第24話 ソヨゴ
トントントン
階段を下りてきた、
「あれぇ―? こんな所で何しているんだ。そちらは
「ちょっとそこの軍人さん、あなたに関係ないでしょ」
「いや、蒼翼は俺と同部屋で友人だから関係なくはないな~」
「……」
明花は虎一を忌々しげに睨む。
「蒼翼を追いかけるのはやめな。それにアンタ周りが見えないのか? 国が戦争するかって時に呑気に親の金でこんな異国まで来て、しかも侍女やいかつそうな護衛まで引き連れて、どんな覚悟だよ。蒼翼のこと好きでも何でもない。そんなのはただの執着だ」
「友人だか知らないけど傷つくことを平気で言わないで」
「ああ、悪いな。これくらい言わないと伝わらないと思って」
「……ひどいわ、私が悪いの? 婚約を解消した時もそう、肝心なことを言わないのはあなたよ!」
バタン
ドアが閉まる。明花が出て行った。
青ざめた蒼翼がゆっくり虎一に近づく
「虎一、迷惑かけたな。明花さんは元婚約者だ」
「いいって。でも、余計こじれちゃったか」
「あの時、ちゃんと断ったのに、どうしてこうなったかな……」
「そりゃ―お前が色男だから、な」
「いや、僕が中途半端な言いわけをしたせいで、また彼女を傷つけてしまった」
***
ここは
「美和さ―ん。手紙が届いたわよ」
階段下から寮母のたつ子さんの声がする。たつ子さんは数年前の大陸の
「はーい。誰からだろう?」
階段から下りてきて、手紙を受け取る。宛名を見て嬉しくなった。
「琴ちゃんからだ」
ガラッ。寮の外に出ると、目の前に大きなソヨゴの木が植えてある。たつ子さんの息子さんが戦死したので植えたそうだ。
たつ子さんは風に揺れるソヨゴを見ながら
「せめて出兵前にお嫁さん迎えればよかった」と後悔していた。嫁側からしたらそれは困る話だけど、立派に育てた息子さんが結婚することなく海に消えたとなれば言いたくなるのも仕方ないのかもしれない。
ソヨゴはすぐ成長し木陰にはちょうどよかった。その木の下に腰を下ろし手紙を読むことにした。
『美和ちゃんへ
―お久しぶりです。手紙をもらい、美和ちゃんの活躍を聞いて、ますます〈東の地〉に行きたくなりました。報告があります。応募した私の油絵が金賞獲りました。困難に立ち向かう女性を描いたの。今まではきれいな風景画を描くことが多かったけど、人物を描いてみたくなったの。美和ちゃんにも見てもらいたいな―
(へえ。琴ちゃん凄いな)
絵を描いている彼女の横顔を思い出す。琴子の絵は
次の瞬間、美和は目を見開いた。
―あのね、この前、お見合いをしました。中学卒業したら嫁ぐことになります。だから、〈東の地〉に行ってみたかったけれど無理みたい―
(琴ちゃん……どうして?)
抗いたいと言っていたのに。中学校だって芸美ノ術科のある学校にした。目を輝かせいつか、大学に行くって言ったのに……。
チャリーン
急に風が吹きソヨゴの木の葉がザワザワと騒ぎ始める。遠くの山々や田植え、自然の風景を好んで、小高い丘からパレットに色を混ぜ油絵を描いていた琴子が筆を置き、
―あんなに嫌がっていたのに、どうしてお見合いなんかって思っているかな。条件がよかったの。うちより格上の身分の方との結婚です。父上はずっと渋っていたけど、実は、白状しちゃうとね、わが家は財政難で家を維持するのも大変でした。幸い援助してもらえるそうです。お相手の方も悪くないわ。父上に少し似ているけれど、優しそうな方よ。母上もお相手を見つけるのにさんざん苦労をして最近は体調まで崩しちゃってね。祖父母からも厳しく言われていて重圧を感じていたと思う。
それなのに母は「断ってもいいのよ」っていうの。どこまでも優しい人なんでしょう。お断りするなどできようもないけど、それでもそう言ってくれて嬉しかった。私は大きなことを言っていたのに結局、自分の意志を貫くことはできなかった。本当のこと言うとね、〈東の地〉に飛び込んでいくのが怖かったのかもしれない。もう自分で決めたから今は前向きに考えるようにしています―
―でも、ひとつだけ後悔もしているわ。
今さらだけど、ちゃんと恋愛すればよかった。私は恋も知らずにお嫁にいくのかと思うと、情けない話です―
(琴ちゃん……)
ソヨゴの葉が風に吹かれハラハラと足元に落ちる。鼻の奥がつんと痛み。文字が滲んで読めない。こぼれないように指で拭い空を見上げる。
田舎だから、もう少し自分を押し通すことができたなら、周りに迷惑をかけるなんて思わないで、何もかも捨てて、〈東の地〉に行くことができたなら……。
―結婚決めたら、美和ちゃんと遊んで楽しかった日々を思い出して、もうあの頃には戻れないね、気が付くと涙が止まらないです。こんな私ですが祝福してください。
(琴ちゃん、私はあなたを自由にしてあげたかった)
だけど、あなたは決めたのね。
風が冷たい、たとえ向かい風が吹こうとも、自分の道を振り返らず進んでいくと決めた。
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