第10話 治癒師

「私、治癒師ちゆしになりたいです」

 勇気をだして美和はいう。


「治癒師……」

 蒼翼そうすけは戸惑った。


「そうです」

「治癒師……そうか、美和さんは女村おんなむらの出身か?」

「いえ、私じゃなくて、祖母です。父から聞いた話では亡き母は女村に小さい頃住んでいたようです。明ノ帝時代に法律が変わって廃村になりました。女村の旧村民はバラバラに散ったと聞いています」


 女村――名の通り女子と小学生までの男の子しか住んでいない村。  

 その村は主に治癒師を生業としていて女でありながら仕事を持っていた。結婚したければ嫁に行ってもいいし、ここで一生暮らしても良い、また出産後も子供と女村で暮らしてもいい。

 女村は別の側面もあり、助ノ小屋たすけごやとして一役買っていた。

 かつて、女子たちにとって自由な村が存在した。


「治癒師って、手をかざすだけで怪我や病気を治す霊力を持っていると言われている。しかしそれには修行が必要なのだとか……」

「そうです、蒼翼さん。私は、家が貧しいし、母もいないので、嫁の貰い手はないと思っていて、自分で生きていこうと決めていました。でも現実は絶対どこかにお嫁に行かないといけない皆婚社会だから諦めていました」

「なぜ、治癒師なのだ? 例えば看護師や指導師があるじゃないか」


「母は私を産んで亡くなりました」

「……」


「お産の際には出血を伴います。そこで死んでしまう女子が多く、その出血を止めることができるのは、治癒師だけだと聞きました。私は、出産で母のように誰も死んでほしくないのです。―母は十七歳でした」


 見たことない母、一度も感じられない母の温もり。こんな思いを誰にもさせたくない。


「あと、もう一つ夢があります」

「え?」

「女子の自立です」

「……」


「私は治癒師になって、治癒師の先生になり、人に教えたい」


「蒼翼さんのように優しい殿方ばかりではないです。実は夫の暴力や仲が悪くても離婚したくてもできない女子が多いです。それを耐えるのが女だと教えられてきましたが、本当にそれが幸せなのか? その全てを否定するつもりはないけど、私は他にも生きる道があるって教えたい。選択肢を増やしたい。

 ―例えば今は、夫が亡くなると生きていくため、夫の義兄弟やその親戚と再婚させられるでしょう? それが嫌だとしても断れない、仕事を持てないから。私は女子が自立できるよう力になりたい。そうやって生きたい。治癒師はどこの場所でも開業できます。店構えもいりません。子供を離縁した父親の元でなく母親が育てることができます」


 しばらく、蒼翼さんは黙って聞いてから口を開いた。


「……君の壮大な夢に感心してしまった。そりゃ、言うのもためらうよな。男社会だから。そんな夢が実現できるように、僕もこの国を守らねばと強く思う―」


 そして何かに気がつき蒼翼さんは言いにくそうに尋ねる。


「えっと……ところでこれは治癒師になるから僕との結婚を断るって話なのか?」

「いいえ、違います」

 ブンブンと首を振った。

「それを聞いて安心した」

「どっちかと言うと私の方が縁談を断られても仕方ない話ですけどね」

「それはないよ」


(ええ?)

 キッパリ言いきる蒼翼に驚き、恥ずかしくなって頭の後ろがかゆくなる。


「夢ばかり語ってしまったけど、私、治癒師のこと何も知らないです」


 そうなのだ、夢を語っただけで、治癒師のなり方や学校も分からない。今頃、恥ずかしくなってきて顔を手で覆った。


「そうだね、実現できるかどうか……まずはできることからはじめよう」

 そう言って顎に人差し指を当て蒼翼は考え込んだ。


「僕の父は病院に伝手があるから、治癒師を知っているかもしれない」

「えっ蒼翼さん。いいの?」

「いいさ。できるものは婚約者でも利用するといい」

 そう言って、美和の頭をぽんぽんする。


「君は治癒師の血筋なのか?」


 治癒師には元々、霊力を持った血筋がある。はじめに女村を作り開拓をした女人には霊力があった。聖獣やあやかしなどが視え、その頃は聖獣や動物も治癒していた。

 まったく霊力がない女子は治癒はできなくても勉強して手に入れられる施術がある。助けを求めるように女村にきた女子はその施術方法を学んでもらう。


「そうです。祖母はもう亡くなりましたが、父が母に聞いた話では、祖母は怪我や病気、心の病。あらゆるものを治癒したって」

「そうか、僕にとっては君を見ていると癒されるから精神的にも治癒師の素質があるのかもしれない」


 蒼翼さんは優しい顔で見てくる。

(私が癒しって、した覚えないけど……)


「君は下手に花嫁修業の女学校行って、現実を突きつけられるより、そうだ、今しかできないかも。僕は応援するよ。女村はもうないけれど、実は治癒師って、軍でも存在しているから。人知れずこの職業を生業としている女人はいる」


「それと……」


「―結婚もする、しないも、十五歳までに考えたらいいさ。まだ正式に婚約したわけじゃないし」


「え?」

「でも、僕は君と結婚できるように努力するつもりだ」

「努力って、蒼翼さんは充分じゃないですか~」

「男ばかりが選ぶ権利があるなんて変えたいだろ?」

(私の方が相応しくないと言うのに、蒼翼さんは私でいいの? どうなっているの?)


 長い前髪をなびかせ綺麗な顔をした蒼翼さん。街で有名だったと聞いた。普通の女の子なら喜んで女学校に進学してお嫁に行ってしまうね。私って何なのか。やっぱりまだまだ結婚にピンと来てないからかな。


「あと、僕に話してくれてありがとう、

「あっ呼び捨てになった。でも、蒼翼さんの言い方、優しくていいな」

「僕も蒼翼って呼んでくれていいけど」

「いえ、年上だから(さん)はつけたいです。私、蒼翼さんに話せてよかった。むしろ蒼翼さんにしか話せないです」


 自然と笑顔がこぼれていたので蒼翼さんはホッとして言った。

「ちょっとは心開いてくれたみたいでよかった」


 空を見上げるともう真っ暗。星がキレイに見え始めたので


「すまない、また時間がなくなって、お盆に帰れるといいけど、また連絡する」

 暗闇の中、蒼翼さんに思いっきり手を振る。名残惜しいような、まだまだ話足りなくて、少し残念な気がした。


 ***


 美和と別れてすぐ、鳥居をくぐり抜けて聖獣村に入った蒼翼は漆黒の暗闇の中、大きな霊木の前に静かに立っていた。

 この場所を訪れたのは聖獣にしか読むことのできない巻物を聖獣隊の玄陸軍少佐から預かったからだ。不審に思われないよう学生である蒼翼がその大役を任された。

 無風状態の中、突如ヒノキの葉が揺れ、ザザザッと風が吹き、空中から獣らしきものが翔けてきて小さな竜巻とともにゆっくり蒼翼に近づき、くるくると落ち葉を纏わせながらやがて人の姿を現す。


 門番の獬豸かいち狛次郎こまじろうだ。


 ゴホンと咳払いして

「今日は何用だ、蒼龍の蒼翼殿。久しぶりだな。はよく来ていたが」

 狛次郎は草木に紛れ姿を見せないようにして尋ねる。


「はい。お久しぶりです獬豸の狛次郎さま。実は村の者には内密に、急ぎでおさにこれを渡してほしい―重要案件です」

「……了解した。人に見られぬように気を付けて帰られよ」

「狛次郎さまも。ではまた来ます」


 僅かに言葉を交わし、二人は別れた。





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