第3話 最凶の荒魂、アラミーちゃん襲来!

 ポメちゃんの首に抱擁すること、数分。

 突然、ポメちゃんがパタリと横に倒れた。


「えっ? ポメちゃん! ポメちゃん! どうしたのっ!?」


 ポメラニアンのポメちゃんが青ざめた表情を浮かべながら過呼吸を繰り返している。

 一体、なにがあったというのだろうか。


 急いで亜空間から『回復』の呪符を取り出すと、ポメちゃんに貼り付ける。

 そして『回復』の呪符が燃え尽きると共にポメちゃんが目を覚ました。


「どうしたのポメちゃん。大丈夫?」

「クーンクーン(き、急に首を絞められて死ぬかと思った……)」


 なんだかよくわからないけど、ポメちゃんがボクを見て怯えている。


 ……いや、違うな。これはきっと過労だ。

 ポメちゃんのことを強化し、酷使し過ぎたため、パタリと倒れてしまったのだろう。飼主として反省しなければ……。


「ごめんね。ポメちゃん。ボク、ポメちゃんのことを使い潰す気なんてこれっぽっちもなかったんだ……」


 近くに落ちていた小さな石を指で摘まむと、言い終わった瞬間、石が割れた。『身体強化』の呪符がまだまだ効いていたらしい。


「キャンキャン!(も、もう止めてー!)」


 なんだか余計怯えさせてしまったみたい。

 少し反省。

 改めて、ポメちゃんの頭を軽く撫でると、亜空間から呪符を取り出し周囲に浮かせる。


「キ、キャンキャン!?(なにをする気ー!?)」

「安心して休んでいていいよ。ポメちゃんのことはボクがちゃんと町まで連れて行ってあげるからさ」


 なんだか本末転倒のような気がしないでもないけど、こうなっては仕方がない。

 少しの間、ポメちゃんのことを休ませてあげよう。

 ペットの体調管理は、飼い主(仮)の責任だからね。


 ポメちゃんに『睡眠』の呪符を貼り付け強制的に眠らせると、『防御』の呪符で強化し『浮遊』の呪符で宙に浮かべる。

 そしてポメちゃんを紐で縛ると、紐の先を手に結んだ。

 見た目は大きい風船を浮かべてはしゃぐ子供そのものだ。これなら警戒心を持たれる心配はない。


 大きい犬(型モンスター)と戯れる子供。

 そんな微笑ましい見た目にきっと馬車も停まってくれるに違いない。


「ふふふっ! それじゃあ、ポメちゃん準備はいい? 行くよぉー!」


 身体に『身体強化』の呪符を貼り付けると、どんどん離れていく馬車をロックオンし、駆け出した。


「あははははっ! 楽しいなぁこれっ! まるで追いかけっこみたいだ!」


 一歩足を踏み締める度、大地に足跡がくっきり残る。歩数にして百歩。

 たったの百歩で馬車に追いついてしまった。

 並走すると馬車を操縦する御者さんがとんでもない表情を浮かべる。


 人は感情の動物。ファーストコンタクトは重要だ。


「お兄さん。こんにちはー。今日は良い天気だね。ボク、田舎から来たんだ! オークの集団を蹴散らしたよしみで馬車の中で都会のお話聞かせてくれると嬉しいなぁー。なんて」


 小気味の良いセリフに愛らしい笑顔。

 癒し要素のポメちゃんもお空に浮いている。

 ファーストコンタクトはバッチリだ。

 これなら馬車も喜んで停まってくれる筈……。


 すると、馬車が急に加速する。


「えっ、ええっ? なんで急に加速するのー!?」


 お、おかしい。

 これ以上ないハッピースマイルを浮かべて話しかけたのに、まさか急加速するだなんて……。


 はっ!? もしかして!


『バッ!』っと後ろを振り向くと、邪悪な気配が近付いてくるのを感じる。


 御者さんが馬車のスピードを上げる訳だ。

 確かにアレはヤバい。

 普通の人では対処することができない存在だ。


 まさかアレがダンジョンから出てきてしまったのだろうか?

 念入りに呪符で封印していた筈なのに……!


 空が黒い雲に覆われ、雷鳴が轟く。


 馬車を追いかけるのを一時的に断念し、立ち止まると、ボクの目の前に、まるで炎のように丸く赤い光の塊が顕れた。


 荒魂のアラミーちゃん。

 ボクに憑き纏うストーカー的、荒魂。


 まさかボクに会いたい一心で追いかけてくるなんて……!


『ケタケタケタケタッ! 見ツケタ! 見ツケタ! ヤット会エタッ!』


「ボクは会いたくなかったよ。アラミーちゃん……」


 アラミーちゃんの性格は最悪だ。


『ケタケタケタケタッ! 私ハ会イタカッタヨ! 私ハ会イタカッタッ!』


 アラミーちゃんの性格の悪い所。

 一点目は、会いたくないって言ってるボクにハグを強要してくる所。


 魂が真っ赤に燃えるほど熱いパトスで強要されるハグ。

 アラミーちゃんに抱き付かれては、ボクの肉体が焼けただれてしまう。


「くっ!?」


 必死になって、アラミーちゃんのハグを避けると、アラミーちゃんが絶叫を上げる。


『避ケチャ……嫌アアアアッ!』

「ううっ……!?」


 アラミーちゃんの性格の悪い所。

 二点目は、ボクがハグを避けると怪音波を伴った絶叫を上げ、周囲にいる人達に笑えない位のダメージを与えてくる所。

 怪音波に斬撃を乗せてくるから質が悪い。

 性格の悪さが滲み出ている。


 音を伴った斬撃が地面を抉り、怪音波が脳を破壊しようと鳴り響く。


 ぐっすり眠っているポメちゃんに斬撃が当たりそうだ。

 必死に耳を塞ぎ、跳躍してその場から離れると、今度はアラミーちゃんが涙を流す。

 アラミーちゃんの性格の悪い所。


『ウ、ウワアアアアァァァァン!!』


 三点目は、すぐに泣き散らす所だ。

 ハグを拒否し、死にたくないから距離を取っただけでこの有り様。

 アラミーちゃんの涙は強酸でできている。

 そして、荒魂だからこそ、様々な災いを引き起こす。


 強酸で構成されるアラミーちゃんの涙は大地に溜まり、絶え間なく流れる強酸の涙が陸に津波を引き起こした。


「や、やばっ!」


『浮遊』の呪符で宙を飛び、亜空間から妖刀ムラマサを取り出してすぐ開合を唱える。


『起きろ。ムラマサ。天を割れ』


 黒い瘴気を操る開合が『起きろ』なら文字通り『天を割る』のがこの開合。

 ぶっちゃけ、荒魂やアンデッド系モンスターと戦う時にしか役に立たない開合だ。

 しかし、その効果は抜群。


「それじゃあね。アラミーちゃん」


 妖刀ムラマサを縦に振ると、黒い瘴気がアラミーちゃんが大地に流した強酸の涙を消し去り、曇天が割れ太陽の光が射してくる。


『待ッテェェェェ! 私ハ、私ハマダ消エタクナイ!』


 アラミーちゃんの言葉を聞き頬を軽く掻くと、太陽の光を浴びたアラミーちゃんの魂が崩れていく。

 太陽の光には高い浄化効果がある。

 その効果は強い怨念を抱える荒魂を洗剤で洗うように浄化していく。


「大丈夫だよ……」


 昔のボクでは、まだ上手く妖刀ムラマサを使いこなすことができず、アラミーちゃんを浄化することができなかった。

 しかし、いまは違う。


「荒ぶる魂よ。浄化の光を浴びて荒魂から和魂に成り賜え」


『ア、アアッ……。私ハ……。私は……』


 太陽の光を浴び浄化されたアラミーちゃんに視線を向ける。

 すると、そこには小さなお人形さんが横たわっていた。


「えっ? なんで人形??」


 完全に予想外の形態だ。

 最凶の荒魂、アラミーちゃんが太陽の光に浄化され、可愛らしい人形に変貌してしまった。


『私、アラミー。二十歳。独身よ。趣味は男漁り。今日からよろしくね』


 普通にご免である。

 ボクにアラミーちゃん人形で人形遊びでもしろというのだろうか?

 しかも趣味が男漁り?

 凄いな。アラミーちゃん。

 直径十五センチの可愛らしい人形なのに随分とアダルトなことをいう人形だ。


 とりあえず、気持ち悪すぎるので踏んづけると、アラミーちゃんが苦悶の声を漏らす。


『うっ……。なんてハードコアな趣味。でも私は、そんなあなたに憑いて行って見せる』

「いや、ついてくんな」


 そんなアラミーちゃんの気持ちが悪い発言を聞き、ボクはアラミーちゃんをこの場に置いていくと決心した。

 まあ、和魂になったから大丈夫だろう。

 見た目も可愛らしいお人形さんだし……。


 宙をなぞり亜空間から『呪縛』の呪符を取り出すと、アラミーちゃん本体の人形に貼り付け身体の自由を奪う。

 そして、アラミーちゃんを中心に六芒星を描くと周囲に呪符を貼り付け、亜空間から取り出した箱で覆った。


『出してっ! 出してよっ!』


 当然、出す訳がない。

 最後に『封印』の呪符を箱に貼り付けると、アラミーちゃん人形を放置してその場を後にした。


 しかし、数歩歩いた所であることに気付く。


「……しまった」


 アドミーちゃん襲来ですっかり忘れていた。


「町……どこにあるんだろう……」


 宙に浮かびながらクークーと爆睡するポメちゃんを視界に収め、ため息を吐く。

 とりあえず、馬車が走り去って行った方向に向かって歩くも、町に辿り着いたのはその二日後だった。


 ◇◆◇


 私はイエスマン伯爵家に仕える御者の一人。

 今日、私は死を覚悟した。


「オ、オークがっ! オークが襲ってきます!」

「な、なにぃ! なぜだっ! いままでこの道でモンスターに遭遇したことなどなかったではないかっ!」

「そ、そうなのですが、いまはそれ所ではありません!」


 私の育てる愛馬。マンハッタン。

 オークの脅威から逃れる為、祈る様に横っ腹に鞭を打つ。

 マンハッタンの横っ腹に鞭を入れたのは、『加速しろ』という命令を伝える為。

 動物を虐待した訳ではない。


 愛馬、マンハッタンが私の意を汲み速度を上げると、オーク達もまた必死に追いかけてきた。


「が、頑張れ! 負けるな、マンハッタン! 私達の命はお前にかかっているんだぞ!」


 しかし、時が経つにつれて馬車の速度が落ちていく。


「マンハッタン! もしこの場を逃げ切れたらリンゴをくれてやる! 蜂蜜や砂糖も旦那様にお願いして手に入れて貰おう! だから頼む。お願いだから、マンハッタン。お前最後のきらめきを見せてくれ!」


 そう願うも現実は無常だ。

 速度が落ち、オーク達が馬車に追いついてくる。


「も、もう駄目だっ!」


 馬車の中でイエスマン伯爵がそう叫び声をあげる。

 すると、突然、森から黒い瘴気が立ち昇り森を消した。


 唖然とした表情を浮かべていると、森があった場所から一台の監獄犬車がこっちに向かって突っ込んでくる。


「いやいやいやいや、いやぁぁぁぁ!」


 私の絶叫はなんのその。監獄犬車がオーク達を巻き込み衝突事故を起こすと、そのまま向こう側へと突き進んでいく。

 一瞬、ストライクという言葉が聞こえたがあれは一体何だったのだろうか?


「な、なんだあれは……。いや、それよりも!」


 いまは逃げる事が先決だ。

 すぐに愛馬、マンハッタンに『加速』の指示を与えると、オークが目覚める前にその場を後にした。


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 これからも更新頑張りますので、よろしくお願い致します。

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