第19話 木霊
「この前、蒼翼さんに案内してもらっておいてよかった」
引っ越す前、父様が奮発して買った白い
海沿いに建つ家は異国の影響受けたような煉瓦の住宅が建ち並ぶ。半世紀前に流行った建築様式だ。表通りから四方に路地裏が迷路のように張り巡らされていて、迷いそうになる。そこを通り抜け、だんだん木造の古い町並みに変わり、坂道の小径を抜けるとそこはすぐ森の入り口だ。
「確かこの辺だったな。あった!」
美和ははやる気持ちを抑えきれず走る。小さな森だけど木が高く日中でも薄暗い。苔が生えた大岩がひっそりと草木の間に隠れ存在した。風が吹く。森に木漏れ日が降り注ぐ。ザワザワ、木々が揺れ、湿った空気が流れる。手紙がないか周りを見渡すが、それらしきものがない。
「まだ、手紙ないのかな。んん?」
足元を見ると、苔に覆われた岩と草木の間の薄暗く陰った場所に、小さくて丸い半透明のモノが手紙を持っていた。おずおずと手紙を渡そうとする。
「ええっ、これ私に?」
(もしかしてこれって
「ありがとう」
手紙を受け取ると、丸くて半透明のものはシャボン玉のようにパチンと消えた。
「蒼翼さんてば、手紙に細工するって言っていたけど、この子にお願いしたのね」
想像すると……ふふ。楽しくなってきた。
手紙を開くと半透明の封筒が入っていた。
(この封筒はなんだろう?)
美和は小さな石を椅子代わりにして腰を下ろし手紙を読んだ。
『婚約者殿
お元気ですか、僕は無事、海を渡り
(はっ! 私いま、顔が惚けていた?)
ひらり、栞が床に落ちた。急いで拾って見ると押し花の栞だった。
「この栞の押し花、赤くてかわいい」
蒼翼さんが作ったのね。忙しいのにどうやって時間割いているのかしら。いつももらってばかりだから、私も何かお礼できたらいいのだけれど……。私の手紙で癒されるのか。それなら私は急いで手紙を書かないといけないね。
***
寮に帰る途中で古本屋に寄ったら、朱翔にばったり会った。
「よぉ」
「あれー? 蒼翼さんに聞いたけど、本当に〈東の地〉にいるのね。この辺の進学校でも通っているの?」
しーん。少し間があってから
「ああ、まあな……」
(これまた、奥歯に物が挟まったように言いにくそう。って、よく見ると朱翔が軍服を着ている。ちょっと待って)
「あの――、中学生って軍人になれましたっけ?」
朱翔は自分の身に着けている服に改めて気が付き、視線を逸らし決まりの悪そうな顔をして
「……オレは特別な訓練を受けているから中学生でも日ノ国軍人になれたんだ」
「そうですか」
これ以上、詳しくは話してもらえなさそうなので「じゃあね」と言って帰ろうとした。
すると朱翔が振り返っていう。
「お前にずっと謝ろうと思っていて、最初に会った時から失礼なことばかり言って悪かったな」
美和は、きょとんとした。日ノ国男児が……謝っている―なんてあり得ない。
「ただ、兄の嫁の椅子に座りたいだけの女だと思っていた。オレの母みたいにさ……。
朱翔はやっと言えたのが嬉しかったのか満足し、足取りも軽やかに本屋を後にする、美和はじんわりと心が温かくなった。
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