしたんですか?」


 マッチョンお姉さんに引き取ってもらったバトルホースのバトちゃん。

 元気にしているだろうか。


「ああ、もちろん元気にしているさ。もうすぐ来ると思うんだけどねぇ?」


 マッチョンお姉さんが道路に視線を向けると、荷台を引くバトちゃんの姿が目に映る。


「ブルッブルッ……(働きたくない。もう働きたくない……)」

「バ、バトちゃん……」


 久しぶりに見るバトちゃんの姿。

 背中に哀愁を漂わせながら荷台を引いている。


 バトちゃんは荷台を店の前につけると、地面に置かれた乾草を食みだした。


「ブルッブルッ(馬のご飯は味気ない乾草……馬のご飯は味気ない乾草……)」


 ボクと一緒にいた時には見せたことがない表情。

 このままでは、あまりにバトちゃんが可哀想だ。


「えっと、バトちゃんにもパンを上げたいと思うんですけど……」


 そう提案をすると、マッチョンお姉さんからやんわり拒絶される。


「ああ、そういうのは止めておくれ。贅沢させ過ぎると、エサも食べなくなっちまうからね」


 乾草が餌か……。

 確かに、馬に人の食べるパンを食べさせるのは寿命を押し下げる可能性があるのかもしれないけど、あまりに可哀相過ぎる。


「そ、それじゃあ、バトちゃんを引き取らせて頂けませんか?」

「いや、残念ながら無理だね。それにこのバトルホースの調教はまだ終わってない。どこかの誰かがバトルホースにもの凄く美味しい物を与えていたみたいで、ここまで調教するのにかなり苦労しているんだ」

「えっと……」


 その視線。多分、ボクのことを見てますよね?


「バトルホースが長く生きるためにも、ちゃんと体のことを考えて、餌を与えないと……。あんたも気を付けなさいよ? 白い悪魔ドイチェスピッツの子供といえど、食事管理をしっかりしないと早死にするからね」

「わ、わかりました……」


 確かに、マッチョンお姉さんの言う通りだ。

 これまで、ポメちゃんが求めるままに人と同じご飯を与えていたが、控えた方がいいのかも知れない。


「キャンキャン!(ちょっと待って、惑わされないで!)」


 そういえば、生前、日本にいた頃聞いたことがある。

 ワンちゃんは一日何食が最適なのか……。

 確か、消化器系が健康な成犬の場合、一日分のご飯を二回に渡り与えることが推奨されていたはず。


「キャンキャン!?(ねえねえ、ボクの話聞いてるっ!?)」


 ポメちゃんがキャンキャン鳴いている。

 きっと、マッチョンお姉さんの言うことに同調しているのだろう。

 耳をすませば、ポメちゃんの声が『そうだ! そうだ!』と言っているように聞こえてきた。


「……ポメちゃんに与える食事を考え直します」


 そう言うと、ポメちゃんが口を開き唖然とした表情を浮かべる。


「そうかい、そうかい。わかってくれればそれでいいんだよ。それじゃあ、この金貨で好きなパンを買っておいで、私も今日から食事制限しろなんて言わないさ。今日一日はポメちゃんに好きなだけパンを買い与えて上げな」

「キャーン!(そ、そんなぁー!)」


 そうポメちゃんが鳴き声を上げると、そのまま地に伏してしまう。

 なんだかよくはわからないけど、悲しそうな表情を浮かべている。

 もしかしたら、明日以降もパンを食べることを楽しみにしていたのかも知れない。


「そっか……」


 パン、美味しいもんね?

 急な食事制限を課すのは、流石に可哀相だ。

 ボクはポメちゃんの頭を撫でると、できるだけ笑顔で呟く。


「……それじゃあ、今日はポメちゃんの好きなパンを買って上げる。だから一緒にパンを買いに行こう?」


 そう言うと、ポメちゃんは力なく頷いた。

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