第12話 夏の翳り

 雨が降ると、木々や雑草が鬱蒼と茂り虫も騒ぎ始める。除虫菊を乾燥させ、すりつぶし粘結性の高い樹皮や葉の粉も混ぜて蚊よけの線香を作る。


 リーン。

 風鈴の鈴の音が鳴る。

 今年の夏は暑く、夏野菜が沢山採れた。美和は採れたての野菜にかぶりつく。とうもろこしにきゅうりや茄子、スイカも瑞々しい。雨も例年通り降ったので、近所のキノコ農家から椎茸を分けてもらった。今日はキノコ鍋にしようと美和はぼんやり考えていた。

 毎朝、卵を産んでくれるニワトリの千代と、むさしを庭に放ち外に出る。


「コッコッコ……」


 千代は呟くようにひょこひょこっと歩きながら庭にパラパラと撒かれた雑穀をつつく。いつものようにスズメもやってきた。セミの鳴き声が頭に響く。

「暑いな……」

 縁側で美和はごろっと横になる。汗ばんだ腕で顔を拭う。夏バテで何にもやる気がおきない。


 夏休み中、琴子に会わなかった。


 家族のことをあまり話さない琴ちゃん。松野家に跡取り息子が生まれて、この先、息子が大きくなり結婚でもすれば実家にはいられない。かといって働くこともできないから、結婚するしか道はない。気持ちをずっと抑えて……だから出た言葉なのかもしれない。

(だけど、うちは貧乏で琴ちゃんがもっているものがひとつもないのに……なんで怒るかな)


 お盆に入ると幾分涼しくなってきた。ヒグラシが鳴いているのを聞くと、もう少しで夏も終わるのかなと切なく感じる。肌寒くなると、冬に備えて大根や椎茸などの乾物を作っておかなければ。父様は山に入ったきり出てこない。薪用の木材をさがしているのだろう。お昼をすぎ、父が家に帰って来たので、畑を手伝いに外に出てた。


「そろそろお母さんのお墓参りしよう」


 ヒヨコ5匹を籠に入れ、道中、晩ご飯用の山菜を探しながら歩いていた。すると

「美和」って声がするので振り向くと蒼翼そうすけさんが走って来た。なんの前触れなかったので思わず「うわあ」って変な声だしちゃった。


「ピヨーッ」「ピピッ」


 籠を落としそうになって慌てて掴んだ。ヒヨコは無事だった。

(もー突然すぎる)


「はぁ、はぁ、君のお父さんに聞いたらこっちにいるって。僕も一緒に美和のお母さんのお墓に手を合わせようと思ってね」

「はい……ぜひ、母も喜ぶと思います」


 東雲家しののめけは貧乏なので墓はなく、漬物をつける重石くらいの大きさの石を積み上げているだけ。恥ずかしいと思いつつ、人差し指を頬にぽりぽりしてごまかす。

 母は家より更に高い山の木を切り倒した場所に眠っている。村が見渡せるようにと父様が作った。お墓の周りは草で生い茂っている。

 わずか、十七年の人生に幕を閉じた母。十五で嫁いだと聞いている。父様とはどこで出会ったのかな。祖母も亡くなり、今も親戚がどこに住んでいるのかも分からない。どんな母だったのか、いまだに父様には何一つ聞けないでいる。


「あの、治癒師の病院の紹介状ありがとうございます。蒼翼さんのお父様に……お、お手間取らせました」

 使い慣れない言葉をいって改めて頭を下げる。

「ふっ……いいよ。君の決めたこと、応援するって言っただろ。僕は父に頼んだだけだ。気にするな」

 蒼翼さんは美和の顔を見て

「あれ、しばらく会わないうちに背が伸びた?」

 優しい眼差しをこちらに向け私の頭をポンポンする。

(むむ。わたし、子供扱いされている?)


「自分じゃ分からないけど、そうかな?」

「髪も伸びたね」

「えへへ」

西薗明花さいえんめいかさんを見てから、髪を伸ばしてみようと思ってしまった。髪をのばしたところで代わり映えしないけど)


「いつも蒼翼さんは突然来るから心の準備が……。は、早めに知らせてほしいです」

「ああ、悪いね。そう思いながらつい忘れてしまって。今度からはそうするよ」

(ん? 蒼翼さんはもしかして、しっかりしているようでしっかりしてない?)


「どうやって来たんですか? また龍の姿で?」

「いや。あの時は特別で、いつも飛んだりしない。ちゃんと公共機関を使ってきた」

 キリっとした顔で満足そうに言う。

「あのぉ、龍の姿の時って人や荷物とか乗せられたりするのですか?」

 蒼翼さんはぎょっとした顔をして

「……まさか龍の僕に乗ってみようとか考えているのか?」

「ええー? いえいえ、そんなことないです。今、ふと小さな疑問が湧いただけです」

「僕は、軍人としてはまあこなしているけど、聖獣の中じゃまだまだ下っ端で、優秀な聖獣なら人を乗せられる。でも小さい子共ならまだしも、僕は美和を乗せられる自信はないよ」

 手を額に乗せふうとため息をつく蒼翼さん。


(人、乗せられるんだ)


 私ったら、会ったら色々聞きたいことあったのに、最初に変な質問しちゃったから何も聞けなくなっちゃった。


「ここが君のお母さんのお墓だね」

「はい」


 墓は山を切り開いて立っているので風は吹いているが今日はやたら暑い。


 私が「いいよ」っていうのに、蒼翼さんはお墓の周りの雑草をむしり取り、線香をお供えしてから水の入った桶を持ってきて柄杓でお墓に水をかけ、そして静かに手を合わせた。

(ああ、最初からキレイにしておけばよかったと後悔)


 籠の中にはヒヨコがピヨピヨと騒ぐ。「ここから出せ」って言っているように聞こえるので、草むらに囲いを作ってヒヨコを開放する。

 セミの声がうるさい。風も止んで余計暑く感じる。ジリジリと汗ばむが、蒼翼はだんだん無口になる。

 お墓を見つめながら蒼翼は言った。


「僕の母もね、早かったんだ。僕が七歳の時に病気で亡くなった」

「……」


「―元々、体の弱い母は僕を産んで、さらに体調を崩して床に伏せていることが多かった。僕も小さい頃は体が弱く、大人になる前に死ぬかもしれないと不安だったのだろう、父にはめかけがいた。妾に子供を産ませ……それが朱翔あやとだ」


「え……」

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