第27話 春疾風
「手紙読んだよ。
「えへへ、ありがとうございます。まだまだ未熟ですが、これからも沢山の患者を助けていきたいです」
「この前の
「いえ、ちょうど、
「君はこの〈東の地〉で親元を離れ頑張っているね。尊敬しているよ。僕はね、この国を守るために入隊したけど、それは父の悲願でもあったわけで、本当にやりたいことなんて僕にはないのかもしれない」
「そ、尊敬だなんてそんな。私はまだ何もできないペーペーですよ。蒼翼さんこそ、お父さまの願いとは言え、数々の厳しい訓練を突破できるなんて誰でもできることじゃないわ。立派だと思います」
「……異界で、僕の父は国を築いていた皇家の末息子だと聞いている。色々あってそこを追われて聖獣村で暮らしていたらしいが、その
(ちょっと待って、異界で国を? 常世では高い地位にいたってこと?)
「そうは言っても、半獣でも戦場に出るからには死ぬこともあるだろう。僕が軍人になったのは父の意向もあるけど朱翔を戦争に行かせないため、店を継いでもらうはずだった。あいつときたら勝手に聖獣隊になってしまって、どうにか実家に戻って欲しい。日路里家を絶えさせる訳にはいかないのに」
何のために父が妾まで囲って―。
座ったまま悔しそうに顔をしかめる。
「あの……」
「なに」
「朱翔さんは蒼翼さんに家を継いでほしいと言っていました」
「はぁ、あいつは何もわかってないな。あの家に僕の居場所などない」
蒼翼は朱翔に呆れたような淡々とした言い方だった。怒りも哀しみも感じない。それなのに視えてしまったのだ。少しだけ過去が。目の前に飛び込んできた、幼い頃の哀しい瞳をした蒼翼さん。
―蒼翼の母は―継母に精神的に追い詰められ―死んだ―
―他にも妾がいたのに―朱翔の母が全部―追い出した―
誰かが噂する声―。
『……なさい……』
継母が幼い彼に何と言った?
『あなたがいると私の立場が危ういの……私の為だと思って跡継ぎを朱翔に譲りなさい―。それとも消えてくれない?』
(……なんてひどい……)
今度は蒼翼を精神的においつめようとする継母。心休まらない家。辿り着けないような深い海の底に諦めたような瞳をしていた。いつからそうやって心の折り合いつけながら一人で闘ってきたのかな。あなたをそこから救い出したいと思った。あの時も(……あの時?)
「どうした?」
蒼翼の言葉にハッと我に返ると頬を伝う温かいものが溢れ出た。
「え? なんで美和が泣くんだ。前にも言ったがもう済んだことだと―」
蒼翼はオロオロする。泣いている美和を初めて見たから。
「ごめんなさい。治癒師の仕事をしていたら蒼翼さんの過去が視えてしまった」
「……治癒師の仕事というのは過去が視えたりするのか?」
「ええ、たまに。でも視えたのは、幼い頃の蒼翼さんがいて。お母さま、継母さ……。いえ、そんなに詳しくは分からなかったです」
きっと断片的に視えたものは大したことはないと思ったが、ただ美和を見つめ、何かを言おうとしたが言葉が紡げない。
「私……勝手に見ちゃって、ごめんなさい」
蒼翼はハンカチをとりだし、ためらいながらそっと美和の涙を拭う。
「いいや、きっと僕がそれでも構わないと思っていたのかもしれない、僕の胸の内を。まさか僕の母の葬式に来ていた日のことを……思い出したのか?」
「へ? 葬式……全然、覚えてないわ」
(蒼翼さんのお母様の葬式? 父様と同級生だからお葬式に行っていたとしても不思議じゃないか)
「いや……何でもない」
蒼翼さんはもう愁いに満ちた顔はしていなかった。
夕暮れ時、帰る時間になったので駅のホームに立っていた。蒼翼を見送るためだ。おもむろに蒼翼はポケットから取り出し美和の手に渡す。
「渡しそびれたけど、零ノ国製の万年筆だ。気に入ってくれるといいけど」
美和はカポッと箱を開けると、見たことないような真っ白な万年筆だった。
「わぁ。白って好きです。いつもありがとうございます。私、これで手紙書きますね」
「うん」
「蒼翼さんはまた〈東の地〉の軍学校に通われるのですか?」
「いや、海軍の学校は卒業した、留学先から戻ったら帝に仕えるため〈西の地〉に配属された」
「そう。やっと会えたのに……残念です」
『治癒師の仕事を辞めて彼の傍で支えないの?』
でもまだ治癒師の駆け出しだから追いかけることなんてできない。私にはまだやらなくちゃならない夢がある。でも蒼翼さんの事ももっと知りたいなんて……もどかしい。
「そんな顔をしてくれるのか?」
「あっ……」
あれ? 美和は思わず両手でぺちぺちと頬を触った。
「大丈夫だ。僕は離れていても気持ちが変わったりしない。僕は帝をお守りする使命がある。命を落とすかもしれないし、その覚悟も考えて、十五歳になった時に返事を聞かせてほしい」
「……はい」
「手紙書くから。もし戦争が始まりでもしたら配達が遅れることもあるかもしれないから、また大岩のある場所から手紙を待っていて」
「戦争……」
蒼翼さんから言われると現実味を帯びてくる。一見、平和が保たれた様に思えたが、だけど、違うのだと。
聖獣隊はどのように帝を守ってゆくのだろう。敵対する国からまた誘導弾が放たれた場合、もう昔のように結界や霊力では防ぐことは難しいかもしれない。そうなると、この国も蒼翼さんも……。考えたら怖くなってきた。
「心配かい」
「ええ、蒼翼さんが」
「え? 僕?」
思わず、蒼翼さんの袖を掴んでしまった。自分の行動に驚きつつ、でもどんな顔をしていいか分からずうつむいた。彼は少し躊躇いながら優しい笑顔を見せて、そっと頬に触れた。美和はびっくりして思わず顔をあげた。
「あ、ごめん、つい。僕を心配してくれて嬉しい。僕は仲間もいるから大丈夫だよ。君のことは〈東の地〉にいる朱翔に頼んでおいた。この前も美和を助けてくれたし僕よりも聖獣能力高いので、安心して任せられる」
「……」
電車の警笛が鳴った。
風が通り抜けると同時に電車が止まった。掴んだ袖をそっと指をはなす。下車する人達を待ってから車内に乗り込み、硝子越しに美和を見つめる蒼翼に何も言えない。木々が風で揺れる。髪も舞うので手でおさえ、あっという間に遠くに駆け抜けていく電車を見送った。
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