第42話 バトちゃんとのお別れ(強制)

「ええっ! なんでっ!?」


 い、一体、なにが不満だと言うのだろうか。

 急にバトちゃんが、マッチョンお姉さんに飼われたいと言い出した。


「なんで……なんでそんな、悲しいことを言うのっ……?」


 もしかして、貧相なボクの筋肉より、マッチョンお姉さんの強靭な……それこそ、性別の区別もつかないほど、マッチョンな筋肉に魅かれたの?

 それとも、別の要因が?


 そうバトちゃんに問いかけると、バトちゃんは冷静に『ブルッ』と鳴いた。


「ブルッブルッ(だって、お前、俺を一番に考えてくれないし)」

「ええっー!?」


 お、俺を一番にって、そんなことを言われても……。


 あれ、バトちゃんって馬だったよね?

 バトルホースだよね?

 バトルホースって社会性の強いモンスターじゃなかったっけ?

 ボクはボクなりに、オンリーワンに優しく扱ってきたつもりだったんだけど、ナンバーワンじゃなきゃダメだったってこと?


『なんでナンバーワンにしてくれないんでしょうか? オンリーワンに意味があるんでしょうか?』て、そういうことっ!?


 バトちゃんの鳴き声にボクは茫然とした表情を浮かべる。


「ブルッブルッ(それにお前の料理は不味い。俺向けじゃない。だからマッチョンババアに引き取ってほしい)」


 そう声を上げると、何故かマッチョンお姉さんが眉間に皺を寄せた。

 一瞬、『ババア』とか聞こえた気がするけど、きっと気のせいだろうと思う。

 とはいえ、バトちゃんの気持ちは本物だ。

 本気でボクから離れたいと思っている様である。


 そうなら仕方がない。

 悲しいけど、バトちゃんとはここでお別れしよう。


「……わかった。悲しいけど、バトちゃんの気持ちはよくわかったよ」


 マッチョンお姉さんに顔を向けると、ボクは涙を拭いながら呟く。


「マッチョンおば……お姉さん」

「あんた、いま、マッチョンおばさんって言おうとしていなかったかい?」


 ものすごい洞察力だ。

 マッチョンお姉さんの視線が痛い。

 ちょっと、言い間違えただけで、こんな感じである。


「うんうん。そんなことないよ。マッチョンお姉さん……バトちゃんのことをお願いできるかな?」

「ああ、問題ないよ。丁度、私の飼っていたバトルホースが逃げ出したばかりだったからね。ちょっと荷物を運ばせ過ぎたかねぇ? まあでも安心しな、長年の経験からバトルホース好みのエサがどんなもんか理解しているつもりだからね」


 どうやらマッチョンお姉さん。バトちゃんのことを労働力として見なしているようだ。

 それを聞いたバトちゃんが『えっ?』といった表情を浮かべている。


「ブルッブルッ(やっぱりマッチョンババアに引き取ってもらうのは止め……)」

「それじゃあ、早速、働いてもらうよ。ほらあんた、こっちにおいで! ああ、忘れてた。これがあんたの新しい部屋の鍵だよ。受け取りな!」

「あ、ありがとうございます」


 新しい部屋の鍵を受け取ると、マッチョンお姉さんがバトちゃんの首に首輪を付けて引いていく。


「ほら、あんたはこっちだよ! 丁度、運んでもらいたい物があったんだ」

「ブルッブルッ!(た、助けてー! 俺は働きたくなんて……いやぁぁぁぁ!)」


 そう言い残すと、マッチョンお姉さんはバトちゃんを連れて外に出て行ってしまった。

 マッチョンお姉さんの言いようから察するに、これから馬車馬のように働かされることになるのだろう。

 まあ、元々、馬車馬だったけど……。


 マッチョンお姉さんに続いて外に出ると、ボクはバトちゃんに手を振り声をかける。


「バトちゃん。元気でねー!」


 その手の振りようは、まさにダイナミック窓拭きと言っても過言ではない振り方。

 言葉と動作でバトちゃんにお別れの言葉を告げる。


「ブルッブルッ!(た、助けてー!)」


 バトちゃんが、助けを求め、なんか鳴いている気がしないでもないけど、多分、気のせいだろう。


「マッチョンお姉さんもバトちゃんのことよろしくねー!」

「ああ、わかってるよー!」

「ブルッブルッ!(こ、こいつ等、全然、俺の話、聞かねー! 誰か助けてー! 馬車馬のように働かされるー!)」


 バトちゃんが『ブルブル』鳴きながら曲がり角を曲がっていく。


「元気でね。バトちゃん……」


 そう呟きながら手を下ろすと、ボクはポメちゃんの頭に手を添えた。


「キャン、キャン(こ、こわっ……不用意な一言で馬車馬に……)」

「うん。ポメちゃんも寂しいよね……」


 これまで一緒に過ごしてきた仲間がいなくなるのは寂しいものだ。

 でも、バトちゃんがここに残りたいというのであれば、それも仕方のないこと。

 それに『憩いの宿マッチョン』に来れば、いつでもまた会える。


 なんなら、いま、泊っている最中だしね。


「それじゃあ、ポメちゃん。新しい部屋に行こうか」

「クーンクーン」


 そう呟くと、ボクはポメちゃんと共に新しくあてがわれた部屋へ向かった。


「うわぁ~! これはすごいねー!」

「キャンキャン!(ほんとだねー!)」


 ボク等に新しくあてがわれた部屋。

 そこはマッチョンお姉さんの『今度は絶対に壊させない』といった意思を感じる位、簡素な作りの部屋だった。


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