第1話 いつか食い殺される運命
今回の夜で死んだのは革職人の人だ。白骨死体として見つかった。場所は誰も寄り付かない路地裏で…死んでいた。白骨死体だから身元の特定は難しいが、昨日の夜から行方不明になっている人が革職人の人だけという事実があったから特定することが出来た。遺骨はいつもこの場所に埋め、そして冥福を祈る。
「マーダー様…ここは…?」
「…流水の聖域。吸血鬼が寄り付かない場所だ」
吸血鬼は流水を苦手としている。ここは常に流水があるため、吸血鬼が寄るには難しい場所。吸血鬼に食い殺された皆はここに埋葬され、吸血鬼の居ない地で安眠することができ、次の人生を迎えることが出来ると言われている。どうせ安眠するのなら吸血鬼の居ない場所に…ということだ。吸血鬼に食い殺されたという恐怖の死の瞬間を忘れるためにも、せめてここで眠ってほしいと…。
ヴァンパイア・ハンターズはきちんと皆の遺体や遺骨も埋葬しなくてはいけない。彼らが吸血鬼に殺されたのは俺らの責任でもある。吸血鬼から守ることが出来なかった俺らの責任だ。ヴァンパイア・ハンターズは夜に見回りもするがそれでも犠牲が出る。…俺らが無力だから吸血鬼を根絶させることが出来ない。
「…さて埋めた。プリスも冥福を祈れ」
「わ、分かりました」
彼女も隣で両手を合わして、死んだ人たちの冥福を祈っている。この世界がいつか吸血鬼の驚異から逃れることはあるのだろうか。俺は吸血鬼を許すつもりもないし、生かすつもりもない。吸血鬼がいることで悲しむ人達がいるんだ。絶対に生かしてはおけない。
「さて、戻ったら教育して、事故現場に行くぞ」
「は、はい!頑張ります!」
かなり緊張しているが頑張るという意欲は伝わった。彼女は身体能力が高いとのことだったが…本当にそうなのか。女性なのに身体能力が高いというのはにわかには信じられないが…まぁ、自分の目で見るのが1番手っ取り早いか。
・・・・・
俺たちは武器庫にやってきた。この隣が訓練場だ。訓練場に入る前にこいつに吸血鬼の基本情報を叩き込まなければならない。元々こいつは一般人なのだからな。
「さて最初の教育だ」
「な、なんでしょうか?」
「吸血鬼はどんな生物なのか知っているか?」
「人間を…食い殺す種族ですよね…」
合っているな。だけど俺がいいたいのはそっちではない。
「正確に言うのなら吸血鬼はどうやって殺すか知っているか?」
「し、知りません…」
元々旅芸人だったのだから知らないのは当然か。吸血鬼という種族自体は知っているが殺し方は俺らの組織に所属しないと知ることは出来ない。そもそも一般人相手で勝てるはずがない。精鋭組織でも立ち上げておかないと抵抗できない。
「吸血鬼は人間よりも体が頑丈だから基本銀製のものじゃなければ体に傷をつけることができない」
「銀製…?」
「ここにある武器は全部銀製だ。ナイフ、剣、槍、矢、弾丸…それら全部銀製だ」
「そ、そうなんですか…。そこまで銀があるなんて…」
「ここは世界最大の都市である王国だ。商業とかでも手に入るし、近くにある鉱山から簡単に手に入る」
王国と呼ばれるのにも理由がある。ここは鉱山の密集地帯で貴重な鉱石がいっぱい手に入る。あとは技術を身につければいいだけ、だからここはとても質がいい商品の生産が盛んになった。それらは世界に注目され、多くの人がこの場所に訪れた。商品の売れ行きがよくなり、この都市は世界最大と呼ばれる事になった。だからこそお金もあり、地位もあるこの都市だけ吸血鬼に対抗出来るのだ。政治を賄う国際政治同盟から吸血鬼を討伐しろという命令を下され、吸血鬼を排除する組織であるヴァンパイア・ハンターズが結成された。まぁ、そんな歴史はどうでもいいか。
「そして最大の特徴だが、吸血鬼は心臓を潰さない限り何度でも再生するという再生能力付きだ」
「えぇ!?つ、つまり…正確に心臓を潰さないといけないんですか…!?この武器で!」
「理解が早くて助かる。吸血鬼は心臓を潰さない限り戦闘を継続させる事ができる。体力に限界がある人間では普通勝てない。だから新人でも厳しい訓練をしないといけない」
「が、頑張ります!吸血鬼を倒せるように、頑張ります!」
小さなガッツポーズをして両目をつむっている。臆病な人がよくしそうなポーズだ。訓練場に行こう。こいつの身体能力を試さなくては。
・・・・・
訓練場に着いた。と言っても隣だったからそこまで移動に時間はかかっていないが。…少しだけ人がいるな。それなら身体能力を簡単に見ることが出来る。さて、身体能力を見るとしますか。
「ローズ」
「あ、マーダー様!お疲れ様っす!」
ローズ・ブラッド。彼は特攻隊の一人である。つまり俺の部下の一人。口調が少しだけおかしいが別に慕っているので口調については目をつむる事にした。細かい事をいちいち気にしていたらストレスで白髪になりそうな勢いでしかない。別に俺は敬語じゃなくても気にしないタイプではある。最高幹部であるとはいえ親しく接しなくてはチームワークがいざという時に発揮されないかもしれないというのが俺の思想だ。
まぁ、俺の思想なんてどうでもいいから、さっさとやるべきことをやるか。
「ローズ、こいつが今日から入る新人。コンプリス・サンドルという。…今から少しだけ模擬戦を行っても問題ないか?」
「わぁ〜とってもちっちゃくて可愛い子っす!でもこんな小柄な子を入れるんっすか?」
「俺を見て言うな。モエギが推薦したんだ」
こいつの身体能力が高いと言われても俺の目で実際に見ていないから疑わしい。モエギ基準がどうなのかは知らないがこれから実際に見ればこの組織にふさわしい人材が把握することが出来るだろう。
「とりあえず模擬戦だ。木刀を先に相手に当てたほうの勝ちだ」
「木刀なんて持ったことないのですが…」
あ、確かに。武器はあまり持ったことないよな…。
「それじゃあ僕の攻撃をかわし続けるのはどうっすかね?これなら大丈夫だと思うっすが」
「そうだな。じゃあ、プリスは回避を続けてくれ。もし、攻撃できそうなら攻撃してもいい」
「は、はいぃ…」
ローズが木刀を持ち、プリスに当てようとしたとき…。
空気が変わった。あの控えめな彼女では考えられないくらい俊敏な動きをして攻撃を回避した。
「え!?まじっすか、回避されるっすか!?いや、でも僕の攻撃は終わっていないっすよ!」
次々にローズがプリスに攻撃を仕掛けてもことごとくかわされている。当たりそうだけど当たっていない。体術がかなり洗練されており、最低限の動きだけで木刀の攻撃を回避している。…素人の動きじゃない。達人のレベルだ。…確かにこれは武器のやり方を教えるだけで即戦力になりそうな人材だ。だけどこれほどの技術を一体どこで得てきたんだ…!?
「ぎゃああっす!」
木刀を振る手が少し弱くなったところを見て、足を引っ掛けて転倒させた。これは攻撃したと捉えていいな。…というより彼女に問いただしたいことがある。
「え、えと…これでいいんですか?」
「あぁ、そして知りたいことが出来た」
「な、なんでしょうか?」
「お前の身体能力…どこで身につけてきた」
明らかに常人ではない身体能力…自然についたと言われれば怪しくなる。最も自分で鍛えたというのなら最もらしい理由がなければいけない。
「…自分で…鍛えました」
「なんでだ」
「…両親…殺され…ましたから。それに…村も」
両親が殺されたから…か。…それは果たして本当なのだろうか。嘘をついている場合もある…。
「その情報は本当だよ、マーダー」
「モエギ。…情報部隊のお前が言うのなら間違いないな」
「彼女はここからかなり離れた村で生活していたところを吸血鬼に襲撃され、村が壊滅状態になった。生き残ったのは当時、両親が作った地下室を利用していた彼女だけだった。吸血鬼が村を離れ、焼け焦げた村を見て、彼女は吸血鬼に復讐を誓った…とのことだ」
…そうか。村を壊滅されたのなら自分を鍛えるのも無理もないか。実際、俺もそうなのだから。…それならこいつは信用してもよさそうだ。
「それじゃあ、プリス、お前を認める。特攻隊の一員としてこれから頑張ってくれ」
「は、はい!頑張りましゅ!」
盛大に噛んだな。
「とりあえず次の教育だ。ついてこい。ついでのローズも」
「分かったっす!」
「つ、ついていきます!」
そして俺たちは…。
例の革職人の白骨死体がある場所に向かった。
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