第32話 神剣

 大陸にある零ノ国ぜろのくには氷の王国、凍てつく寒さの中、蒼翼そうすけ含めて数十名の聖獣隊は到着した。隣国、壱ノ国いちのくににいる妖魔になった氷黒ひょうこくについての調査だ。零ノ国と壱ノ国の間には大きな山脈があり、数年前も戦争しているため良好な関係ではないので、こうして日ノ国は零ノ国経路で大陸に渡ることができるのだ。

 調査と言っても時間が限られる。そのまま壱ノ国に赴き、妖魔になった計蒙けいもうの氷黒を闇に葬るしかない。麒麟の麟太郎と白澤の琥珀が港にもう迎えに来ていた。


「お久しぶりです。聖獣隊のみなさま。あまり時間ありませんので手短にお話ししましょう」

 隊員たちは緊張した面持ちで琥珀の話を聞く。


「まず饕餮の氷黒についてです。日ノ国ひのくにで育った氷黒ですが家族関係が複雑で、日ノ国に帰るつもりはなかったようです。元々、氷黒は大陸の血も混じっていてその親族を頼りに壱ノ国へ渡ったそうです……。

 ―どういう経緯で妖魔の計蒙けいもうになったのか仔細は分かりません。誰も見ていないので。体が大きい饕餮は大酒飲みで、食事は好んで食べていた。誰かと会い、何らかの方法で霊化兵器も飲み込んだようです。饕餮は半獣ですが妖魔になりやすい性質で、すぐ他者といざこざを起こし暴れ、心は常に不安定でした。壱ノ国の親族も氷黒の扱いに苦慮していたようです」

「妖魔になったら、どんな事情があろうとも討つしかない……。聖獣を妖魔にした者だけがを出すことができる。日ノ国を襲えと命令されれば従うだろう」

 玄少佐は深いため息をついて言う


「半獣がこの様になって残念でならないが、我らで解決するしかあるまい。しかし壱ノ国に潜入は戦争が本格的になってきた最中、不可能ではないか?」

「そうだな、零ノ国と壱ノ国の間には大きな山脈があるが壱ノ国に気づかれず、どのように氷黒を見つけ、そして討つつもりだ?」

 麒麟の麟太郎が手を挙げる。

「その点についてはご心配に及びません。零ノ国の別経路を案内いたします」


 兵太大将は白澤の琥珀の方を向いて聞く。

「では、計蒙の氷黒はどのように?」


 白澤の琥珀が静かに言う。

「はい、すでにおさには話をしていて、氷黒を討つべく神剣を賜りました。悪神獣の妖魔には神剣でしか倒すことができません」

「誰が剣で討ち計蒙を閉じるのか」


「その神剣には霊力があるので剣を持つ聖獣を選びます。選ばれた者はずっと離れないでしょう。持ち手が気に入らなければ神剣が応えることはありません。この隊員の中にいなければ、また別の隊員を探さないといけない」


 聖獣隊を一列に整列させ、順番に剣をもたせる。一人、やる気みなぎる青年が持つが剣からは何の返答もなかった。


「くう、俺じゃないのか~」

 虎一がうなだれため息をつく。


 次々と隊員が我こそはと意気込み持ってもまるで反応がなかった。このまま誰も選んでもらえなかったらどうしようと隊員たちは次第に焦り始めていた。ただ一人、手にした途端、電流が流れるように、神剣が青く鋭く光った。


「どうやら相手を決めたようだな。まずはこれを―」


 玄少佐は鞘を渡し―それを受け取る。

 隊員たちも納得したように肩をたたく。


「お前ならきっとやってくれるだろうと思うよ。しっかり援護するから頑張ってほしい」

 戸惑いながらもみんなの顔を見渡した。


「本当に……僕で?」

「―――討つのは蒼龍の蒼翼殿にお願いできるか?」


 蒼翼は信じられない気持ちで、神剣を鞘にしまい剣を両手で持ち、一度スッと瞼を閉じ再び目を見開き真っすぐ隊員を見据え力を込めて言う。


「覚悟をもって拝命しました! 」

「おお――っ承知!!」


 隊員もそれに応える。兵太大将は盛り上がるところを制止し、聞こえるように響くように言う。

「そして、計蒙の氷黒を閉じるのは長だ」

「!」

 隊員たちが動揺する。長が動くというのか―。


「たった今入った情報では悪神獣の計蒙となった氷黒が海を渡って日ノ国に向かったそうだ」



 ***



 日ノ国の〈東の地〉から空を見上げ、朱翔あやとは兄のことを考えた。蒼翼が〈西の地〉に発つ少し前に正直に言ったことがあった。

「美和が気になる」と。


 たとえオレが美和を奪ったとしても怒らない気がしていた。最初の婚約が解消され、親父が早々に決めた縁談だ。それに年下の美和のことは兄が中学を卒業して離れていたので年に数回会う程度、好きでもなんでもないと思っていた。そうしたら予想外の事を言い出した。


「朱翔も僕から大切なものを奪おうというのか―あの女のように」


 あの女? 温厚で冷静な兄から初めて聞く怒気を帯びた悲痛な本音。ようやく分かった、兄の気持ちを。そうか兄は母に対して思っていた感情は複雑なものだったのか。オレは自分の地位にしがみつき他人を蹴落とす母が嫌いだったが、二人の間にあるものは昨日今日の話ではなく、もっと前から、母から受けた――遺恨があったというのか……?

 オレは今まで自分に正直に生きてきたけど、軽はずみな言葉を言ってしまったと後悔したら、続けて兄は今まで見たことないような表情で顔を近づけ挑むように言う。

「……いいよ。それは美和が決めることだから好きにすればいい―

 だけど、僕は譲るつもりはない」

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