第35話 深海

 このままでは夜のとばりが下りてしまう。


 必死になって聖獣隊は麒麟の麟太郎にしがみつく。なおも抵抗して炎熱で聖獣隊を蹴散らす。しばらく霊力を極限まで高め力を振り絞り朱翔あやとは炎舞でお見舞いする。体制を崩した麟太郎に琥珀こはくは冷たい青い炎を叩きつける。


「今だ。蒼翼そうすけ、やれ――!」兵太大将が叫ぶ。

「承知!」


 体力を奪われ肩で息をする。背中の傷が出血していてだんだん体が言うことをきかない。すうと呼吸を整え、覚悟を決め神剣を握りしめると、剣はゆらめきながら長く伸びる。


「闇に落ちるがいい」


 海岸で助走をつけて思い切り蹴って飛翔する。空から風を切り裂くように剣を振り下ろす。すると神剣は蒼翼に応え、雷を走らせ蒼い光泉を放ち蜘蛛の糸のように麟太郎に絡みついた。


「行け――!!」


 力いっぱい闇の空間に投げ飛ばす。麟太郎は泉光を燃やそうと炎をつくり抵抗するが、その炎が業火にかわり逆に麟太郎にまとわりつく。

 引っ張られるように闇の異世界へ―。


 扉は閉じた。


「はぁ、はぁ……終わったか?」

 深手を負い浅い呼吸をする、蒼翼は上空を見つめる。地面が小刻みに揺れる。

「……いや、まだあと二機、戦闘機が来るぞ」


 壱ノ国いちのくにから残りの戦闘機が空から黒い雨を降らせる。聖獣隊は結界を張るが民家に落ち、家屋が燃え広がる。聖獣隊が戦闘機を追った。

 屋根が破壊されたが、既に民は避難していて人的被害が少ないようだ。


「じゃあ遠慮なく思いっきり暴れてやらぁ」


 朱翔の所属する〈東の地〉の聖獣隊や消火活動で出遅れた日ノ国軍も駆けつけ、戦闘機をつぎつぎと破壊する。朱翔が手をかざせば大きな光泉が電気系統を狂わせ戦闘機を墜落させた。「民家に落ちる!」

 バンッ

 間一髪、結界を張り、機体の一部をチリにした。

「う……ちょっとやりすぎた。はぁ、戦闘機は聖獣倒すより力を使う……」

 朱翔は霊力を使い果たし、その場で座り込み倒れた。


「あと一機だ」


 戦闘機は焼夷弾を撒き終わり、ぐるりと旋回して海に戻ろうとしていた。蒼翼は走りながら指二本に唇をあて術を唱えると、雲に二本の指を指した。すると雲が黒くなり小さな竜巻を作る。最後の一機に雷を落とし制御不能となった戦闘機を剣で切り付け、バラバラになった戦闘機が街に落ちないように結界を張った。

「主翼が落ちる!」

 だが間に合わず機体の一部が民家に向かって飛び散りそうになり蒼翼は主翼部分を止めようと体で受けとめるため飛翔する。


「助太刀致す」


 白虎の虎一が風を起こし蒼翼めがけ衝突しようとする機体の破片の衝撃を緩和するため爆風を送り込む。

 衝撃が走り轟音とともに強風がぶつかる。


「しまった!」

 予想外の衝突で蒼翼が遠く空へ投げ飛ばされる姿を捉えた。

「大変だ、蒼翼が!」

 一度、空に投げ出され、蒼翼は意識を失った。霊力が弱くなり叩きつけられるように海面に打ち付け、海の中へと落ちてしまった。


 深い、深い、海の底へ沈む。

 再び意識を取り戻した蒼翼は


(しまった。海の中だ。このままでは溺れてしまう)


 しかし蒼龍の姿に戻ろうにも先ほどの衝撃で手足に感覚がなく力が出ない。仕方なく僅かな霊力で海面に上がろうとしたら、引っ張る者がいた。

 妖しい霊力を放ち、ヒトの様な容姿で全身鱗に覆われた聖獣―。


 ―――人魚セイレーンだ。


 海の底に連れて行こうとグイグイ手首を引っ張る。

(息が苦しい。離せ)

 激しく手足を使って抵抗するのに発光する金色の髪が長く伸び、もがけばもがくほど蒼翼の体を絡める。漆黒の暗い海に深く、沈む。


(……何故? 人魚が)


 思念伝達してみる。すると人魚は蒼翼に顔を近づけ髪を纏わせる。


「実はずっと機会を伺っていたのさ。こんな美しい青年を傍においておきたいと思っていてねぇ。麒麟さまは好きにするといいと言ってくれた。ああ、苦しいかい? お前はわたくしと共に海の底の珊瑚城に行くか? 永遠に年は取らないぞ。それともこのまま死ぬか―選びなさい」


 意識が朦朧とする中


「永遠なんていらない、美和のいない世界なら死んだも同然。僕を殺せばいい」

 そこから意識が遠のいた。



 ***



 美和は朱翔から連絡を受け、海岸まできていた。


 暗くなった港町は視界が悪く、桶をひっくり返したような雨がざあざあ降っていた。ずぶぬれになりながら朱翔を見つけた。

 隊員が本部に戻ってきたが、うなだれた聖獣隊の中に蒼翼がいない。不安だけが大きくなり、胸が苦しい。


「朱翔さん!」


 防波堤にいた、海は荒れていたが避難するほどではなかった。雨に打たれ青ざめた朱翔が美和に駆け寄る。横殴りの雨が体を冷やす。


「美和。ごめん。実は兄が……」

 今にも泣きそうな顔の朱翔。

「壱ノ国の戦闘機を止めようとして海に投げ出された」

「……そんな」


 夜の海を見ても波は高くその姿は分からない。


「どのあたりに投げ出されたの? 暗くて見えない」

「ほら、明りが見える、あの機体の一部が建物に落ちて撤去作業しているだろ。でも日ノ国軍が探しても兄が見つからない。おそらくもっと向こうのあの辺りの海に落ちたんだ。怪我をしているだろうから当たりをつけて……オレは霊力が回復したら一刻も早く海に向かうつもりだ」

「海に……」


 突然、突風が吹いたかと思ったら―雨が止んだ。雲はぐるぐる渦巻いたままだが、風は緩やかに。海面の視界が広がったが、蒼翼の姿はない。


 このまま―。もう二度と会えない?


 蒼翼が冷たい深い海の底にいるのかと思うと胸が痛んだ。

 いつもそうだ。あなたをそこから救い出したい。

 何故か分からないけど、もう、ずっと前からそう思っていた。


 

 私は――。

 私の気持ちは、とうに決まっている!


「朱翔さん」

 グイっと腕を掴む。

「お願い。わたしを軍医として蒼翼さんの所に連れてって!」


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