第23話 押しかけ女房
翌日、病院の寝台に移され横になった梅さんは少し顔色が良くなった。地方から戻ってきた千穂師匠に鎮痛剤をわけてもらった。
「もう、大丈夫ね。炎症が収まれば、もう仕事してもいいわ」
「よかった」
「それと、美和さん、おめでとう。
「ありがとうございます。もっとがんばって治癒の精度を上げていきたいです。でも、私、余計な所まで見てしまって。その、梅さんの過去まで……」
「あっはは、そうかい。過去まで見られたなら、きっと梅さんが知って欲しいと思ったからだよ。いつも見えるわけじゃないから安心しなさい」
「そうなんですか」
「梅さんの過去は私も知っているよ。私が心の治癒した患者だったからね。そう、息子さんがいてね。七歳くらいかな」
「ええっ梅さんに、お子さんがいるのですか?」
「今は別々の場所で暮らしているけれど、治癒師になれたら、一緒に住む予定だよ」
梅さんの並々ならぬ熱意や努力はしゃべれなくても知っていた。
子供と早く一緒に暮らせるようになるといいな。
「治癒師は何も病気や怪我だけじゃないのよ。心の傷も治癒師の仕事さ。たとえ外傷的な治癒ができなくても、彼女なら心の治癒師になれると思っているのだよ」
治癒師の仕事が初めて出来るようになって、私は今、とても
深夜、ひとまず勉強を終え、引き出しから便箋を出す。引き出しの中に入れておいた蒼翼さんに貰った栞に目を留め、そっと触れて眺めた。押し花の栞。この赤い花は何だろうか。裏返すときれいな字で「
「雪椿の花言葉って何だろう……梅さんに聞いてみようかな」
栞を見ながら机にうつ伏せたまま眠りについた。
***
あら、ちいさい龍だわ
お腹の赤ちゃんが気になるの?
生まれたら仲良くしてね
私にはわかるの
あなたにとって
特別な女の子になるはずだから
***
今は秋、徐々に寒さが厳しくなる大陸の永遠の冬の国、
白虎の虎一は蒼翼が落ち込んでいるのは知っていた。
(前は情けない野郎だと思っていたが、最近は応援したくなってきた。俺にはそんな風に思える女子はいねーからな)
「今日は俺が湖の入り口近くに行ったら、白澤の琥珀さまがいて、あと一人の消息不明者は聖獣村出身の
「確か最初、虎一の情報では聖獣に覚醒してないって言わなかったっけ?」
「そこだよな。どうやら国や聖獣村に申告してなかったようだな」
「そうか、早く見つかるといいが……」
「拉致されている可能性だってあるぜ。麒麟の麟太郎さまが探りをいれてくれている。あ、そうだ。湖の入り口ポイントに行ったら、人魚が水面に出てきてくれて助かった。俺、白虎だし、お前みたいに龍に
「僕が行けばよかったか」
「ついでに頼まれた。ほら手紙だぞ」
「美和からか?」
口元がほころんでいるので思わず手紙を高く揚げて蒼翼にとられないようにする。
「ほう。婚約者殿は美和って名なのか」
蒼翼は「ふざけるなよ」と虎一を羽交い絞めする。
「あっはは~。俺が悪かった。分かった、分かった」
虎一は観念し手紙を差し出す。受け取ると早速、読んでいる。やっぱかわいい奴だ。
「何て書いてあったんだ?」
「人を治癒する事ができるようになったそうだ。会って祝いの言葉を言ってあげたいな」
コンコン
どうやら蒼翼に客人が来たらしい、下に来て欲しいと。部屋の階段を下りていく。こんなところに客人? 気になって様子を見に行く。
思いもよらない客人に蒼翼がしばらく茫然とした。
「明花さん……お久しぶりです―。どうしてここにいるのですか?」
蒼翼は混乱している。ここは氷の国で大陸だからだ。
「蒼翼、ああ、会いたかったわ」
白い防寒帽を被り、暖かそうな毛皮を着て髪をなびかせながら駆けよってくる明花。
「こんな寒い零ノ国に……。大陸旅行に?」
「違うわよ。私、蒼翼の押しかけ女房になろうと思いまして。何もかも捨てて来ちゃった」
すっきりとした明花の微笑みとは対照的に蒼翼は顔がみるみる青ざめる。
「……冗談はやめてください。明花さん」
「私は本気よ。婚約解消になってから後悔していたの。あのね、安心して。もう父に宣言してきたわ。蒼翼を追いかけるって言ったの。まあ、母も呆れていたけどね。それより急でびっくりした? 今日の所は大丈夫よ。侍女とホテルに泊まる予定だから」
「……僕は困ります」
「何故? 東雲美和さんとはまだ正式に婚約してないじゃない」
「落ち着いて下さい。前にも話したと思います。明花さんとは結婚できない。父も承諾できないでしょう」
「そんなのは二人の間でなんとか解決できるはずじゃなくて? 親の承諾なんて時代錯誤もいいとこだわ。ならもう、なにも障害ないわ。父の会社だって継がなくていいのよ。軍人の嫁でもいいの。今度こそやり直しましょう。私はあなたに一生ついていきます」
「それは――無理です」
冷たく言い放ち静かにドアを開ける蒼翼。
「帰ってください。あなたのことは……もう終わったはずです」
「いやよ。だってもう絶対離したくないの、蒼翼を」
明花は蒼翼の胸に頭を押し付けた。しかし彼から肩を掴まれ引き離される。
「何で……。誰よりも私が一番あなたを大切に想っているのよ。蒼翼が軍人にならなければ今頃は結婚していたわ」
「……ですが」
「東雲さんには同情しているのでしょう? あの方、貧しいお家だし、卑しい子ね、そうでしょう?」
「……」
「違うのね……。だとしたら尚更、嫌だわ」
「僕は――」
「だめよ、あの子だけは。だって蒼翼が本気、なんでしょ?」
「……」
蒼翼は目を伏せる。
「蒼翼があの子と一緒になんて私は絶対に認めない」
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