第4話 白い悪魔ドイチェスピッツ(ポメちゃんの名前)①

「ヤバい! ヤバい! ヤバい!」


 オークに監獄犬車をぶつけるなんて、頭のネジが十本位抜けていないとできない所業。

 アレがオークに体当たりをかましたことで助かったのは事実だが、アレと関わり合いになるのは絶対ヤバい。私の本能がそう告げている。


「お、おい。どうしたっ!?」


 速度を上げたことで馬車に乗る旦那様が声をかけてきた。


「は、はい。旦那様。オークよりヤバい奴に目を付けられたかも知れません。いま、全力で逃げている所です」

「な、なにっ!?」


 旦那様が叫び声を上げるのとほぼ同時。

 御者台に座る私に声がかかる。


「お兄さん。こんにちはー。今日は良い天気だね。ボク、田舎から来たんだ! オークの集団を蹴散らしたよしみで馬車の中で都会のお話聞かせてくれると嬉しいなぁー。なんて」


 横を振り向けば、白い悪魔と名高い犬型モンスター、ドイチェスピッツを宙に浮かべて馬車と並走する少年の姿があった。


 怪しげな呪符を周囲に浮かべ爆走する頭のネジが十本は飛んでいるであろう少年との邂逅。

 ファーストコンタクトは最悪である。


「…………」


 驚きのあまり声を出すことができない。

 しかし、辛うじて手は動く。

 私は鞭に力を込めると、愛馬マンハッタンの横っ腹を叩く。

 すると、マンハッタンは私の意を汲み速度を上げた。


 遠ざかっていく全力少年に目を向けると、私は安堵の息を吐く。


「ふう。なんとかなったか……。いや……」


 まだだ。まだ危機を脱していない。

 そんな気がする。


「……堪えてくれよ。マンハッタン」


 愛馬、マンハッタンにそう呟くと、その場から脱する為、町に向かって一心不乱に馬車を走らせた。


 ◇◆◇


「ま、町だぁ……」


 住んでいた土地を追われ、オークに襲われていた馬車と邂逅した二日後。

 ボク等は迷走に迷走を重ねた末、ようやく町に辿り着いた。


 後はあの門を潜るだけ。

 今日の所は宿をとって暖かい布団で寝よう。

 町の探索はそれからだ。

 町の門の前には長い列ができ上がっている。

 ボクはポメラニアンのポメちゃんに『縮小』の呪符を貼り、可愛らしい小型犬に姿を変えると、列の一角に並んだ。


「…………」


 暇だ。暇すぎる……。町に入るまでどの位の時間がかかるのだろうか、これ……。

 待っている間、ただ無心にポメちゃんを撫で回していると商人風のおじさんから声がかかる。


「そこの少年。そのモンスターはもしや、白い悪魔ドイチェスピッツの子供ではないか?」

「ドイチェスピッツ?」


 なにそれ?

 もしかして、ポメちゃんの事を言っているのだろうか?

 一応、念の為、聞いてみる。


「もしかして、ポメちゃんのことを言ってるの?」


 ポメちゃんを優しく撫でながら尋ねると、商人風のおじさんはコクリと頷いた。


 知らなかった。ポメちゃんの名前、ドイチェスピッツって言うんだ。

 なんだかカッコいいな。


「うん。多分、そうだよー」


 そう言うとおじさんは笑顔を浮かべる。


「おお、やはりそうだったのかっ! 随分と懐いているように見えるが、そのドイチェスピッツは触っても問題ないのかい?」

「はい。全然、問題ないですよー。ねーポメちゃん?」

「クーン、クーン(触られたくないよー。加齢臭がキツいよー)」


 ポメちゃんもおじさんに頭を撫でられて嬉しそうだ。


「なるほど、確かに、問題なさそうだな。さて、少年」

「はい。なんでしょうか?」

「……実はそのドイチェスピッツのチェス君は以前、私が飼っていたものなのだよ」

「ええっ? そうなんですか!?」


 し、知らなかった。

 まさかポメちゃんが飼い犬だったなんて……。


「ああ、見てほしい。この五芒星のアザを……。このアザこそ私がチェス君を飼っていた証だ。大切に育てていたんだが逃げ出してしまってね。長い間、探していたんだ」

「そうなんですか、長い期間探していたんですねー」


 確かに初めて会った時、ポメちゃんは立派な成犬になっていた。

 あながち嘘じゃなさそうだ。


 ポメちゃんを見ると、あざと可愛い視線を向けてくる。


「クーンクーン(こんなおじさん。知らないよー)」

「そっか、そっか」


 うん可愛い。なに言ってるのか全然わからないけど。飼い主が現れては仕方がない。


「それじゃあ、このチェス君をお返ししますね。チェス君のこと大切に育てて上げて下さい。あっ、飼い主が見つかったからには『隷属』の呪符を解いてあげないと……」

「そうかそうか、ありがとう。君は聞き分けがいいね。手荒な真似をしなくて済んで本当に助かるよ」


 引き渡してすぐ、おじさんはポメちゃんを檻に入れ、馬車の中に入っていく。


「それじゃあ、私はこれで……。おい。お前ら、さっさと行くぞ!」

「あっ、待って! 『解』」


 おじさんは馬車に乗り込むと颯爽とこの場から去ってしまった。


 ◇◆◇


「ふふふ、まさか大人しいドイチェスピッツの子供をタダで手に入れることができるとは……」


 少年から譲り受けたドイチェスピッツの入った檻を優しく撫でようとする。

 すると、檻の中でドイチェスピッツが私に噛み付くような素振りを見せた。


「うん? おかしいな。さっきまでは大人しかったのに……。あの少年と離れ気が立っているのか?」


 それになんだか、少しだけ姿が大きくなっている様な気がする。

 一体なぜ……。


「ピーチ様っ! た、大変です!」

「何事だ!?」

「ど、どうやらアクバ皇国で大変なことが……」

「うん? アクバ皇国で? なんだ。スタンピードでも起こったか?」


 冗談交じりにそう言うと、部下が血相を変えて報告書を読み上げる。


「い、いえ、監獄馬車を与えていた傘下の奴隷商人が捕まったそうで……」

「な、なにっ!?」


 数年前からアクバ皇国の兵士とは、兵士が捕らえた民間人を秘密裏に奴隷に堕とす奴隷取引をしている。

 取引をする際には注意せよとあれ程、言い聞かせていたというのにっ……!


「捕らえられたのは、奴隷商人だけか? 一緒にあった監獄馬車はっ!?」


 監獄馬車には、取引名簿も一緒に乗せてある。

 奴隷商人は口を塞げば問題ない。

 しかし、あれだけは処分しなければ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る