第2話 十和
十五歳の
十和は、
女村が廃村後、孤児になり五歳で忍びの郷に連れてこられた。
女村――。大昔、女子と小学生までの男の子しか住んでいない村が存在した。その村は主に
十和を引き取った理由には女村出身は
しかし自由な女村で育った十和にとって忍びの郷は地獄だったのかもしれない。間者の修業と、見知らぬ土地、知らない村人、環境の変化で戸惑ったのだろう。十和はたびたび郷を抜け出しては捕まり、罰せられていた。
半六は年に一、二度、用事がある時にだけ郷に戻る。
(あの日……)
十代の半六は忍びの郷に戻った時に十和を見かけていた。郷から逃げ、捕らえられた末、手首を縛られ雨の中、放置され木蓮の樹の下に座り込んだ十和の死んだような目をしていたことがあった――。
***
ここ数年、忍びの郷は仕事の依頼もなく、今や本当の農夫になっていた。だから逃げたがりの十和でも偽妻として郷を出ることが許された。もし出奔してもわざわざ一人のために探し出してまで罰することもなくなったのと、このまま郷にいても収入が得られないので少しでも食い扶持を減らしたいのか妻役に抜擢された。
間者の普段の仕事は農業で生計を立て、聖獣村の動向と小松家が謀反の動きをしていないかを探る事だ。昔は定期的に伝言者に様子を詳細に報告していたが、今は何かあった時のみ、帝経由ではなく忍びの郷に伝える方向に変わっていった。
七百年続いた郷はほとんど機能しなくなっていたが、帝の治世が続いていることで
***
ある晴れた夏の終わりに十和はやって来た。薄茶色の髪色で肩までかかっていた。年齢より落ち着いていて、猫のような釣り目で、ぱっと目を引く女子だった。
「これからお世話になります。
緊張しているのか、頬が紅潮してあまり笑わない娘だと思った。
「ワシは
「では、半六さん。音羽の姓で結婚の手続きをしますか?」
突然、十和は急に前のめりになりながら、早口でしゃべったので半六は面食らった。
「……いや。いずれ話すつもりだったが、まあいいだろう。実はお前さんを逃がしてやるから東雲姓のままでワシが婿養子に入ったようにしておこう」
「え……逃がす?」
「ワシは前々からよく脱走していたお前さんのことを知っていた。だからそんなに逃げたきゃ手助けしてやるって言っているんだぞ」
「……」
「どうした?」
「――いえ、その必要はないかと」
「なぜだ? あと少しで郷も連絡すら途絶えるさ。たまに国の支給金だと言って郷の者がわずかばかりの金を寄越すが、それも五年前の話で、今や年一回の連絡すらなくなった。あと数年でお前さんは自由の身だぞ」
「……」
こちらが朗報を伝えていると言うのにニコリともせず反応も薄く十和は黙ってしまった。理解したのか分からないが、三十歳の半六と十五歳の十和は仮初めの夫婦になった。
半六は戸惑った。十五も年が離れていて申し訳ない気持ちだった。
――それに十和は女子だ。人を殺める訓練はしていないはずだ。物心つく前から間者として育てられた自分と違って、十和は五歳で連れて来られて、間者として矯正しているにもかかわらず郷の生活が合わなくて脱走ばかりする。従順でない上、性格的にも間者向きではない。だから生まれた時から創られた人間と夫婦になるわけにはいかなかった。
(穢れた俺の血は絶やした方がいい――)
「寝床を共にする必要はない。村の者には見つからなければ男を作ってもいいぞ。ワシの育ての親、
「……」
本来なら藤夫の本当の家族と修業中の半六が暮らせばいいのだが、一家で足抜きする恐れもあったので、人質のように妻子が忍びの郷に残った。今はようやく妻と暮らしているが、子供は十三歳から寮学校に入れたので郷にはいない。間者は血族との繋がりを希薄にさせる必要があった。
間者には色々な組織があって、例えば先祖代々親族のみで間者をしている所もあれば、能力の高い者や職人だけ集めた集団もある。
半六のいる組織は殺生が絡むため孤児のみ育成する。間者が結婚して子供が生まれた場合、その子供は間者にしてならない郷の絶対の掟がある。他には子供を持つと間者の戦闘能力が落ちるため、父と子は別々で暮らすことが多い。あくまで殺生するのは身寄りのない孤児だけ……。
――半六は捨て駒なのだ。
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