第49話 ドラゴンズ・ハイランド

「ここがドラゴンたちのまう北の大地、ドラゴンズ・ハイランドか」

「岩山ばかりのものすごい山岳地帯ですね……とても人間が住むのは不可能です」


 俺とリュスターナは、ドラゴンたちに見つからないように少しだけ頭を出して眼下を眺めた。


「これじゃ移動だけでも一苦労だもんな」

「ドラゴンは空を飛べるから問題はないんでしょうけど」


 こそこそと小声でやり取りをする。


「おっ、さっそくドラゴンがいるぞ。でもこっちの方が上を飛んでるから、こうやってる分には見つかることはなさそうだな」


「しかもあのドラゴン、さらに高度を落としていきましたよ? どうしたんでしょうか?」


 リュスターナの指摘した通り、ドラゴンはミストルティアを見た途端に急激に高度を下げていった。


「ドラゴンの世界では強い奴ほど高いところを飛ぶの。だから並のドラゴンはボクを見たら敬意を払って高度を下げるんだ。ドラゴンの掟に逆らって、四天王最強のボクより上を飛ぶなんてしたら殺されても文句は言えないからねー」


「飛ぶ高さ1つで殺すとか殺されるとか、文字通り殺伐としすぎだろドラゴンさんよぉ……」

「強さを唯一の指標にするドラゴンらしい掟とも言えますね」


 ドラゴンの殺意に満ち満ちた価値観を改めて目の当たりにして、俺とリュスターナは思わず視線を合わせて苦笑した。


「だからボクはおにーさんのことが好きだよねー。とっても強いから。ずっと人間なんて弱っちぃ奴らだなぁって思ってたからビックリしたもん」


 ワクワクを隠さずに言ってくるミストルティア。


「言っておくけど、もう2度と戦わないからな?」

「えー、またやろうよ~。楽しいじゃーん?」

「絶対に嫌だ」


 楽勝の戦いならまだしも、あんな死ぬ思いで戦って何が楽しいってんだよ?


「そんなこと言わないでちょっとだけでいいからさ? ね、ちょっとだけやろうよ? ちゃちゃっとやったら、すぐに終わるから~」


「お前はどこのスケベオヤジだよ……」

「あははは……」


 これにはリュスターナも苦笑いだった。


「でもこんなところに住んでいてメシはどうしてるんだ?」

「ドラゴンは普段はかすみを食べて生きていると言われていますが……」


「マジかよ、空気食って生きてんのかよ? こんなでかい身体なのにコスパよすぎかよ。ほんとなのかミストルティア?」


 ほんとならどうやってこの巨体を維持してるんだ?


「正確には霞を取り込む過程で大気中のマナを補給しているんだけどね。でも人間から見たら空気を食べてるようにしか見えないかも?」


「そ、そうだったんですね。勉強になります!」

 ドラゴンの食生活の真実を知ったリュスターナが、知的好奇心に目を輝かせる。


 しかしアホな俺はと言うと、

「でもお前、普通にメシ食ってたよな? しかもものすごい量を食べてるだろ」

 そんな疑問を覚えていた。


 メイリンが考案した「餌付け作戦」で胃袋をグッと掴まれてしまったミストルティア。

 その後の食い意地の張ったミストルティアの健啖っぷりは記憶に新しい。

 ボールみたいに大きな深皿いっぱいに入った肉団子スープとか余裕で平らげるし。


「別に人間のご飯が食べられないわけじゃないもん。むしろ人間は手先が器用だから美味しい料理をいっぱい作れるし、そこだけは人間がドラゴンを圧倒してるよねっ♪」


「じゃあメイリンにお願いして、最終決戦に勝利したらとっておきの美味しい料理を食べさせてもらいましょうね」


「わーい!」

「お前は誕生日に大きなステーキを用意してもらった子供かよ……」

「おっきーステーキ、大好き!」


「くっ、こいつ。こざかしくも語末で綺麗に韻を踏んでやがる。俺と同じアホのくせに生意気な……」


「勇者様勇者様、ミストルティアってかなり頭いいんですよ? 子供っぽい言動だからぱっと見はそう見えないかもですけど。知能指数は自分とほぼ匹敵するくらいだってメイリンが言ってましたから」


「嘘ぉ!? こいつってそんなに頭いいの!?」

「ふふん、驚いたか! これからはミストルティア先生と呼んでくれてもいいからね?」


「呼ばねーよ。なにが先生だ」

「恥ずかしがらなくてもいいのに」


「恥ずかしがってるわけじゃない。アホが実は俺一人だったと知って心底悔しいだけだ」


 同じアホだと思っていたら、子供っぽいだけで天才だったと知った俺の悲しみと悔しさときたら……。


「おにーさんは最強にストロングなんだから、そんなの気にしないで良くない? ね、リュスターナさん」

「そうですよ、勇者様はこれだけ強いんですから得意分野を伸ばしましょう♪」


「ありがとう二人とも。ちょっと元気出てきたよ……」

「それは良かったですね」


「ところでミストルティア」

「なーに?」


「結構なスピードでかなりの距離を移動してるけど、ドラゴンをあまり見かけないよな?」

「そうだねー」


「そうだね、って。なんか心当たりはないのかよ?」

「さぁ? 興味ないし」

 だよなぁ。

 お前は他人のことなんてまったく興味ないよなぁ。


 と、そこでリュスターナがちょいちょいと俺の二の腕をつつきながら言った。


「勇者様、きっとこの前10000体のドラゴンを倒したことと、メイリンたちの陽動作戦が上手く成功しているからではないでしょうか」


「陽動作戦に引っ張り出されて手薄になってるってわけか。ほとんど遭遇しないのはその証拠と」

「おそらくは」


 なんて話をしているとミストルティアの向かう先に、他の山とは別格に大きな巨山が見え始めた。


「見えてきたよ。あれがドラグバーン城。城って言っても天然の巨大な洞窟なんだけどね」


「ってことで、おしゃべりはここまでだな。みんな心の準備は良いな?」


 最終決戦前の気分転換はこれにて終了だ。

 ここからの俺には、人類存亡をかけた勇者としての振る舞いが求められる。

 俺は気持ちをしっかりと引き締め直した。


「もちろんです」

 同様にリュスターナも凛とした聖女の顔になる。


「じゃあお城に突入するね! 行っくよーー! うぉりゃぁーーっ!!」


 ミストルティアがドラグバーン城の洞窟入り口へと勢いよく突っこんだ。


 さあ、最終決戦だ――!

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