第3話 夢
美和の住んでいる地域〈中の地〉は海に面していない。そのかわり大きな川が流れていて、〈西の地〉と〈東の地〉の間を繋ぐ情報の橋渡しのような役割をしているので、美和の住む
本格的な冬に入る前に食料や調味料など、街に出てまとめて買い物をしなければならない。冬の間は雪が村と街を寸断するからだ。ここ最近、塩や砂糖が入りにくくなっていた。戦争の影響もあるのだろうか。父様と二人で買い物をしに山から街まで下りてきた。
川沿いに歩くと二つの川が合流する地点があり、本川が流れていて近くに小舟が停泊できる船着き場があり、行商人がやってきては食料品、日用品から珍しい反物などの露店や市場があり賑わっていた。
川沿いの本通りに婚約者である日路里家のお店もあった。三軒続きの長屋で、胃薬や風邪薬、軟膏など庶民が手に入れやすい薬、消毒液や包帯が置いてあり病院にも卸している。他には日用雑貨や口紅、化粧道具なども販売していて女子に人気のお店とあって店員さんは忙しなく働いていた。長屋にあるお店とは別に本宅が近くにある。
美和の父である
日路里家の当主は恰幅よく羽織袴姿でどっしりとした風格の人だ。けれど商売人らしく話し上手だが威厳があり
「初めまして。美和と申します」
「ああ、美和ちゃんだね。覚えてないかもしれないが幼い頃に一度会ってはいるのだよ。随分大きくなったな。ワシは蒼翼の父、正一と申す。堅苦しい挨拶はその位にしよう、ワシと半六は旧友でなぁ。やあ可愛らしいお嬢さんに育ったな。本当にうちにお嫁に来てくれるのかい?」
「いやーこの子は気が強くて参るよ~。本当にうちの娘でいいのか? ははは」
「倅は優しすぎるからしっかりした嫁さんの方が良い」
(私はそんなに気が強くないよ)
父様の会話になんだかムッとする。ずっと正座しているからだんだん足がしびれてきた。すると正一は美和の方を向き、
「そうだ、お美和ちゃん、蒼翼はもう寮に入ってここにいなくてなぁ。代わりに恋文を預かっているぞ~若いもんはいいのぉ」
からかいながらそう言って、茶箪笥から取り出し渡した。
(恋文って何よ? お見合い相手ですけど)
なんて思いつつ、頬は赤かったかもしれない。うつむきながら無言で受け取った。出されたお茶は香りも良く上品な味だ。高そうなお茶を飲むのも初めてと言っていい。つくづくどうしてここに嫁ぐことになるのか分からない。
街で買った沢山の荷物を背負い帰ろうとしたら、「未来のお嫁さんにそんなことはさせない」と言って、正一が日路里家の従業員から後で荷物を届けさせると言うのでお任せした。
「あー疲れた」
慣れない扱われ方に戸惑い、
「コッコッコ……」
と言って千代が美和に近づく。
「なに?餌が欲しいのね。今日はトウモロコシね」
いつものように歩きながらパラパラと餌をまく。ヒヨコのころからお世話をしているので母親と思っているのかニワトリの千代は美和が好きなようだ。
羽を触っても首の下をナデナデしても嫌がらないし、近くに寄って
「コッコッコ(訳:あのねー)……」と今日の出来事を話しかけてくるように思えるから不思議だ。もしかして自分の事を人間って思っている?
反対に父様が嫌いなご様子で父様の姿が見えただけで「コォォォォッ」と叫んで突進して
「父様は嫌われる理由があるの?」
「うぅぅむ。何か気に障る事をしたんじゃろか」
心当たりはないが、知らないうちに千代の嫌がる事でもしたのでしょう。部屋に戻り、鞄の中に手紙を入れたことを思い出した。封を開け、手紙と封筒の中には切手と葉書が入っていた。それに軍学校の住所も書いてあった。
『婚約者殿
お返事ありがとう。僕の呼び方も考えてくれたね。君がそう呼ぶなら、僕は美和さんと呼ぶことにします。またお互い歩み寄れたら、なれなれしい呼び方に変わればいいと思っています。未来の夫が僕でよかった理由を率直に書いてくれてありがとう。容姿については好みによるから、美和さんの許容範囲で安堵しています。また優しそうとの事ですが、本当に優しいかどうか、次、会う時に試されますね。夫婦については自分の理想の夫婦を美和さんとこれからゆっくり考えていきたいです。
僕は
ところで、美和さんに夢はありますか、やりたいことはありますか?』
どくん……
予想外な最期の一文に心臓が跳ねた。
夢――女子の私が結婚以外で夢があってもいいの?
日ノ国の女子は、小学校を卒業すると
女子達はその3年間でよい縁談、殿方に見初められるために裁縫やお料理、ピアノにお琴など励み、あとは夫を支える妻としての心得などを学ぶ。
結婚しない女子は令嬢であれば大学に行き
――秘めた思いが胸の奥で熱くなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます