第30話 悪神獣の計蒙

「この前の蒼翼そうすけらを銃で襲った者は日ノ国の軍人だったぞ」

 白虎の白柳虎一しろやなぎとらいちは言う。

「やはりか」


 聖獣隊は〈西の地〉にある特殊部隊の施設から離れ、とある場所で作戦会議が行われていた。帝の護衛を外されてからというもの日ノ国軍が聖獣隊を警戒しているからだ。現世うつしよ常世とこよの狭間にある「透ノすきのま」にいた。

 蒼翼の他、数十名が銃で撃たれた。いずれも軽症か結界を普段から張っていたので命が奪われることはなかった。


「日ノ国軍と全く接点はないが、戦争を始めるため聖獣隊の存在を煙たく感じたというのか?」

「それもあるだろう、他には聖獣隊内部を揺さぶる狙いがあったのではないだろうか」

 貔貅ひきゅうの兵太大将が首をまわしてから両手を組み、長机に肘をつきながら語る。

「我ら聖獣隊の援軍なくして日ノ国軍はどのように強国である壱ノ国いちのくにを攻めるつもりなのか。兵器など零ノ国ぜろのくにから導入しても壱ノ国に劣るだろうに」

「そうだな、我々も援軍を頼まれたところで、もう……」

「……」


 会議は始まったものの、隊員たちは浮かない顔だ。民に対して聖獣隊批判を発表した日ノ国軍。聖獣隊の半分以上はこの騒動をきっかけに異界に入ったまま現世に戻らなかった。日ノ国軍の狙い通りと言うべきか。聖獣隊の在籍期間は長くても十五年と決まっている。退役すれば異界に戻るか、人間界で住むかどちから選択できる。戻らなかった聖獣隊のほとんどが十年近く在籍していた隊員だった。


「先輩方には悪いが、信じられないぜ」


 机を力任せに叩く。虎一は怒りが収まらない様子だ。

「確かに帝の護衛を外されたのは心外だ。だからって異界に戻るなんて……。それこそ壱ノ国の思うつぼだろ。帝以外の皇族の警護は聖獣隊のままだ、皇太子が掛け合ってくれたそうだ。信頼してないのは帝だけだ。挽回できる今こそ一致団結するときじゃないのかよ」

「気持ちが分かるが落ち着いてくれ。遥か昔、帝の始祖と聖獣村のおさが契りを交わしたのが始まりだ。我らは天啓を受け、代々帝に仕えてきた。それだけに皆、現帝に失望したのだ、もう戻ってくることはないだろう。彼らを責めることができようか。私は人間の妻と結婚したから異界に帰ることはないが、なんのしがらみのない君たちは好きにしたらいい」

 玄少佐は穏やかに言う。


 蒼翼は首を横に振り、

「いえ、僕には婚約者がいるので異界に帰りません。国のため仲間のために共に最後まで戦います。このままでは壱ノ国に滅ぼされてしまう」

「そうだ、人間界で生活する民や半獣のためにも戦うぞ!」

 虎一もそれに続く。兵太大将が手を挙げる。


「――報告がある。饕餮とうてつ氷黒ひょうこくが壱ノ国へ渡り、霊化兵器を飲み込んだそうだ。妖魔の計蒙けいもうになった。計蒙とは氷黒そのもの、悪神獣の妖魔だ。直ちに氷黒を止めなければならぬ」


「霊化兵器って大陸の異界で作られたものだな。悪神獣のになったのか……。では、どのように計蒙となった氷黒を討ちますか? 調査しようも人手も時間もない」

「うむ。討つ算段がつけば日ノ国軍も協力すると聞いた。一度、零ノ国へ飛び、麒麟の麟太郎殿が情報を掴んでいると思われるので、情報を共有し、のち壱ノ国へ向かえ。そして任務を遂行し―


「……!」

 必ず戻れとは、死ぬ覚悟を意味している。それでも皆は応える。


「承知‼」


 蒼翼ら数十名は大陸にある極寒の地、零ノ国へ赴く準備をしていた。隊員が少ないこともあって、思ったより手間取っている。ただでさえ薄暗い長い廊下の灯りが点滅していて今にも消えそうになっていた。


「蒼翼」

「なんだ、虎一」


 寮に戻り、航空母艦に乗る前の荷物確認をしていた。虎一が言いにくそうに壁にもたれながら立っていた。


「俺は独り身だからいいさ。けど、お前は婚約者いるだろ。このまま零ノ国から壱ノ国へ向かったら二度と戻ってこられないかもしれないぜ」

 一度手が止まり、振り向き眼光鋭く虎一を見る。


「だから何だ? ここにいる隊員はみな覚悟の上だ。お前も同じだろ」

 蒼翼にしてはやや乱暴に鉄製の寝台に座り靴紐を結ぼうとする。虎一はそれでも言う。


「なあ、氷黒の計蒙は他の奴に任せておけ。この前も〈東の地〉は空襲あったぞ。異界の入り口は吹き飛ばされて無くなった。もし何かあった時、婚約者殿を助けには行けないぞ」


 靴紐が長いからなのか、なかなか結べない。

「日ノ国を守ることは彼女を守る事になる。美和のことは〈東の地〉にいる弟の朱翔あやとに頼んである。あいつの評判知っているだろ? 役に立つ。それに僕に何かあったらその時は、忘れてほしいと手紙に……」


 否、手紙には書けなかった。『必ず帰る』と、美和を待たせるようなことを書いてしまった。軍人である以上、有事にはこうなることは分かっていた。


 ―それなのに僕はなぜ、望んでしまったのか。


 靴紐をようやく結び、脚絆を装着し軍用鞄を引っ提げ寮をあとにする。



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