第4話 何色?

 周辺住民に聞き込みしてみたが、誰も何も知らないし、何も聞こえなかったと答えていた。少しの情報提供に感謝して、俺たち三人は革職人の家前までやってきた。

 革職人の家に入ってみる。ルミノール反応を期待していたが、どうやらないようだ。血の匂いもないところ…この部屋で襲われたというのは否定できそうだ。革職人というだけあって動物から剥ぎ取った毛皮が大量に干してある。俺は表では牛肉を販売するため革職人とは顔を会わせる事はあった。被害者の革職人ではないが。

 「さて、何色か判別するっすよ」

 「どうやって…判別するんですか?」

 「さっきも言ったように古代の吸血鬼たちには特徴的な力がある。その痕跡を見つけられれば色を判別できる」

 判別の仕方をまとめた紙切れをプリスにわたす。プリスはなるほどと言わんばかりの顔を見せて真剣な眼差しで読んでいる。真面目そうな部下でよかった。


 古代の吸血鬼 判別の仕方

・ヴィオレット→その吸血鬼の周辺は毒ガスに包まれるため

        少しの毒素が検出された場合、ヴィオレットで確定

・ゲルプ→電気を身にまとっているため、電気機器に異常を起こす

     犯行現場か、家の電気機器がおかしくなっている場合、ゲルプで確定

・ヘルブラオ→触れたものを凍らせるので氷が付着、もしくは少しの水が滲んでいる

       それか冷気をまとっているので部屋の温度を低くさせる

       この中ではもっとも特定が難しい吸血鬼

・シュバルツ→瘴気が辺りを包ませるため、一番特定が簡単な吸血鬼

       かなりの長い間瘴気が残り続けるため調査は難しい


 「こんな感じ…なんですね…」

 一通り目を通したらしい。紙切れを俺に返してきた。

 部屋を見渡す。壁に干されている毛皮。年季が入っている作業テーブルとひっくり返っている椅子。何故かテーブルではなく床に落ちている針と糸。テーブルの上にはあるのは商品を注文している人の名簿だ。それら以外に目にとまるものはない。怪しいのは針と糸…そしてひっくり返っている椅子だ。

 そして俺たちも一通り部屋を見渡したが、毒素は検出されていない。電気機器は異常を起こしていない。瘴気もない…まぁ、消えている可能性もあるが。毒素の場合は毛皮に滲む可能性があるから検出してみたがなかった。瘴気もなさそうなくらいに空気が綺麗だった。それにこの部屋は窓が空いている。窓に指紋の類は一切なかった。しかも吸血鬼が入ろうとしても入ることが出来ない。玄関から入ったのが一番有力ではあるが…玄関前には吸血鬼よけの十字架があるため、人が吸血鬼だと見抜けなくても、入ってくるのを阻止出来るはず。

 …本当に吸血鬼側に味方をしている人間がいるという説の信憑性が高まった。とりあえず今は何色がここに襲撃してきたのかという事を考えるのが先だ。…証拠がほとんど残っていない辺り…水色か?

 だけど他の吸血鬼の可能性も十分にある。というより革職人はここで殺されてはいないはずだ。吸血鬼は十字架に引っかかるはずだし、ここにルミノール反応はなかった。ルミノール反応…それはそこで血が流れた証拠と捉えてもいい。血が流れていない…反応がなかったということは。つまり連れ去られたというのが一番有力だ。

 それを裏付けるかのように椅子がひっくり返っているのが証拠だ。椅子に座っているところを吸血鬼に味方している人間に無理やり連れ去られた。だけど人間が人間を無理矢理連れ去ることなんて可能なのだろうか。かなりの力は必要だと思うが、不可能ではないといえばいいのだろうか。もしくはその人間が連れが来ると言って、革職人がそれを許可してしまったとか…。吸血鬼は許可さえあれば家の中に入ることが出来る。そして人間が十字架を隠してしまえば、吸血鬼は安全に入ることが出来る。

 …少し十字架の指紋検出をしないといけない。

 「鑑識。玄関前にある十字架の指紋検出をお願いする」

 調査担当には鑑識という役職を持つ者がいる。いわば警察の事件現場調べと似ているものだ。この王国にも警察は存在する。最近になって出番はすっかり減ったらしいが。まぁそんな事はどうでもいい。俺たちはいわゆる現場を調べている刑事たち…と言えば一番わかり易いだろうか。

 「マーダー様。鑑識の結果ですが指紋は検出されませんでしたが、誰かが持ったというのは確定しました」

 「それはどういうことだ?」

 「埃が一部、なくなっています。この十字架は埃被っていたのですが、一部埃がないのです。こう持てば丁度埃がなくなる持ち方になるのです」

 なるほど。吸血鬼は十字架を持つ事など到底出来ないからこれで裏切り者がいる事が確定したな。アイボリー様と組織内に言っておかなくてはいけない。…さて、裏切り者がこれに触ったという事は…。

 「少し推理するぞ、ローズ、プリス」

 「分かったっす!マーダー様!」

 「は、はいぃ…」


 まずは分かった事をまとめてみるぞ。

・裏切り者が十字架に触った

・椅子がひっくり返っている、針と糸が床に落ちている

・この部屋にルミノール反応はない

・テーブルにある商品を注文した人の名簿

・壁に干されている動物の毛皮

・周辺住民は何も聞こえなかった

 この状況から推理するに被害者に起きた事で一番有力なのは…。

ーこの現場から連れ去られたー

 これは椅子がひっくり返っている事と裏切り者が十字架に触ったことが決定的な証拠だ。吸血鬼にとって十字架は弱点中の弱点。見るだけでも当てられるだけでも消失の可能性があるのに平気で触れているというのは裏切り者が触っているほかない。

 じゃあ次だ。吸血鬼はその家の主の許可がなければ家に入ることが出来ない。つまり吸血鬼の入室を革職人が許可したということだ。普通、それはありえない。…だから…

 最初に革職人の家に入ってきたのは誰?


 A、裏切り者

 裏切り者が何らかの理由で革職人の家を訪れたのだろう。だけどもし、吸血鬼も入っているということは入ってくる時期は夜だ。その時間帯で突然入ってくる人間など誰でも怪しむ。すんなり入ったかもしれない。それなら何故すんなり入らせたのか。証拠がありそうなのは?

 どうして革職人は夜に来た人間を入らせたのか。証拠がありそうなのは?


 A、商品を注文した人の名簿

 そう名簿だ。そこには名前と住所が書いてある。昼のときは革職人自ら配達するらしいが、夜のときは注文した人が受け取りに行くらしいな。しかも夜に注文場合は住所の書き込みはいらないというおまけつきだ。まぁ、そんな危ないことをする人なんて基本いないが。今回は裏切り者だ。名簿の中を漁れば夜に注文した人の名前が書かれているだろう。

 名簿の中にたった一人だけ夜に注文しているおそらく裏切り者である人物の名前が書いている。おそらく偽名だろう。これで本名を書く馬鹿がどこにいると聞いたいところだ。

 

 名前:マリア・テルジュア

 容姿:首に十字架のネックレスをつけている16歳くらいの女の子。髪色は綺麗な

    水色で青い目をしている

 補足:彼女の連れがあとから来ると


 …ほぼほぼヘルブラオと似ている容姿だ。だけどこいつが裏切り者である可能性は高い。変装している可能性だって否定できないからこの容姿だけで決めつけるのは早い。

 重要なのは補足の部分。あとから来るとされている裏切り者の連れ。これがおそらく吸血鬼だ。最初からこの吸血鬼は入る許可をもらっているということだ。だからこそ裏切り者がネックレスと玄関前の十字架を隠してしまえば容易に入ることが出来る。昼にも連れが来るという連絡がたまにあるため、違和感がなかったのだろう。吸血鬼が昼に活動するのは難しい、日傘をさしたとしても少しの日光が届くため消失してしまう。

 となると夜に来たこの客が裏切り者である。…さて、最後なのだが。まず、最初に入ったのは裏切り者。ということは間違いなく吸血鬼も入っている。しかし、ルミノール反応もなければ、証拠もない。そもそももう毒素がなくなっている可能性がある。一番否定できるのはゲルプだ。電気回線などは何もショートしていなかったため、ゲルプがここにいたのというのは否定できる。となると残ったのがヴィオレット、ヘルブラオ、シュバルツの三体だ。ヴィオレットが人間と協力しているなんてあまり考えられないが、緊急事態だったと考えれば裏切り者と一旦協力するのは頷けるかもしれない。たとえ一人を好む吸血鬼だったとしても。

 それなのだが、まず…どうして周辺住民は異変に気づかなかったのだろうか?普通に悲鳴とか聞きそうな感じだ。それなのに聞かなかった。だから2つの選択肢に別れる。…一つはここで既に殺されたこと。2つ目は口を封じられていたこと。前者はそれだと何故ルミノール反応が出なかったのかの疑問が残る。後者はそれでも声は出るはずだ。そしてその場合争った形跡が残るはず。残っているのは椅子だけ。それだけでは不自然だ。その場合前者になる。

 前者となるとどうやって殺したか…となる。残った吸血鬼の中で一番気づきにくく、殺せるのはどの吸血鬼だ?


 どの吸血鬼が殺した?


 A、ヴィオレット

 そうだ。毒素は残っていないが、もっとも気づかれずに殺せるのはヴィオレットの毒ガスだ。ヴィオレットはあらゆる毒ガスを身にまとう事ができる毒操作のちからを持つ吸血鬼。主に扱う3つが神経ガスで、無臭のものだ。ソマン、タブン、サリンの3つ。特にソマンやサリンは毒の効力が強く、一分だけで半数の人を殺せるほどの殺傷力だ。サリンは皮膚からも吸収してしまうため、気づかずに死ぬ可能性もある。…だから結論は…。

 革職人を殺したのは紫の古代の吸血鬼、ヴィオレットである。

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