第17話 記憶

「あぶない!」


 銃声の音が響き、視界が揺らぐ。

 叫ぶと同時に蒼翼そうすけは美和の脇を抱え、一度片足を踏み込み、ふわりと浮かぶと空が下に海が上に反転した刹那、


「え?」


 空高く舞い上がっていた。


「ええええええ」

「僕につかまって」


 蒼翼の方を見ると、銀色の長く伸びた髪が美和の目にかかり、手で払うと青白く光る鱗が目の前に飛び込んできた。蒼翼は龍に変化へんげしていた。動揺して落ちそうになり、夢中でしがみつくものを探す。


(……って、どこつかまればいいの? 龍のひげ? たてがみ? それともつの?)


 冷たい風を受け、恥じらいながら着物を少し広げ、龍の背中にまたがり、しっかり鬣を掴んだ。ようやく落ちないように体を安定させた。


(そういえば、一歳の時に助けてもらったんだっけ……)


 龍の背を見ながらふと蘇る遠い記憶……

 幼い頃、父様を探して迷子になり

 転んで崖から落ちその時も空と地面が反転した

 すとん、柔らかい小さな龍の背中に乗った

 あれは―蒼い瞳の龍の蒼翼さん


「も、―もう限界。寒いです。ゲホゲホッ」

 雲が触れるくらいまで高く飛ぶので息も苦しく訴えた。


「すまない、僕も長時間乗せるのは難しい。今から降ろす」


(初めて龍の姿を見た時は興奮して気がつかなかったけど、龍の姿でも私と会話できるのね。声帯どうなっているの? ひょっとしてこれは思念伝達テレパシーかしら)


 海から近い隣町の森の奥にすっと舞い降りた。美和を降ろすと、小さな竜巻が枯葉を巻き込みながら彼に纏いくるくる旋回しながら人の姿に戻った。


「もうここなら安心だ。一体何故こんな事に……。僕に銃を向けられていたと思う。君を巻き込んで申し訳ない。もしも美和が撃たれていたかと思うと……怪我はしていないか? 本当にすまない」


 両手で頭を抱え座り込んだ。小刻みに震える蒼翼。責任を感じているのだろうか。美和は広がった着物を整えてから、美和は別の意味で震えていた。


「いいえ、私は大丈夫です。蒼翼さん!」

 そして、美和は蒼翼の手をぐぁしっと掴んで顔を近づけるが、迫力に押され蒼翼は思わず体がのけぞる。


「な、なんですか」

「私、思い出したんです! 幼い頃、蒼翼さんに助けてもらった記憶を!」

「……え」

「やっぱり、蒼翼さんは命の恩人だったんですね。感激しました」

「いや、その―、別に……」

「今日も助けていただいてありがとうございます。私、いつか蒼翼さんに恩返ししなくてはいけませんね」

「……」

 キラキラ目の私とは対照的に蒼翼さんはその時なぜかガクッと肩を落とすのでした。


***


「ちょうど森に来たので教えておきたい秘密の場所がある」


 海沿いの森は丘陵地でなだらかな起伏、歩くのにそれほど苦労はしなかった。「滑ると大変だから」と手を取ってもらいながら獣道をしばらく歩いて、街へと続く舗装された坂道に出る手前の森に、大きな霊木と草木に隠れるようにひっそりと大岩があり、その岩にはしめ縄が張ってあった。


「美和、見てくれ。〈東の地〉ではここが異界へのだ。岩にしめ縄はしているけど聖獣に関することは世間にも知られていない」

「へえ―、聖獣村の入り口と違って鳥居もないし随分、街の中にあるのね」

「そうだな。〈中の地〉にある聖獣村の入り口は異界へ行くのに獬豸かいちの門番がいるけれど、ここは門番もいない。人口が増えてどんどん家が建って森が消えて異界への入り口も狭いな。誰も使用しなければ数年でこのまま閉じてしまうのかもしれない……」

「……」

「僕は明日、大陸・零ノ国ぜろのくにへ発つが、異国から手紙を送ることができない。だが、大陸にも異界への入り口があるので、そこから手紙を送るよ。異界を通じてこの大岩の入り口に手紙を置くように頼んでおく。後日、手紙があるかどうか確認してみて」


(すごい! 海の向こうの大陸とこの島国の大岩が異界でつながっているの? これは異界郵便?)


「でも私、いつ来られるかわからないし、誰かに手紙読まれちゃうかも……」

「大丈夫。君は龍の僕が視えるのだから、その手紙も君にしかわからないように細工しておく。時間ある時にでもここに来るといいよ」

「はい。楽しみにしています」


治癒師ちゆしの修業、応援しているから、頑張っておいで」



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