第26話 嵐の前の再会
都会の〈東の地〉は雪があまり降らない。屋根から
春には
『婚約者殿
大陸の零ノ国から一週間かけて〈東の地〉に帰ってきます。着いたら会いにいきます』
と書いてあった。一緒に手紙を見ていた梅さんに優しく微笑まれて照れる。
「美和さんは婚約者さんに大事にされていますね。私は結婚相手に恵まれなかったので、もう結婚は懲りました。ですが、恋愛はしてみたいです」
「いいですね」
「はい、たとえお見合いでも、ゆっくりお互いを知っていくのはうらやましいです。美和さんの話を聞くだけでも楽しいです。今度、デェトされるのですね」
「はい。でも何を着ようかと。忙しくて服を買う暇がないです」
「では、私はミシンを持っているから作ってさしあげましょう」
「えっ梅さん、作れるんですか?」
「ええ、私が持っている古い着物を異国風にしてあげますね」
春は待ち遠しい
桜は舞い草木が芽吹く季節
そして大陸から
大きな春の嵐と共に災いがやってくる
***
「そろそろ、蒼翼さんの乗った電車が来るな」
梅さんに仕立ててもらった着物生地のレトロ柄のワンピースを着て待っている。黒のエナメルの靴に鞄とお揃いにしてみた。
ドキドキ……。去年はキラキラオーラの蒼翼さんにやられて逃げてしまった。今度は冷静でいられますように。
遠くで警笛が鳴る。もうすぐだわ。
ゴゴゴゴゴプシュー
「電車が止まった。蒼翼さん降りてくるかな?」
キョロキョロ、ここは大都会、〈東の駅〉のホームで待っていると人が多くて大混雑、どこをどう探せばいいのやら……。すると聞き覚えのある、美声の持ち主は。
「美和」
「え? どこですか?」
人混みに紛れて声はするのだが、姿は見当たらない。
タッタッタッタ
振り返る、蒼翼の姿が見えたと思ったら気が付くと軍服が目の前に飛び込んできた。
「美和、久しぶりだね」
蒼翼が軽やかに美和を包み込む。
「うわぁぁあ」
(近っ。近すぎる)
恥ずかしさのあまり蒼翼さんをドンと突き飛ばす。真っ赤になった美和は顔を鞄で隠した。
「蒼翼さん……人前での抱擁は……」
「あ、ごめん。大陸式挨拶(ハグ)が癖になってしまって、つい」
「はぁはぁ……私は島国育ちの日ノ国人ですけどぉ~」
(ああっ、びっくりした。ちょっと蒼翼さん大陸式挨拶慣れすぎでしょ)
「それと、今日は特別に訓練しておいた簡易的な結界を君に張ろうと思って。これなら美和が銃に撃たれても逸れるようにしておいた」
(簡易的な結界って何だろう?)テキパキと結界を施す。
「今日は一年ぶりに美和に会えたから、どこ連れて行こうかって考えていたけど、よくよく考えたら留学していて僕の方が〈東の地〉の事を知らないって思った」
「そうですね。むしろ私の方が案内しないといけないですね……」
うう、ずっと働いていてあまり知らないな。あ、でも、
そして蒼翼は美和の顔をまじまじと見る。
「去年より背も伸びて、髪も伸びたね。可愛いよ。誰かに言い寄られてないかい?」
「あはは~。まさか」
(あなたの弟に言われた気もするが、だいぶ前?)
さてどこに行こうか迷ったが、田舎にはない〈東の地〉の若者の間で人気のデェト場である動物園に来た。ここは病院のテレビで観て一度行ってみたかった場所だ。
今日は空が青く公園の緑は青々として気温も高くなってきて、桜の花びらが散り終わろうとしていた。園内の公園の人工池でフラミンゴが優雅に歩く。
「見て蒼翼さん、桃色で可愛いフラミンゴ。私、初めてみた!」
「ゾウさんだ。すごい絵本でしか知らなかったー大きいわ、蒼翼さん」
「ね、蒼翼さん、クロヒョウがいるわ。逃げ出さないかしら~」
普段、会えないので今日は蒼翼さんの名まえをいっぱい呼んでみた。
「ふむ。美和は動物好きなのか」
「聖獣様も好きです。白虎とか見てみたいかも」
「美和、僕らは聖獣であって獣じゃないぞ、まさか僕らを捕らえて動物園で展示する気でいるのか? それなら無駄だ。普通の人には聖獣は見えないからな」
「も―、なんで話が飛躍するんですか」
蒼翼は美和に突っ込まれ、自分がしゃべりすぎて恥ずかしくなったのか、美和をチラッとみて、軍服姿で園の芝生でゴロっとする。
(蒼翼さんは寒い零ノ国にいたから、日ノ国は暖かくていいのかな。今日はとてもいい天気だ)
「あれ、軍人さんがゴロゴロしていいの~?」
覗きこむ美和。
「今は結界を張って、人に気配を感じられないようになっているから大丈夫」
なぜか顔をななめに傾けいたずらっぽく美和を見る蒼翼。
「そうなの? じゃ、思い切って私も横になるね」
(時々、猫のようにつかみどころがない魅力があって困惑する。自然モテ男? なんかズルいな)
美和も芝生の上で横になり、いつも忙しくしているためか二人はしゃべらず、ただボーっと空を眺めていた。ぽかぽかと暖かい日差しでウトウトしてきた。
太陽の光が眩しくて顔に陰を作ろうと少しだけ蒼翼さんの方へ体を向けてみたら、蒼翼さんの顔が思ったよりも近く目が合った。
「……」
まつ毛が長い。吸い込まれそうな優しい蒼い瞳だ。あまりに近すぎて気まずくなったので思わず起き上がってしまった。
「そうだ」と思い出し、美和は小さめの風呂敷を広げ、竹皮で包んだおにぎりを差し出す。水筒に入ったお茶もカップに入れた。
「よかったらどうぞ」
「美和、作ってきたのか」
「はい、梅と昆布の2種類あります。お茶もどうぞ」
「ありがとう」
「たくあんも食べてみてください。仕事は見習いで忙しくておかずが少なく、すみません」
「あやまる必要はない。それに時間がない中、美和が作ったおにぎりは貴重だな」
「ええ? 大げさですよ~」
蒼翼は一つおにぎりを手に取り、嬉しそうに食べる。
「美味しいよ」
「ギャーギャー」「グゥオオオオ」
動物が後ろで騒ぎ始める。
そうだ、ここは動物園だった。普段聞かない猛獣の声や大鳥が合唱している声を聴くと
風がそよそよ吹いて気持ちいい。いつも気を張っているから今日くらいはのんびりするのもいいよね。でも芝生にゴロって、蒼翼さんってこんな感じの人だったかな?もっとキリっとしているイメージだったけど……。
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