第15話 デェト

 花々がつぼみをつけ咲き始める春、桜の季節がやってきた。

 聖獣隊せいじゅうたい蒼翼そうすけは〈西の地〉の陸軍の軍学校を卒業して、次は海軍の軍学校へ、日ノ国ひのくにの中心都市〈東の地〉にいた。

 その後、零ノ国ぜろのくにへ留学予定だ。表向きには留学で、消息不明の半獣の足取りを調べるためだ。その任務を任されたのは蒼翼と虎一だ。二人とも〈東の地〉へ異動する。


「今度は俺も一緒に留学だな」

「ああ、虎一。初めて海を渡る心強い仲間だ、よろしく。しかし難しい任務だな」

 そう言いながら椅子に座ったまま蒼翼は小刀で薄い板を削っている。

「なんだ? 何を作っている」

「……櫛だ」


 狭い場所で手際よくシュッシュと小刀で削る。

(器用だな、まるで技巧にすぐれた職人のようだぜ。柘植つげの木の匂いが部屋を占領するが、不快な感じはしない)


「さては婚約者殿に贈る気だな?」

「ああ、本当ならせっかく都会にいるのだから買いたかったけれど、学生だし金もないから今度会ったら贈ろうと思ってね。彼女の進路が決まったからそのお祝いに」


 蒼翼は照れながら話す相変わらず嬉しそうだ。こっちまでにやける。


「よっぽどお見合い相手とは相性がいいのか」

「違うよ。僕は彼女に好かれたくて必死なだけだよ」

「お前ほどの美青年でもか? 手ごわい相手だな」

「婚約者って意識はあるみたいだけど、それ以上の感情はあるのかないのか……ふぅ」


 (憂いを帯びた表情。蒼翼は頭脳明晰、剣術も完璧なのに、なぜか婚約者に弱いようだな)


「なんだ、そりゃ。日ノ国男児が情けないぞ。っつーか、婚約者にそんなに感情いるのか? どっちみち結婚するだろ! 男は威張れ!」

「結婚するなら好いてくれるほうがいい」

「まったく、お前らしいな。ところで零ノ国に留学する際、日ノ国海軍の航空母艦〈蒼龍そうりゅう〉に乗せてもらえるらしいぞ。俺は最新鋭の戦艦に乗りたかったから今から興奮するぜ」

「はは、虎一、本当は海軍に配属されたかったんだっけ?」

「ああ、まあな。海軍は一般の日ノ国軍人だけだろう。聖獣隊の仕事は帝をお守りすることだから、まさか戦艦に乗れるとは思わなかったぜ。しっかし、零ノ国に行って消息不明の半獣の情報を報告するのに玄少佐と連絡を取り合うための、場所は分かるか?」

「……いや。大体の場所は把握しているが、大丈夫だろうか、入り口はもう塞がれていることはないか? ここ数年、日ノ国でもあちらこちらで、場所が塞がって出入りできなくなってきていると聞くが……」

「俺らの知らないところで何かが動いている感じだな」


 そのうち〈中の地〉の聖獣村も……?

 おさは一体何を考えている?

 長は霊獣だけど俺らは半獣だから

 半獣はあの場所に入れなくなったらもう……



***



 小学校を卒業した美和は日ノ国の中心都市〈東の地〉にやって来た。治癒師の修業するためだ。治癒の仕事はすぐ従事できず昼間は看護助手として働き、空いた時間は治癒師に教えを乞うのだ。治癒師の診療は病院に併設されており、病院の重症患者を治癒師が診ることもある。


 これから病院の近くで寮生活が始まる。美和は寮母のたつ子さんに挨拶をした。たつ子さんはこれから毎日料理を作ってくれると言うのだ。お風呂もわざわざ川で水汲みしなくていいようで、美和はそれを聞いて感激した。住む部屋に案内され、二人部屋なのでそのうちもう一人入居予定だそうだ。美和は狭いながら自分の部屋があるのはありがたかった。茅葺屋根かやぶきやねの家では個室がなく布で囲っただけで仕切りがなかったからだ。

 家を発つ前に久しぶりに届いた蒼翼さんの手紙には


『婚約者殿

 僕は今、〈東の地〉にいますが、あと少しで大陸の零ノ国に留学します。それまでに美和に街を案内したい。駅に着いたらデェトしよう』


(忙しいのか短い文章だったけど、デェトって書いてあった。デェト?)



***



 日ノ国の〈東の地〉は都会だった。毎日お祭りなのかって位の人の多さ、モダンで高さのある建物、街は物で溢れ、田舎では見かけない高級車が走っていた。美和が住んでいた〈中の地〉にはなかった、時計・宝飾の店、高級家具店。食料から家電、衣類まで何でも揃う百貨店が建っている。

 煌びやかな専門店街を抜けると、屋根のある商店街に出た。これなら雨の日でも買い物ができそうだ。もっと驚いたのが婦人の服装だ。丈の短いスカートの洋装や、流行りのバラ柄やツバキ柄の大胆な色使いの和装。競うように着飾って華やかに歩く姿が眩しい。


 美和は「ほえーっ」と口を開け、上を向いたままお上りさん状態だ。待ち合わせ場所についてからひどく後悔した。村を出る時に琴子に譲ってもらった春柄の牡丹の花が散りばめられた着物を着ていたからだ。とても歩きにくくて胸が苦しかった。


「いつもの動きやすい服装にすればよかった」


 だけどデェトって書いてあったから、いつもの服じゃ子供っぽいからね。そんな時に颯爽と現れたトレンチコートを羽織った軍服姿の蒼翼。約七ヶ月ぶりだ。薄茶色の長い髪は後ろに束ね軍隊で鍛えた体は姿勢もよく、遠くから美和を見つけると嬉しそうに手を振った。パッと見ただけでもわかる、人混みの中でひと際目立つ美青年。

 美和は急に目をパチパチさせた。

(あれ? ……)

 だんだん近づいてくる蒼翼さんを見て、美和はドキドキが止まらなくなっていた。

(ええ? 蒼翼さん、こんなにキラキラしていたかしら? どうしよう、どうしよう)

 しじりじりと後ずさりする美和。


「おーい美和、久しぶり、あれ?」

 気が付けば美和は建物の陰に隠れていた。

「何?どうした。何で隠れる。久しぶりだから僕が分からなかったのかな。蒼翼だよ」

「いえ、あの、その……」

(どうしたらいいの。心臓がバクバクする。し、死ぬかも。蒼翼さんって前からこんなにかっこよかった? 目がぁ―……ぐるぐる目が回る)


「僕、知らないうちに嫌われたのか?」

 頭を抱え青ざめてくる蒼翼さん。

「いえ、あの違います。でも……」

(顔を見られるのが恥ずかしい)

 赤くなった頬を思わず着物の袖で隠しながら言った。


「あの、殿方に見られるの、恥ずかしくて。そんなに見ないで」

「えっと、その……。僕を一応、男として認識してくれているのか? 何だか光栄なようで複雑だ。明日、大陸の零ノ国に発つから、あまり時間がないんだ。お願いだ、出てきてくれないか」

「ええーっ」


 あまりに驚いてさっきまでのドキドキがサーと失せて、美和は物陰から出てきた。少し大人っぽくなった美和を見て、


「美和、着物姿だね。はじめてみた。かわいいよ」

(‼)


 蒼翼さんは照れるような言葉をさらっと言ってのけるので再び物陰に隠れそうになった。





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