第16話 異界への入り口

 気持ちも落ち着いたので、街中で流行りの異国食堂に入ることに。店の扉を開けると、床以外はすべて真っ白、白壁に、白いテーブルと椅子。天井からは吊り下げ式の硝子の装飾照明シャンデリアが宝石の粒のように輝き一気に華やかさを増す。


「いらっしゃいませ」

 品の良い店員さんが席を案内する。


「……」

(殿方と初めて一緒にご飯を食べるので緊張するな……)

 美和はガクガクブルブルと震えていたが、蒼翼そうすけさんは特に気にした様子もなく異国料理献立表メニューに目を通す。


「美和、どれにする?」


(うーん……)見ても分からない。外食なんてしたことないし、こんな洒落たお店なんてそもそもあの村の近くにないし、記憶の中では街に出て屋台のめん処に父様と食べたことあったかな。


「わ、わたしは~。よく何か分からないので、蒼翼さんお薦めの料理を頼んでください」

「分かった」と言って、慣れた感じで店員さんに注文していた。人気のお店とあって急に混みだした。それに若いお客が多かった。やがて蒼翼さんが頼んでくれた料理が運ばれる。


「どうぞごゆっくり」


 テーブルに置かれた料理は、田舎育ちの私には今まで見たこともないような色とりどり見目鮮やかな料理(目がキラキラ)


「蒼翼さん、いい匂い~これ美味しそうです。何ですか?」

「これはオムライスという名だが、ご飯に鶏肉と赤茄子の液体調味料で炒めて、卵を包み込んだ大陸風日ノ国料理だよ」

「オムライス……。なんてハイカラな名前なのでしょう!」

「蒼翼さんの方も、肉の塊ですか? でもいい匂いです」

「ハンバーグだよ。ひき肉の油焼きというものだな。食べてみるかい?」

 そう言って蒼翼さんは銀色の小刀と突き匙で切り分ける。


「蒼翼さんはこんなお店に来た事あるのですか?」

「あるよ。父に連れられて、異国の礼儀作法を学ぶために」

「まあ」別世界のヒト。

「本当なら、弐ノ国にのくにの異国料理をご馳走したい所だけど、まだ学生だから無理だな。いつか連れていきたいよ」

「弐ノ国ってお姫様がいる絵本で読んだことあるような……。おとぎ話の世界の国でしたよね? いえ、私は充分満足です。それにしても〈東の地〉ってすごいわ。都会の女子は職を持って働いているのね。琴ちゃんにもこの街を見せてあげたいなぁ。あ、琴ちゃんは幼馴染の友達なの。絵が上手でね、琴ちゃんなら刺激的な街だから創作意欲が湧くかも~」

「ここは地方の口減らしのために奉公でやってきた民がこの街に根づいたので、逞しい民が多いかも。そのうち女子の地位も〈東の地〉から変わってゆくのかもしれない」

「そっか―、田舎じゃまだまだだけど、変わっていくのもあるね」


 蒼翼さんは私の話を優しい眼差しで静かに聞く。ちょうど窓から柔らかな光が差し込む。薄茶色の長い髪が一つに束ねられて後れ毛が肩にかかっていて、何となくぼんやり眺め、蒼翼さんに蒼い霞がかった光が纏わりついてみえた。これは半獣の発する清気なのかな。とても落ち着くというか、懐かしいような気がするのだ。


 食事を終えると、蒼翼が見せたいと言っていた海岸にやって来た。〈東の地〉の海は大陸の壱ノ国いちのくにが近くて日ノ国ひのくにが最も警戒する国だ。

 砂浜が広く海水は底が見えるほど澄んでいて魚が泳いでいるのが見える。


「美和は海を見たことないだろう。連れて来たかった」

「すごい。これが海なのね~青くてキレイね。川しか知らないからこれが潮風か~」


 着物姿できゃっきゃっとはしゃぎ、肌に触れる風が強く前髪がくしゃくしゃになって決まらないけど楽しい。


「すまない、着物だからもっと違う場所にすればよかったな」

「ううん、平気です。私、海が気に入りました」

「よかった」

「そういえば、朱翔さんの進路どうなったの?」

「朱翔は―その〈東の地〉に来ているよ……」

「そう、なんだ」


 これ以上聞かれたくないのか、少し言葉を選びながら話しているように思えた。

 春の海は風が冷たく「寒いだろう」と言って、蒼翼はトレンチコートを脱いで美和にかける。

(蒼翼さんは本当に紳士だな。そういうことをサラっとするからドキドキする)


「えっ蒼翼さんだって寒いじゃないですか。私は大丈夫です」

「いいや、僕は訓練しているから全然寒くないよ」


 両手でコートを持ち美和の左手に袖を持たせ、そして胸ポケットからハンカチに包んであったものを渡した。


「合格祝いに。下手だけど」ハンカチを広げると櫛が見えた。


「ええ―⁉ これ、蒼翼さんが作ったんですか。素敵な櫛ありがとうございます」


 嬉しくて両手で櫛をぎゅっと握った。波風が奏でる。太陽の光が海を反射して輝かせ、眩しくて目が開けていられない。


「大切に使います」

 蒼翼さんはホッとし、しばらく向き合いながら決心するように話す。

零ノ国ぜろのくにに行く前に話しておきたいことがあるんだ。君は僕の婚約者だから」

「はい」


「聖獣について、前回話した内容と少し訂正したい部分があるんだ……。僕ら半獣である聖獣が住んでいる場所は、〈中の地〉にあるだろ。僕の父は覚醒しなかったので聖獣村を出て、街に住んでいるが……」

「ええ、そうですね。私の暁村あかつきむらの実家から川を挟んだ向かい側の山に聖獣村はありますね。鳥居の奥は半獣一族しか入れないけど」

「その〈中の地〉の聖獣村と言われる場所は、本当は誰も住んでいない。あの場所は、ある所に行くためのでしかないんだ」

「そう……なの」


(……あの聖獣村が入り口?)


「日ノ国には別の場所にもあちこちに入り口がある。海を渡った零ノ国などの大陸にもいくつか入り口があって、そこから僕らの世界に入る事ができる」

(僕らの世界?)


「そこは、人間の世界ではない異なる世界、異界だ」

「い、異界ってなんですか」

「異界は人間界と少し違う世界で、主に鬼やあやかし、聖獣など、人ならぬ霊力を持ったものが住まう神域、常世とこよだ」


「とこよ……」


「僕は幼い頃、常世の聖獣村で暮らしたことあるよ」

「そう―……なんですね」

「今まで、聖獣と人間の混血の半獣と呼ばれる僕らは美和が生活している人間界に住み、人間と聖獣が共存して生きてきた。けれど最近、人間界から異界へつながるが閉じつつあってね。もしかしたら全て閉じてしまうかもしれない。暁村にある聖獣村の入り口の、あの場所でさえも……」

「それって、良くないことですか」

「そう、僕は半分聖獣で、半分人間だ。だから定期的に聖獣村の入り口から常世に行って霊力を保っている。でも異界への入り口が閉じてしまったら、もし行けなくなったら……」

「そうなったら?」

「それは僕にも分からないが―」

 その時


 パーン

 渇いた音が聞こえ、蒼翼さんが私の前に立ち、またパーンと聞こえた。

 銃声音だ。


 鋭い視線を感じる。何者かがこちらに銃を向けているようだ。

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