第5話 蒼龍の蒼翼

 その龍はびくっとして目を見開き、雪を纏った小さな竜巻が龍の周りをくるくる旋回しながら、やがて人の姿を現す。


 手紙を持った軍服姿の蒼翼そうすけだった――。

 蒼白い顔をしてためらいながら言う。


「美和さん……もしかして龍の姿の僕が見えたの?」

「……!」


(人は驚きすぎると声が出ないのね)

 口をパクパクして混乱する頭の中。

(龍――。いるはずのない蒼翼さんがここにいて、龍の姿に変化へんげ……。何で? 何で?)


「ごめんね。君を驚かせるつもりはなかった。昨日からこちらの駐屯地に来ていて、家に寄ったら君の手紙が軍学校まで届かず実家で預かったみたいだ。昨日、手紙を読んで僕は美和さんを傷つけたような気がして、どうしても早く手紙を届けたくて、でも雪で道が寸断されていて、思わず飛んで来てしまった」


(手紙? えっと私、何と書いていた? それより龍。ああ龍が気になってどきどきする)


「あと、朱翔あやとに何か言われた? あいつには、僕がいないから気にかけてほしいと頼んだけど、変な態度だったから、悪い奴じゃないんだけど言葉が足りなくてさ」


「朱翔さんは、別に何も。私が不甲斐ないから当たり前のことを言ってきただけで」

「そうか……。何かあったら僕に言ってほしい。……って、その前に僕の変化が気になるのかな?」


 こくこくと頷く。(そうそう龍ですよ。あなたは!)


「ああ、僕は半獣はんじゅうで普段は人間ひとの姿をしている。聖獣の変化ができるようになったのは五歳頃だ。母が体調を崩していて、父の実家である聖獣村にしばらく預けられていた。あの村だから変化できたのかも。霊力が強いから」


「……」


「近くの村に住む君のことを知っていたよ。一歳頃だったな。君がふらふら歩いて体制を崩して崖から落ちて助けようとしてその時、龍に覚醒した。美和さんのお陰でね」

「えっそうなの? じゃあ、蒼翼さんは私の命の恩人⁉ ……知らなかった」

「君を抱っこ、したことあるって、以前言ったね。人間の美和が龍の変化姿が見えるのは予想外だったな。いや、小さい頃の君はたしかに視えていた。龍に変化した僕の背に乗って地面に下した時、僕を見て微笑んでいたから。大きくなったら視えなくなると思っていたから油断した。でも婚約者にはいずれ知っていてもらいたかった」

 真剣な眼差しで美和を見る。


「だけど僕が聖獣だってことは皆には秘密にしてほしい」

「分かった。誰にも言わない」


 少しだけまた雪が降ってきた。色々、聞きたいのに寒くてガタガタ震えてきた。


「すまない、寒いね」

 蒼翼は美和の手を取り懐炉かいろを挟んで両手で温める。


「変化する龍の僕は怖いか? 嫌いになった?」


 彼は一瞬、不安げな表情をするので思わず


「嫌いになんてならない、むしろ嬉しい」


 ニッコリ笑って即答する。


「よかった」


 ホッとした柔らかい笑顔をしばらく見つめていた。


「今は寒いし、詳しい話は今度にする。もう時間ないから行くよ。次会えるのはお盆くらいかな。また、手紙書くよ」

「はい。楽しみにしています」


 蒼翼はぽんぽんと美和の頭に手を乗せた。そして手紙と懐炉を持たせて、ふわりと浮いた龍が闇夜に消えていった。


(婚約者は聖獣さまだった)


 今、起こったことが何だったか……信じられない気持ちでいる。夢じゃない……少し頬をつねってみた。家に入って布団の中に潜ったが、興奮状態で寝られそうにない。起き上がり、小さな灯りで先ほどもらった手紙を読む。


『婚約者殿

 夢を尋ねる前に僕の夢を書いてなかったね。僕の夢は日ノ国を戦争から守る事だよ。特殊部隊の事は、詳しくは話せないが、今は陸軍学校で学んでいる。寮生活は少し慣れてきた。料理ができるようになったから、帰ったら美和さんに振る舞ってみたい。君は夢について語れないとの返事だった。女子は覚悟がいるのだね。ゆっくりでいい、語れる日が来たら言ってほしい。君の夫になるのだから』


「夫」という言葉にはまだピンとこないけど、父様ではない別の人で安心できるっていいなって思った。一人っ子だから分からないけど、蒼翼さんは兄のような感じ⁉

 料理を振る舞いたいのね。そういえば近所のご婦人方が「男子厨房に入らず」って嫁の心得として当たり前のように説いていたけど、蒼翼さんは気にしないのね。忙しいのに、傷つけたと思って、龍の姿になってわざわざここまで来てくれるなんて――。恋人でもなくお見合い相手にここまでしてくれるのは、蒼翼さんはきっと底抜けにお人好しなのだ。


 ふふっと笑いながら美和は懐炉を握りしめ眠りについた。


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