第14話 時間

 暑かった夏が終わり秋には日ノ国ひのくにでは女子の進路も決まってきた。

 優秀な女子は進学校へ、ほとんどが女学校に進学する中、美和は治癒師ちゆしが在籍している病院に行くことに決めた。病院で働きながら治癒師になる手ほどきを受ける。育成学校の試験に向けて猛勉強していた。特別推薦で合格する条件が揃っているが治癒師になるにはまず看護師と同等の知識が求められるので理数系を重点的に勉強した。とはいえ、看護師として働くことはない。


朱翔あやとさんはあれから進路はどうしたのだろう……)

 琴子は女学校へは行かず芸美ノ術コースのある中学校へ進学すると言っていた。随分、祖父母や父親から反対されていたようだが、母が父上に頭を下げたそうだ。


「意外だったけど、母って絵が得意だったみたい」

 ぽつりと琴子はいう。


 下校途中の道に銀杏の並木道がある。秋から冬にかけて落ち葉が地面に落ちて黄色の絨毯になる。二人で銀杏の葉の上を歩けば心地よいサクサクと音がする。秋も深まれば小学校で長距離競争大会が開催される。並木を走るのは今年で最後だ。来年はこの道を二人で歩くことはない。


「そうかぁ」

「それで、うまくいけば〈東の地〉にある芸美ノ大学に行けたらいいなって思っているよ」

「琴ちゃんが? 凄い。信じられない」

「それが無理なら、せめて〈東の地〉に行けることができたらなぁ」

「へぇー。都会だよね。そこに何があるの」

「田舎から都会を目指して集まってきてね、色んな考え方の人が住んでいる。自由の聖地なんじゃない?」

「もし私が受かったら、同じ空の下。〈東の地〉で逢えたらいいね」

「うん! 約束だよ」

 二人は銀杏の葉がひらひらと舞う黄金色の世界に近い未来を重ねた。



 ***

 


 少し早めの初雪とともに、美和は治癒師を育成する病院に合格する。学校は〈東の地〉にあるので、寮生活になりそうだ。父様はそこだけ進路を渋ったが最終的には美和の考えを尊重してくれた。


〈東の地〉は都会で各地から色んな民が出稼ぎにやってくる。国の機関が集約された場所であり、軍の司令部、軍工場もあるので戦争になった時に真っ先に攻撃される可能性が高かった。

 それに治癒師は軍医として戦場に赴くこともあるのだ。


 父様との暮らすのはあと少しの時間だ。寂しい気持ちといよいよこれからだと身が引き締まる思いで、長く伸びた髪は三つ編みにして気合いを入れ部屋の掃除を始めた。口元は布で覆い、埃が被った場所はハタキで落とした。囲炉裏の煤もかき出し、土間は掃き掃除をしてせかせか動き回っていた。父様が農作業道具の手入れをしながら嘆きにも似た声で父様はポツリと言う。


「ワシとしては近くで女学校に通ってくれてお嫁に行ってほしかったがなぁ……。都会は壱ノ国いちのくにに狙われていて、危ないと聞くぞ」

「あら大丈夫よ。〈西の地〉の陸軍にいた蒼翼さんだって今度は〈東の地〉で海軍の軍学校に行くみたい。しばらくしたら大陸の零ノ国ぜろのくにに留学するって手紙に書いてあったわ。それに戦争になったらお嫁どころじゃないよ。まあ、心残りは千代とむさしのお世話かな」

 心配かけないようにハキハキと話し方をしてみる。


「やはりお前は母さんと似ておる」

「えっ」


 思わず掃き掃除を止めて、美和は固まった。囲炉裏近くにいる父様を見上げる。今までほとんど母の話をしなかったから。それは美和の誕生とともに命が消えてしまったので、責任を感じさせないようにするためにだ。本当は話したかったのだ―亡くなった妻の話を。


「お前の母さんは治癒師になりたかったんだよ。美和のおばあさんのように」

「そう……なの?」


 震える手、初めて知る母の話。美和は胸が熱くなった。


「母さんは柔らかい雰囲気なのにしっかりして気が強くてなぁ。十五歳も年下なのにワシを引っ張ってくれていたよ。女村の民は働き者で生き生きしていた。女村は廃村後、女子、子供を無理やり引き離したのは、同じ思想の女達を増やさないためにな」

「……」

「女の生きづらい世の中よ。だが、昔は嫁の方が強くて共働きだったと聞く。そうやって支えあった時代があったというのに、法律が変わって女の地位が低くなってな。正一とも話したのだが、これからはお前たちで変えていってくれればいいぞ」


 そう言って、箪笥たんすから服を取り出し美和に渡す。


「これは、ばあさんが着ていた治癒師の仕事着だ。母さんがいつか自分が治癒師になるためにと箪笥にしまい込んでいたものだ。しかしその術を見つけることはできなかった。だが、お前は何かの縁でその道を掴んだ。奇跡だと思う。これは美和にあげよう。大切に使うんだぞ」

「父様……」


 ありがたく羽織ってみた。さらっとした肌触りでしっかりとした生地の蓼藍たであいで染めた作務衣さむえだった。

 私のやっていることが本当に女子のためになるのか分からないけど、前に進もう。

 そう、日ノ国の女子は時間がない。

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