第2話 監獄ポメ車、出発進行!
「はあっ……。失敗しちゃったなぁ」
絶壁から崖の下を眺めると、ドラゴン型に陥没した地面が見える。
ドラゴンに荷台を引かせるの、カッコいいと思ったんだけど……。
いまからでも崖を降りてドラゴンの所に向かおうか。
呪符を頭に付けてキョンシーみたいにすれば動かせないこともないし……。
崖の下を眺めながらそう考え込んでいると、背後からモンスターの鳴き声が聞こえてくる。
「ウー! ワンッワンッ!!」
「うん? あーっ、ポメちゃんだっ!」
口を大きく開け涎を垂らしながらボクのことを威嚇しまくっているモンスターの名前は、ポメラニアン。この辺りに生息する犬型モンスターで、ドイツ原産の犬種に似ていたからボクがそう名付けた。
「そうだ! ポメちゃんに引かせよう!」
元居た地球にも犬ぞりという乗り物があった。
モンスターだけあって、地球産のポメラニアンよりも大きく頑丈。
馬の代わりに丁度良い。
早速、『隷属』の呪符を付すと、ポメラニアンは威嚇を止めてお腹を見せてくる。
お腹を撫でてやるとポメラニアンは嬉しそうな声を上げた。
「さあ、おいでー、ポメちゃん。この監獄馬車を……。いや、ポメちゃんが引くから監獄ポメ車かな? まあ、なんでもいいや。監獄ポメ車を引いて近くの町まで向かっておくれ。そうしたら、格別に美味しいご飯を上げるからねー」
「キャンキャン?(えっ? この馬車を引くんですか?)」
「うんうん。ボクも君に出会えて嬉しいよ。大丈夫、ちゃんとご飯は上げるから。大船に乗ったつもりでいてっ!」
「キャンキャン?(ええっ? 話聞いてます?)」
「よし。それじゃあ、ポメちゃん。早速、町に向かおうか! 十二年間引き篭もっていたんだ。ボクには土地勘がまったくないからね。ポメちゃんの鼻と土地勘だけが頼りだよ!」
ボクはポメちゃんを監獄ポメ車に繋ぐと、御者台に腰を落ち着かせる。
「さあ、夢の彼方へ。出発進行ぉ~!」
「キャンキャン!(ちゃんと話を聞いて~!)」
「ハッ、ハッ、ハッ」と荒い息を吐きながら、監獄ポメ車が悪路を進んでいく。
「ち、ちょっと、待ってっ! それ、私の監獄馬車ぁぁぁぁ!」
「うん? いま、なにか聞こえたような……。気のせいかな?」
なんだか後ろから声が聞こえたような気がするけど、きっと気のせいだろう。こんな所に人がいる訳がない。
あっ、兵士はいたかな?
まあいいや。
「町はどんな所かなぁ~♪」
とっても楽しみだ。
ポメちゃんが引く監獄ポメ車の御者台に乗りながら、ボクは麓にある町に向かった。
◇◆◇
「ねえ、ポメちゃん? なんで、こんな所に連れてきたの?」
「クーンクーン(だって、近くの町って言ったから……)」
「まあ、確かに二足歩行してるけどさ……。ちょっと種族が違くない? ボク、一応、人族なんだけど? ポメちゃんの目にはボクの姿、どう映っているのかな?」
ポメラニアンのポメちゃんが引く監獄ポメ車が向かった場所、それはゴブリンの集落だった。
いや、おかしいとは思っていた。
だって、ポメちゃんが道を外れて森の中を直進していくんだもの。
だけど、この辺りに土地勘があるポメちゃんが進む道だ。
きっと、間違いない。と、信じた末に着いた場所がゴブリンの集落。
これには思わず、御者台の上で宙を仰いでしまった。
「ゴブ。ゴブ!(人間だ。人間だっ!)」
「ゴブゴブゴブゴ?(なんでこんな所に人間が?)」
「ゴブ。ゴブゴブゴ!(関係ない。遊び道具が来たぜ!)」
どうやらゴブリンさん達。ボク達のことを歓迎してくれているらしい。
集落からゴブリンがわらわらと……。
「うーん。ゴブリンって、臭いし、汚いし、金にならない(らしい)から、好んで倒したくないんだけど……。でも、もう目を付けられちゃってるみたいだし……。困ったなぁ」
「クーンクーン」
ポメちゃんの顎の下を撫でながら考えごとをしていると、ゴブリンの声が辺りに響く。
「ゴブゴブ!(捕えろっ!)」
「ゴブ!!(おおっ!!)」
号令を合図にゴブリンが津波のように襲い掛かってきた。
「う~ん。仕方がないなぁ……」
ダンジョンにいるゴブリンと違い、野生のゴブリンは集落に人間を攫う習性がある。
万が一、見落として人間まで処理してしまうのは、可哀想だ。
念の為、『探知』の呪符を頭に翳し、集落に人間がいないか探っていく。
「集落にはゴブリンだけ……。それじゃあ、問題ないかな?」
宙をなぞり亜空間から妖刀ムラマサを取り出すと、呪符を周囲に浮かべ、その中から『身体強化』の呪符を選択すると身体を強化し、刀を斜めに構える。
『起きろ。ムラマサ』
そう開合を唱えると、妖刀ムラマサの刀身から黒い瘴気が湧いてきた。
「それじゃあ、ポメちゃんは後ろにいてね? これに取り込まれたら……死んじゃうよ?」
「ゴブゴブッ!(俺が一番乗りだ!)」
「ゴブ、ゴブゴブ!(待て、何かおかしい!)」
何匹かのゴブリンは妖刀ムラマサの異様さに気付いたようだ。けど、もう遅い。
「さようなら。ごめんね?」
妖刀ムラマサをゆっくり薙ぐと黒い奔流がゴブリンの集落を襲った。
◇◆◇
ゴブリンの集落があった場所。
そこにはまっさらとなった大地が広がっていた。
それを見て怯えた様子のポメちゃんが「キャン! キャン、キャン!」と甲高い声で鳴き続けている。
「ごめんね。ポメちゃん。怖かったよね」
亜空間に妖刀ムラマサを収めると、付していた呪符が青く燃え上がり、塵となって消えていく。
「さあ、ポメちゃん。これをお食べ。怖がらせちゃったお詫びだよ♪」
ポメちゃんの目の前に亜空間から取り出したフードボウルを二つ置き、その中に水とお手製クッキーを入れていく。
フードボウルに詰まれた大量のお手製クッキーに、ポメちゃんの頬は緩み自然と涎が流れ尻尾が左右に揺れた。
「ほらほら、マッサージもしてあげるよー」
ご飯の邪魔をしないよう、ポメちゃんの身体をマッサージしていくと、自然に「クーンクーン」という鳴き声を漏らした。
気にせずマッサージを続けていると、ポメちゃんがドーナツのように丸まって寝始めてしまった。
なんだか、でかいアンモナイトのようだ。
「って、しまった。寝かせちゃったか~。仕方がない……」
亜空間から毛布を取り出すと、ポメちゃんにかけて上げる。
いまのポメちゃんは隷属状態にあるからね。
隷属状態にある内はボクのペットと同然。
ペットの世話は飼主の義務ってね♪
「しばらくの間、よーくお休み……。さて、ボクはどうしようかなー?」
監獄ポメ車の御者台に乗ると、辺り周辺を物色していく。
しかし、監獄ポメ車に大した物は乗っていなかった。
とても残念だ。
「なにかないかなぁ~」
亜空間から『探知』の呪符を取り出し、辺りを捜索すると、馬車がモンスターに追い掛けられているのを察知した。
「おっ? これは、異世界転生にありがちなお約束って奴かな♪」
偶々、この辺りを通りかかった貴族がモンスターに見つかり追い掛けられていたりして……。
いまのボクは身分証もなにもない状態だし、町のある場所もわからない。
そうと決まれば……。
亜空間から『覚醒』の呪符を取り出すと、丸くなって眠り続けるポメちゃんに札を呪符を貼り付ける。強制的に覚醒を促すと、ポメちゃんが飛び起きた。
「ごめんね。ポメちゃん。緊急事態なんだ♪」
「クーンクーン(眠いよぉ)」
ポメちゃんを監獄ポメ車に繫ぐと、怖い思いをさせないように『安静』の呪符をポメちゃんに貼り、御者台に立ち亜空間から妖刀ムラマサを取り出した。
「それじゃあ、ポメちゃん。ボクが道を開くから真っ直ぐ道を爆走するんだよー」
呪符を周囲に浮かべ、その中から『身体強化』の呪符を選択すると身体を強化し、刀を斜めに構える。
『起きろ。ムラマサ』
そう開合を唱えると、妖刀ムラマサの刀身から黒い瘴気が湧いてきた。
そして妖刀ムラマサをゆっくり薙ぐと黒い奔流が木々を覆い、道を作り出す。
「さあ、道ができたよ。ポメちゃん。レッツゴー!」
「ク、クーン!(こ、怖いよぉ!)」
ボクが御者台に乗ると「ハッ、ハッ、ハッ」と荒い息を吐きながら、監獄ポメ車が悪路を直進していく。
「すごい、すごい! ポメちゃん、すごいよ! 見て、もう馬車を追い掛けるモンスター達が見えてきた!」
「ハッ、ハッ、ハッ(疲れた。もう休んでいいですか)」
「うん。うん。流石はポメちゃん! わかってる~! いいよ。あのモンスター達に体当たりをかまそうっていうんだねっ!」
「ハッ? ハッ、ハッ!?(ええっ!? そんな事、言ってませんけど!?)」
「流石はポメちゃん。すごいことを考えるなぁ。大丈夫、大丈夫! ボクも援護するよ! ポメちゃんのことは呪符で護るから遠慮なくやっちゃって!」
ポメちゃんと監獄ポメ車に『防御』と『強化』の呪符を貼ると、ボクは笑みを浮かべた。
「さあ、ポメちゃん……モンスターだけにぶつかるんだよ? さあ、行ってみよう!」
ジェットコースターの最高時速よりも早いスピードで進む監獄ポメ車。
オーク達が監獄ポメ車に気付いた時にはもう遅い。
「ストラーイク!」という言葉を心の中で呟くと共に、豚型モンスターの代表格であるオークがボーリングのピンの如く宙を舞う。
流石はオーク。中々、頑丈だ。
あれだけのスピードで激突されて姿を保っていられるなんて。
どうやら馬車もオークの攻勢から逃げ切ったようだ。
よかった。よかった。
後はそれを助けたボクへのお礼だけだね。
「それじゃあ、ポメちゃん。徐々にスピードを……。って、ポメちゃん? ポメちゃん!?」
ボクの呼びかけにポメちゃんが応じない。
一体何で……。
御者台からポメちゃんを観察していると、チラチラと背後を気にしているポメちゃんの姿が目に映る。
ははーん。なるほど。
さてはポメちゃん。ボクの心配をしているな?
監獄ポメ車を引きながら爆走するポメちゃん。
徐々に減速しながら止まるならともかく、このスピードで止まればボクが監獄ポメ車から弾き飛ばされ、下敷きになりプチッとされてしまう。そう考えているのだろう。
「ハッ、ハッ、ハッ!(いま、止まったら檻がお尻に激突する。いま、止まったら檻がお尻に激突する!)」
「大丈夫だよ。ポメちゃん。ちょっと待ってね」
御者台から立ち上がると、ポメちゃんを監獄ポメ車から解放し、御者台からポメちゃんに飛び乗った。そして、背後を爆走する監獄ポメ車を亜空間に収めていく。
すると、状況を察したのかポメちゃんが徐々にスピードを緩めてくれた。
「ハッ、ハッ、ハッ(た、助かった……)」
「うん。そうだね。ポメちゃん!」
ボクのことを心配してくれるなんて可愛い奴め。
ポメちゃんが安堵の表情を浮かべる中、ボクはポメちゃんに抱き付いた。
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