第11話 送り梅雨

 ここは日ノ国ひのくにの帝都〈西の地〉にある陸軍学校である。蒼翼そうすけは玄少佐に重要な任務が完了した事を報告する。


 聖獣隊せいじゅうたいの殆どが聖獣村出身者だ。しかし蒼翼のように父親が覚醒しなくても子供が覚醒する場合もあり、聖獣村ではない地域に住んでいて聖獣隊になる場合もある。


 ここで落とし穴がある。覚醒したことを国や聖獣村のおさに申告しなければ誰も分からない。故に把握できていない人数は現在、調査中だ。


 白柳虎一しろやなぎとらいちが休憩中、部屋にいる蒼翼にまた小声で話しかけた。


「お疲れー。無事に任務終えたんだって、な」

「ああ」

「実は俺にも情報あって、まあ、この後会議で玄少佐から報告があると思うが、行方不明者のうち一人は聖獣村出身の無覚醒の人らしいぞ。留学目的で大陸を渡ってその後、消息不明になったようだぜ」


 蒼翼は目を見開く。

「無覚醒の……じゃあ半獣はんじゅうじゃないな」

 少し安堵する。


「……留学先は零ノ国ぜろのくにだ」


「零ノ国は氷の大陸と呼ばれ、極寒の地だと聞く。今、零ノ国の隣国である壱ノ国いちのくには、我が国と戦争をしたくてしょうがないみたいだが、零ノ国は日ノ国と友好関係を維持している。しかしこの先はどうなるか……」


「まだ情報があるんだよ。あと二人所在不明がいる。短い期間だが聖獣隊に籍を置き、除隊してからは職に就いた者がいて、貿易関係の仕事のため大陸を渡りその後、消息不明になっていると聞いた」


「聖獣隊に在籍していたのか……」


「まだ、どうなっているか分からないが、不安だ」

「聖獣隊の時はどういう仕事をしていたんだろう」

「一人は護衛、もう一人は事務的なことをしていたようだ」


 3人がそれぞれの理由で海を渡った。


「壱ノ国に拘束されているってことはないのかな」

「うーん、分からねぇな。これ聖獣隊だけで調査できるか?」


 栓のない話に二人とも黙ってしまった。


 ***


 美和のもとに蒼翼さんから3ヶ月ぶりに手紙がきて治癒師の先生が見つかったと書いてあった。学校からの推薦状やあとの手続きは蒼翼の父、正一に任せるとのこと。

 そして


『―またお盆には帰って来るから、待っていて』


 蒼翼さんの綺麗な字を見つめて、文字を手でなぞってみる。もう少しで会える。そう思うとすごく楽しみになっていた。早く、早く会いたいな。それは信頼している兄のような、違うような、こそばゆい気持ち。


 ***


 夏休み前、暑くて汗ばみ、風も吹かず湿気を感じる季節。小学校で校長先生に呼ばれたので校長室に行くと、進路相談に今度、父親と来なさいと言われた。

 六時間目も終わり、琴子と一緒に学校から帰ろうと教室で準備をしていたら廊下から朱翔あやとが顔を出した。ムスッとした顔で机に書類を乱暴に置き、指をさす。


「それ、親父からお前に渡せってさ。病院の紹介状もらってきたぞ。お前、小学校卒業したら女学校に行かず、治癒師ちゆしの修業するのか?」

「あっ……」

「美和ちゃん何の話?」

「琴ちゃん」


 今日の空は雲に覆われ、もう少しで雨が降りそうだった。だから学校の帰りは少し早歩きだったのかもしれない。湿気を帯びた生ぬるい風が吹いている。琴子は美和を見ず無言で歩くので、話しかけにくい雰囲気だったが、美和から口を開いた。


「実はね、まだ受かるか分からないけど、私、治癒師になりたいんだ」

 やっと琴子に伝えることができて美和は少し満足した。


「そう……」


 横顔の琴子は少し沈んでいるようで、怒っているようにも見えたが、その理由が分からないでいた。友達なのに伝えるのが遅かったのが良くなかったのかと思った……。


「琴ちゃんごめんね。黙っていて、だってまだ決まった訳じゃないし」


 チラリと美和を見た。瞳が揺れている。落ち着きなく戸惑いながら琴子は呟くようにいう。


「知らなかった―。だって美和ちゃんはてっきり私と同じ女学校だと思っていたから……」

「んー、でも試験あるし、落ちたらやっぱ女学校になるかもよ」

 すると美和の方を向き少し食い気味に言う。

「そうだけどさ、なんでよ、美和ちゃん。婚約者さんはどうするの? 結婚しないの?」

「そんな先のことは分からないよ」

 曖昧な感じで話しているように聞こえたからなのか琴子は強く言う。


「美和ちゃんずるいっ。私には一つしか道ないのに、自分はできるなんて!」

 琴子の悔しそうな、強張った顔を初めてみる。


「……琴ちゃん?」


「分かるよね? 普通、女子は仕事なんて就けないよ。治癒師って何なの? 私なんて結婚するしか他に道ないの、それが女の幸せだって呪文のように言われているから―」


 細かい雨が降り出した。ゴロゴロ鳴っている。遠くで雷の音……


「でも実際、母は幸せそうに見えない、耐えてこそ女だって言うくせに……どうして女ばかり我慢しなくちゃいけないの?」


 雨が降る。舗装されていない道は雨粒が泥水となり跳ね返り靴を汚す。早く家に帰らなきゃいけないけれど、琴子は泣いているようにも見える。雨粒なのかもしれない。ぽつぽつと声を震わせながら話す琴子をただ黙って聞くしかできない。


「何も知らなければ、疑問を持たなければよかった……」

「……」

「どうしてよ、どうしてよ」


 琴子は問う。雨が激しく降りだした。



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