再チャレンジは200年後
野森ちえこ
記念撮影
2月22日といえば猫の日である。そのくらいは知っている。しかしそれにしたってやりすぎではなかろうか。
まず、店先にワゴンなどで出ている、お弁当やらパンやらお菓子やらのパッケージがすべて猫であった。
そして、ショーウィンドウに飾られているバッグや服などのデザインもネコ。
ついでになんの広告かよくわからない看板もねこである。
グッズ、イラスト、写真、デザイン、モチーフ。
どこもかしこも、ほんとうに右を向いても左を向いても、猫、ネコ、ねこ。
取り引き先と会社と自宅とを往復しただけだというのに、視界に映るものすべてが猫であるといっても過言ではないくらいに、やたらと『猫』が目につく1日だった。
「お父さん知らないの? 今年はただの猫の日じゃなくて、スーパー猫の日なんだよ」
「スーパー猫の日……?」
そうそうに夕飯をたべおえて、スマホいじりに忙しい高校生の娘はそれ以上答える気はないらしい。あとは自分で調べろといわんばかりだ。
つれない娘から妻に視線を移す。説明プリーズ。
「今年は2022年2月22日で2が6個もならぶでしょう? なんでも鎌倉時代の1222年以来、800年ぶりのスーパー猫の日なんですって」
鎌倉時代に猫の日があったとは思えない――というか、実際に日本で猫の日が制定されたのは1987年のことである。それほど遠いむかしの話ではない。
いずれにしても、2が6個連なった今年は例年以上に盛りあがっているということか。
まあ盛りあがっているのはたぶん人間だけだろうが。
クリスマスのキリストとか七夕の織姫と彦星とか、当事者(?)が置いてけぼりをくらうイベントはめずらしくない。
『スーパーだってんなら高級マグロの刺身くらい出したらどうなんだ』
猫缶(カツオ味フレーク)を咀嚼しながらぶつぶつとボヤいているわが家の猫さま、キジトラのキジラもまたしかり、である。といっても俺以外の人間にはフニャフニャ鳴いているようにしか聞こえないらしいが。
本人の話によると、じいさん猫がネコマタのため、キジラもわずかながら生まれつき妖力を持っているのだとか。
はたしてこの先ネコマタとなるのか、ささやかな妖力を持った猫のままでおわるのかはキジラ自身にもまだわからないという。ネコマタ候補というのが現状ではいちばん近いみたいだ。
ある日ふらっとあらわれてそのまま住みついてしまったのだが、妻も娘もあたりまえのように受けいれている。
それが妖力のなせるわざだったのか、単純に妻と娘が猫好きだったゆえなのかは不明である。
ちなみにキジラと名づけたのは娘だ。怪獣みたいでかわいいでしょとのことだが、彼女がキジラと呼ぶことはほとんどなく、たいてい『キジー』と呼んでいる。まあなんでもいいのだが、娘の『かわいい』の基準がどこにあるのか俺にはよくわからない。
なんにせよ、現在キジラと話すことができるのは俺だけなのだが、その理由も不明である。
しかし2022年でスーパー猫の日なら、200年後の2222年はどうなるのだろう。ハイパー? ウルトラ? 真のネコマタになることができたなら、キジラはその日も実際に体験できるのかもしれない。
夕飯と風呂をおえ、壁の時計を見れば22時を20分ほどすぎたところだった。明日は祝日だ。もう1本くらいビールを飲んでもいいだろうか。
「あ、そろそろだ! お母さんお願い!」
「はいはい」
キッチンで洗いものをしていた妻は、おっとりとリビングに移動した。
右手に置き型のデジタル電波時計を持った娘が、ソファーでまるまっていたキジラを左手で抱きあげてすとんとソファーに腰をおろす。その正面で妻が娘のスマホをかまえた。
キジラが『
撮影日時は2022年2月22日22時22分。
2が10個。圧巻である。しかしここまでくると、0がはいってしまうのがじつに惜しい。
キジラにはぜひとも本物のネコマタになってもらって、200年後に再チャレンジしてほしいものである。
娘の腕から抜けだしたキジラが、ダイニングテーブルのイスにぴょんと飛び乗った。冷蔵庫から缶ビールをとりだして、俺もとなりのイスに腰かける。
「200年後、もっかい写真撮れよ」
『知らん。自分で撮れ』
「いやいやいや、さすがに生きてないから」
『おまえならいける』
「んなバカな」
なぜか自信満々のキジラに苦笑する。
「お父さん、なにひとりでブツブツいってんの。怖いんだけど」
「あ、いや、ちょっと考えごとをな」
まさか俺の遠い祖先に妖怪がいたとか、200年後ほんとうに俺がキジラの写真を撮ることになるとか、そんなこと夢にも思っていなかった2022年2月22日。スーパー猫の日の夜がふけていく。
(おしまい)
再チャレンジは200年後 野森ちえこ @nono_chie
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