第2話 はじめての手紙
「ただいまー」
帰ってきた美和は夢見心地でふわふわしていた。ランドセルを置き、家の横の小屋にいるニワトリの千代とむさしを庭に出し、雑穀米をぱらぱらまいてから玄関を開けると「おかえり」と父様は満面の笑みでむかえた。そして思い出したように
「ああ、美和、今日は未来の夫に会えたかな? 少し前にうちにも寄ってくれた。素晴らしい立派な青年だった。しかし正式に会う日は延期になってなぁ。時間がないそうだよ。しかしほっとした。美和に着物を買ってあげる余裕はうちにはなかったからな」
「そう……」
もしやわが家のふところ事情を知っているとか? そんなことないか。それにしても少し遠くの中学校からどうやって小学校に来られたのかな? 疑問が湧きつつも、突然現れたお見合い相手に、短い時間で色々言われたので、ゆっくり彼の言葉を反芻する。
――もうすぐ、軍学校の寮生活で実家を出ていく
――会う時間がないから今日、会いに来た
――結婚するまでの間にお互いの理解を深めたい
それと……
「あ、いけない。暗くなる前にお水汲まなくちゃ」
お風呂に使うお水を汲みに桶をひっかけ家の前の小川に向かった。桶に水をたっぷり入れ浴槽に入れる。何回も往復したので、ふうと一息ついて桶を置いて休憩する。あとで裏山の小屋に置いてある薪を取りにいかなくてはお風呂が焚けない。
川の上流に美和が住む
聖獣村の入り口には鳥居が建っていて、石階段が長く続くその先の森の奥はブナやカツラなどの原生林が広がっている。この村を象徴するかのような大きな岩が祀ってあり小さな滝が流れている。社などはなく、神が宿るとされる霊木が夕日に照らされて彩光が射しこむ神秘の村。
この場所は聖獣村の住人しか入れない。誰が住んでいるのかも、どんな建物が建っているかも木々に隠れてうかがい知る事ができない。時々、小さな竜巻が鳥居に吸い込まれるように入っていくのを見る。あれは何だろうと思う。
(帰り際、彼は何て言っていた?)
「実は初めましてじゃないよ。初めて会ったのは、そう、君が小さい頃―」
ふっと笑った。
「……抱っこしたことあったかな……
――次に会えるのは来年かもしれないから、手紙を書くよ」
***
秋から冬に差し掛かる頃、
『婚約者殿
お久しぶりです。先日は突然会いに行って驚かせてしまいました。僕は無事、軍学校に通うことになりました。もうすぐ〈西の地〉で寮生活が始まるので引っ越しの準備に追われています。君に会ってから2ヶ月がすぎました。空いた時間ができたので手紙を書こうと思い筆を執りました。それで考えていたのですが、僕は未来の妻になる君をなんと呼んだらいいか悩んでいます。そして夫となる僕を何と呼びたいですか』
短い文面だったが、きれいな字だ。万年筆で書かれているその手紙の封筒の中には切手と葉書が入っていた。
「これで返事を書けってことかな? ……うーん」
急なお見合い話に頭がついていかず2ヶ月たっていた。どこかのご令嬢は生まれた時から結婚相手が決まっていると聞く。でもうちは貧乏だしお見合い相手を探す母もいないから、ずっと遅いと思っていた。遅いと良縁に恵まれないことが多いので、それなら一生独身でも構わないと思っていた。
(
それにしても呼び方を
「美和、行儀が悪いぞ。そんなお前に良い縁談が来るとはなぁ」
父様はため息まじりに注意する。取り繕ったところで私だ。素直な気持ちを書けばいいよね。勢いよく起き上がり、ピンピンに削った鉛筆を探した。
『婚約者さま
先日はお手紙ありがとうございました。殿方に手紙をもらうのは初めてで、うれしかったです。それに未来の夫なる人があなたでよかったです。理由はかっこよくて優しそうだからです。それから軍学校入学おめでとうございます。呼び方についてですが、まだ、私はあなたの事をよく知りません。なれなれしい呼び方を考えてもしっくりこないし、そもそも結婚とは夫婦とは何か、心の片隅にも考えたことなかったので、これから本など読み勉強していくつもりです。それで呼び方なのですが、今は蒼翼さんとお呼びしてもいいですか?』
思いついた事をつらつら書いたので文章は変だったかもしれない。封筒に入っていた切手を貼り、手紙を出した。
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