第59話 その頃のアクバ帝国②

「も、もう一度言ってくれないか……?」

「は、はい。宰相閣下が探されている子供についてですが、懇意にしている奴隷商人に売り渡しました。宰相閣下から連絡を頂いてから、かの奴隷商人と再度連絡を取ろうとしましたが、その後の消息が掴めず……申し訳ございません」


兵士長であるアンハサウェイの言葉に宰相であるこの私、ビービードゥンは頭を抱えた。


「き、貴様はなんということをしてくれたのだ……」


そもそも、なんで金貨十枚などという馬鹿な値段で、かの一族最後の生き残りを奴隷商人に売り渡したっ!

普通に考えて売ったらダメだろ。確かに土地の接収を命じたが、そこに住むものを奴隷商人に売り払えなんて命令してはいない。

しかも売り払ったお金を自分のポケットに収めるとは……。

陛下にはああ言ったが、ビービードゥンはアンハサウェイの思考が読めずにいた。


「し、しかし、土地を接収したからには……」

「私がいつそんなことを口にしたっ! 私が接収した土地にいる者を奴隷商人に売りよう命令したか? そのお金を懐に入れていいと命じたか?」

「い、いえ……」


兵士長であるアンハサウェイの報告を聞き、アクバ帝国宰相ビービードゥンは頭を抱えることしかできなかった。


「それで、その奴隷商人はどこに行ったというのだっ!」


アンハサウェイ、お前がどこぞの馬の骨とも知れない奴隷商人に売り渡した子供は、我が国の命運を握っているかも知れないのだぞっ!?

いや、冗談ではなく、本気でっ!

それなのに我が国の命運を巡る子供を売った?

金貨十枚で? ふざけるんじゃないっ!


脳内で憤りを覚えていると、アンハサウェイが恐る恐る呟く。


「え、ええとっ、その奴隷商人はエイシャの町を拠点としているようでして、そこに行けば、なにか手掛かりがつかめるのではないかと……」

「ふ、ふざけるなぁぁぁぁ! 他国ではないかそこはっ! そんな所に、子供一人を探しに来たとなればアクバ帝国の沽券にかかわるわっ!」


なんで他国の奴隷商人に売り渡したっ!

せめて、国内の奴隷商人に売れよ!


「し、しかし、今はそんなことを言っている場合ではないのでは……」


それを聞いたビービードゥンは顔を真っ赤に染めて憤慨する。


「お前がそれを言うんじゃなーいっ!」


それもこれも全部お前のせいだろうが!

いい加減にしろっ!


ビービードゥンが怒声を上げると、アンハサウェイは「ひぃ!」と悲鳴を漏らす。

慌てて土下座をすると、アンハサウェイは頭を床に付けて謝罪した。


「も、申し訳ございませんでした!」

「もうよい! アンハサウェイ。お前は降格だ! あの子供を陛下の下に連れ帰るまで城に戻って来るな! 一時間だけ時間をくれてやる今すぐ身支度を整え、捜索へ向かえ!」

「ええっ!?」


アンハサウェイは顔をガバリと上げると、ビービードゥンの足に縋りつき懇願する。


「そ、それだけは……それだけはご勘弁頂けないでしょうか!? 私は人探しの訓練を受けたことが、それに私には妻と子がぁぁぁぁ!」

「そんなことは知ったことかぁぁぁぁ!」


つーか、お前に妻も子もいないだろうがっ!

助かりたいあまりに適当なことを言うんじゃない!


ビービードゥンはこの国の宰相だ。その位のこと調べはついている。


「あ、あうっ!?」


ビービードゥンが思い切り足を振り上げると、アンハサウェイは体勢を崩し倒れ込む。ビービードゥンはそんなアンハサウェイに怒気を孕んだ視線を向けると、兵士に向かって思い切り恫喝した。


「よいな。一時間だ。一時間経ったらこの愚か者を城から……いや、この国から追い出し、放逐しろ!」

「そ、そんな……。待ってください……! 宰相閣下? 閣下ぁぁぁぁ!」


兵士に引き摺られていくアンハサウェイにバタンと音を立てて閉じる扉。

ビービードゥンはアンハサウェイを強制退室させると深く息を吐く。


「宰相閣下、いかが致しますか?」

「そんなことは決まっている。探せ……その少年をなんとしても探し出すのだ!」

「し、しかし……」

「しかしもクソもないっ! 非常時だ。この城にいる兵士の半数を引き連れ秘密裏に少年の捜索を行え! 見つけ次第、丁重に城へとお招きしろっ!」

「で、では、奴隷として売られてしまっていた場合は……」


そんなことも考え付かないのか……。


「言い値で購入しろ! すべての責任はこの私が持つ。すぐに準備を整え探しに行けぇぇぇぇ!」

「は、はい! そ、その様に致します!」


部下が部屋から出て行くのを見届けると、ビービードゥンは深いため息を吐く。


「呪力発電所が停まってしまっては……この国は一体、どうなってしまうのだ……」


だから反対だったのだ。


『呪力発電所を建てた一族に栄誉を与える』という謎の理由で、彼等一族を前皇帝の墓に人身御供として埋葬するように提案したのは、占術士であるニセーメイである。


呪力発電所を建てた一族に栄誉を与えるというのは賛成だが、人身御供として埋葬するなんて何を考えていると、ビービードゥンは反対した。

しかし、ニセーメイの考えに傾倒している前皇帝にはそんな普通の考えすら通じなかった。


「お願いだから早い所、見つかってくれぇぇぇぇ!」


ニセーメイの魔の手から逃れたかの一族の生き残り。

アクバ帝国の宰相であるビービードゥンは窓から見えるお月様に懇願した。


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 2022年8月22日PM15時の更新となります。

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