第9話 告白

「ええ?」


 蒼翼そうすけも美和に気づく。


 美和はわなわなと震えていた。

「蒼翼さん! いつこちらに帰っていらしたのですか? それに女の方と会っているなんて、私という婚約者がいながら、その方は誰なのですか?」


 目を吊り上げて言ってしまった。いくらうちが貧乏人でまだ小学生ガキだからって、商売を成功させた裕福なお家の息子だったとしても、女を作るのは法律で禁止されていますよ。なんて、色々浮かんだ言葉は何一つ言えなかったけど。


 でもよく考えたら私も一応、男(義理弟)と歩いているが、これは小学生同士なんだし何か違うと思う(多分)

 蒼翼は目を見開き焦りながら「誤解だよ」と言って


「何だ……ふっ」

 手で口を押えながら半笑いする蒼翼。


「なんで笑うのですかー」

(意味が分からない。こっちは浮気現場目撃した気分なんですけどー)


「ごめん、てっきり僕のことは興味な……あ、いや何でもない」

 横にいる女の人は蒼翼の意外な反応に驚いていた。

「今、駅で偶然会ったんだよ。友人の西薗明花さいえんめいかさんだ」

「は、初めまして」

(西薗ってあの財閥の令嬢ってこと⁉ 私ったら失礼極まりない)

「明花さん、こちら婚約者の東雲美和さんだよ」

 にっこりと蒼翼さんは私を紹介した。


「明花さんは兄の元婚約者だぜ」

 いじわるそうに横にいた朱翔あやとは私に囁く。


 え? 思わずよく見てしまう。目が大きく華やかな顔立ちだ。髪は長く緩くウェーブかかって上品そうな綺麗な令嬢。

 二人とも高身長だから立ち姿がお似合いに見えてしまう。けれど蒼翼さんは気にせず私達につかつかと近寄って


「朱翔、変なこと吹き込んでないか? いつの間に僕より仲良くなっているんだよ」

「違う! コイツがちょうどうちの店に来ていただけだ」

「コイツって言うな。僕の婚約者だ。まあ、でもここで会ったから、みんなでお茶でも―……」


「待って私、蒼翼に相談があるの。少しだけ時間を下さらない?」

 明花は深刻そうな顔をしていた。


(明花さんは、蒼翼って呼ぶんだ)

 蒼翼は美和の方に振り向き


「夕方、家に寄るから」


 とだけ言って、二人は公園の方に向かって行ってしまった。後ろ姿がお似合いで、どうして破談になったのか、理由が知りたい。


 朱翔が以前言っていた

(―色々あって引き裂かれた―)


 好き合っていたのかな……。なんだかどんどん自信がなくなってきた。もしかして明花さんと結婚できないから、やけになって、今生は誰でもいいと思っているのかしら? そんなことを考えても仕方ないか。

 とぼとぼと歩き家路に向かう、ぜんまいが生えていたのでおひたしとか夕飯にいいなと摘んでみた。今日は街に出て、お酒と醤油が手に入ったので夜は魚の煮つけにしようかな。


(蒼翼さんは本当に家に来るのかな?)


 茅葺屋根かやぶきやねの家から見える聖獣村の山の方の空を見上げたら夕日は朱色と蒼色が入り混じっていて暗闇になる少し前の今は黄昏時たそがれどきだ。〈逢魔おうまが時〉とも言う。

 日が暮れて相手の顔が見えにくくなる時、この世とあの世が交差する時間帯だと誰かが言っていた。この世の者じゃない何かが潜んでいるかもしれないからすれ違う人に「あなたは誰ですか」って尋ねるとか。

 近所の人が亡くなる数日前に母に会って、黄昏時でよく顔が見ず死相しそうが見えたと。逢魔が時、それは黄泉の国の使いが来ていた。だから「母が亡くなったのは仕方ないことだ」と近所の人は美和を諭す。


 私が生まれて母が死んだ。私が生まれなければ母にはまだ未来があった。父様は気をつかって母の話は一切しない。だから会ったことない母に何の感情が持てない。せめて声……を聴いてみたい。母に触れたい。もしも願いが叶うなら、それだけで強く生きていける気がした。けれど、母の記憶があって失う方がつらいのか、どっちがましなのかなぁ。

 なんともいえない気持ちで空を見ていたら暗闇からひょっこり蒼翼さんが現れた。


「遅くなって申し訳ない」


 蒼翼さんはペコリと頭を下げた。やっぱり蒼翼さんは礼儀正しい人だ。なんて感心してしまった。暗い気持ちが少し和らぐ。

 でも蒼翼さんは落ち込んでいるようで、ふうとため息をついて


「僕は、全く人の気持ちを分かっていなかった。明花さんを傷つけてしまった」

「え?」

「聞いてもらえるだろうか。情けない話だが」

「はい」

「実は、美和さんの前に明花さんと婚約をしていた時期があった」

「あの……さっき、朱翔さんが教えてくれました」

 蒼翼は少し恥ずかしそうに額に手をおいた。

「そうか、別に隠してはいなかったが。そう―。僕が軍人になることで婚約を解消し、もう済んだことだと思っていた。日路里家ひじりけは名家でもない。彼女は深窓の令嬢で新たな家柄の良い縁談も待っているだろう。元々昔からの知り合いだったから、婚約期間も短かったし友人に戻った気でいた。納得してくれたか分からないが謝るしかなかった―」


 薄暗くなった空を見ながら蒼翼さんはいう


「―僕の父は国を追われ聖獣村で育った。6歳までに聖獣に覚醒しなければ一生変化へんげではきない、父は覚醒しなかったので普通の人間だ。一族の中では父は落ちこぼれ扱いだった。鬱屈した感情がずっとあったと思う。街に住み商売を成功させたのも聖獣を見返すつもりだったのだろう。そんな父にとって次の展望が、僕と貴族の血筋の娘と結婚させることだ」


「……」


「僕は抗うつもりもなかった。この国は、お見合い結婚は普通だし、結婚とはそういうものだろうと。父が強く望むならと疑問も持たずそのまま明花さんと結婚するつもりでいた。僕が軍人になる事で破談になった時、残念と言うよりは安堵してしまった。僕が大企業の次期社長になるなんて考えられなかったし、彼女と一緒にやっていく未来に―。迷いもあったのかも。明花さんも割り切った結婚だと思っていた。でも向こうはそうじゃなかった。知らなかった、僕のことを慕っていたとは……」


「明花さんを好きではなかったの?」

(私ったら、よくわからない恋愛の話に思わずいってしまった)


「……うん、破談になって気がついた」

 蒼翼さんはうつむきながら暗闇を見つめ、深くため息をつき美和を見る。


「君はこんな僕を軽蔑するかな」

「ううん、正直な気持ちだよね。言ってくれて嬉しい」

「だから僕はね。今度は、今度こそ、心を通わせることができたらと思っているんだ」


 髪をくしゃくしゃしながらこちらを見て照れる蒼翼さん。

 その蒼い瞳を見ながら、心を通わせる相手が私でいいのかなと不安になる。だってまだ私の性格とか、知らないと思うけど。お見合いだし。それでも蒼翼さんは語るのだ。


「だから、ゆっくりでいいから僕を信頼してほしい」

「……」


 蒼翼さんが自分の気持ちを話すなんて、なかなか会えないのに、正直に言ってくれたのだから、私もちゃんと話さないといけないのかもしれない。心が温かくなって内からこみ上げる気持ちを抑えることができなかった。


「私ね、叶えたい夢があるのです、蒼翼さん」

「え?」

「でもそれは、女子の私には難しくて到底叶わない夢なのかもしれないけど、聞いてくれますか?」


 蒼翼さんは少し驚いたよう、でもやがて静かに向き合って


「いいよ。いってごらん」



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