第4話 蒼い龍の聖獣
今年初めての雪が降る。もうすぐ冬到来か、寒さがだんだん増していった。
日ノ国の中心都市である〈東の地〉では強国である壱ノ国から先日、軍基地が攻撃を受けた。日ノ国軍も反撃をし、このまま戦争かと思われたが幸い日ノ国は諸外国との連携もあり、これ以上、壱ノ国から攻めてくる様子はなく今は小康状態を保っている。
しかしこの先もどうなるか分からないので〈中の地〉の暁村にも新たに
美和の小学校の裏山にも防空壕を作ることになって、近所の子供と
若い衆が防空壕を作る中、子供たちは丁度いい大きさの棒を山から拾い、刀に見立てチャンバラごっこをしていた。夫人や女子たちは笑っていたが憂いた目でそれを眺めていた。
帰り際、同級生の男子に声をかけられた。
「お前、東雲美和か?」
「そうだけど……」
「オレは
短髪で赤毛の朱翔は腕を組み、首を傾げながら鋭い眼差しでこちらを見ている。
瞳が赤い。同級生なのにふてぶてしい態度だった。
でも蒼翼さんとは感じが違うけど美少年だ。
「あなたは蒼翼さんの……弟さん?」
「ああ、異母兄弟だけど」
美和の顔を一瞥して
「お前が兄の婚約者って……ははっ」
「何よ」
「貧乏人が、どうやって兄に取り入った? 同情か、兄の優しさにつけこんで浅ましい――卑しい奴だな」
朱翔は首を傾げて侮蔑する。
「何を根拠に失礼ね。何もしてないわよ」
「言い返すとは女のくせに生意気だ。兄に相応しくないからと、さっさと縁談断れよ」
―縁談を断るなど、身分の高い令嬢以外、女側からは許されないのにあえて言うのね。今まで父様も蒼翼さんも優しいから、油断していたけど、日ノ国男子の多くは女を見下した態度だ。
「兄は、運動や剣術、柔術もできて成績優秀でおおよそお前と釣り合う人じゃねえ――。前は令嬢と婚約していた。お似合いだったのに。色々あって引き裂かれた」
「こっちだって聞きたいよ。相応しくないのは言われなくても自分が分かっている」
そのあと朱翔が何か言った気がするが、振り切って家に帰ってきた。
令嬢との婚約―。そうだったのね。東雲家は裕福とは言い難い。最初から私に声がかかるのって変だと思った。蒼翼さんとの見合い話をお受けして、すぐ私に会いにきてくれて、それが印象的でこの結婚は素敵なものになると思っていたけど、父親同士で勝手に決めたことだったら歓迎されていないのかも。悶々としたまま家に着く。
「おかえり」
父様はいつものように言う。外の水場で手を洗い、家に入るが、冬は凍っているから水面の氷を杓子で割りながら手を洗う。冷たい、凍ってしまいそうだ。浮かない顔をしていた私の顔を見て父様は
「何かあったのかい」
声音が優しい。泣きそうになる……でも
「別に、何もないよ」
美和はそっけなく返事を返す。将来の義弟に色々言われてしまったなんて心配されたくない。貧乏で釣り合いがとれないと言われて父様に相談なんて、絶対にしない。
「ご飯作らなくちゃ」
生け簀にいる魚を網ですくい、串刺しにして、袋に入った塩をつかみ手早く魚に塩をまぶして
しんしんと降り積もる雪。
美和の寝台には豆炭を熱し、
父様は農作業用の
(そうだ、手紙を書こう)
『蒼翼さんへ
お元気ですか。こちらは大雪です。毎日、学校へ行くのが大変です。軍学校の生活は慣れましたか? 特殊部隊とはどんなところですか? 今度聞かせてください。蒼翼さんは夢や、やりたいことがあるか質問がありましたね。その返事ですが、それを語るのは難しく、言葉にするのもためらわれます。女子にとってはとても勇気がいることなのです』
手紙を出してからしばらくして、冬も深まりすべてが真っ白な世界。美和が住んでいる暁村は街から寸断され、陸の孤島となる。空は薄曇り視界が塞がれて、声がくぐもって変な感じ。思わず「あーっ」と声をだしてみる。雪が積もると静寂でこの銀世界に閉じ込められたように感じる。
今日は朝から雪が激しく降った。屋根に積もった雪の重みで家が潰れるのではと毎回、心配になる。夜半には吹雪がようやく落ち着き、地面を覆った雪が月明かりに照らされキラキラしていた。
真夜中、月の光が雪に反射していつもより明るかった。足元の行火が暖かく美和は布団の中でうつらうつらしていたと思う。家の中で寝ていながら意識は外に向いていた。静寂で澄みきった月夜の雪の景色を想像しつつ目を瞑っていた。すると、ひゅうひゅう、くるくる……と回る小さな竜巻のような風のような音がした。
(……外に何かいる)
小窓の硝子が風でカタカタ揺れる。だけどその音とは別の大きな―鳥のようなものの気配を感じた。その音が気になって眠い目をこすりながら、ふと小窓を覗いた。真っ白な雪と暗闇に紛れて微かに見えたものは……。
大きさは二十尺ほどの―
空から家の近くにゆっくり、ふわりと静かに下りてきた。
(蒼い龍の聖獣さま…)
考えるより先に体が動いていた。衝動的に分厚い半纏を着て
雪の上をギュッギュッと踏みしめる足音に気が付き、くるりと振り向いた龍と目が合った。
不思議だ。その蒼き龍の口にくわえていたのは手紙。
(手紙……?)
「あ、あれ? あれれ? 手紙って……」
神秘的なお姿に異質な感じの手紙。
龍の目は前に見たことがある蒼い瞳の……
「まさか…蒼翼さん⁉」
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