第7話 そして、森へ

牛丼

「う……。」


 久しぶりに目を覚ました。


 どうやら、数日間か意識を失ってしまっていたらしい。


牛丼

「ここは……どこだ?」


???

「会社の医務室だよ。」


???

「ビッグゴブリンを倒した君は、そのまま意識を失ってしまったんだ。」


???

「そんな君をあの時同じ洞窟にいた、君が助けた3人の勇者たちがこの会社の医務室まで運んで来たんだよ。」


 知らない声が返ってきた。


牛丼

「あなたは、誰ですか。」


社長

「私はこの株式会社勇者の社長だよ。気軽に社長と呼んでくれて構わない。」


牛丼

「しゃ、社長!? これは失礼しました!!」


社長

「君が【ボルケイノ】を継承した事は知っている。」


社長

「君が新世代の継承者だと分かった上で、1つ頼みたいことがあるんだ。」


牛丼

「頼みたい……こと。」


社長

「株式会社勇者があるこの街を『カマーム』という。」


社長

「そのカマームから北へ進み、山を1つ超えた場所に『タクト王国』という国があるんだ。」


社長

「その『タクト王国』が所有している森『タクトの森』で暮らしてもらいたい。」


牛丼

「えっと……。つまり?」


社長

「現在、『タクトの森』はモンスターが凶暴化してしまっているため、人が近づけない状態となってしまっている。」


社長

「理由は分からない。だが、モンスターが凶暴化してしまっている為、迂闊に近づかないんだ。」


社長

「『タクト王国』もそれが原因で『タクトの森』の管理権利を手放してしまった。」


社長

「つまり、今の『タクトの森』は無法地帯となってしまっているんだ。」


牛丼

「そ、そんな危なそうな場所に、なんで俺を?」


社長

「君の【ボルケイノ】を守るためだ。」


牛丼

「ん?」


社長

「コレル君を襲ったラドリーという男のように、今の時代の【ボルケイノ】は、そのスキルの存在を良しと思わない人がいる。」


社長

「そのため、【ボルケイノ】の継承者の命を狙おうとする者もいるのだ。」


社長

「そのような者から君を守るために、『タクトの森』で暮らしてもらいたいのだ。」


社長

「人が近づかないのであれば、君が襲われる心配も少ない。」


社長

「君は、凶暴化しているモンスターで己を鍛えることも出来る。」


社長

「もちろん、1人で行けとは言わない。」


社長

「君を運んで来た3人の勇者も君と『タクトの森』へ行きたいと言ってくれている。」


社長

「まぁ、正確には君が行くなら自分達も行く、と言っていたがね。」


 正直、話が急展開すぎて着いていけていない。


 俺は確か、師匠の仇をとって、そのまま意識を失ってしまった。


 そんで、目が覚めたら森へ行けと。


 牛丼はその時、とある1人の女勇者を思い出した。


牛丼

「1人、1人だけ誘いたい人がいるんですけど、ダメですか?」


社長

「君がそう言ったという事は、森での仕事を受けてくれるという事でいいのかな?」


牛丼

「急展開すぎて着いていけてないんですけど、やってみせます。やり遂げてみせます。」


社長

「良い返事を貰えて嬉しいよ。」


社長

「それと、誘うのは全然構わないよ。何人でも構わないからね。」


牛丼

「ありがとうございます!」


社長

「それじゃあ、牛丼君。健闘を祈るよ。」


社長

「君は、コレル君の所で1年もスローライフを学んで来た。」


社長

「そんな君なら、『タクトの森』での暮らしは余裕なんじゃないかい?」


牛丼

「そうですね、イージーゲームです!」


社長

「なら良かった。」


 社長はそう言うと、牛丼のいた医務室を出て行った。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




《西暦2061年4月25日・始まりの草原》


ヒナ

「へぇー、凄いじゃん。」


牛丼

「ありがとう。」


牛丼

「そ、それでさ。ヒナに話したいことがあってさ。」


ヒナ

「うん? 何?」


 牛丼は1年前、突如としてコレルの家に訪れたヒナという名の女勇者出会った。


 そして1年間、共にクエストへ行ったり、遊んだり、楽しかった。


 コレルとヒナ。


 この2人と共に暮らす毎日が楽しかった。


 そして、コレル亡き今もヒナとは今まで通り過ごしていたい、そう思っていた。


 きっと1年間、共に過ごして来た中で、気になってしまっていたのだろう。


 森で仕事をするという事が分かった時点で、ヒナとも一緒に行きたいと思っていた。


牛丼

「えっとー! そのー! つまり!!」


ヒナ

「落ち着いてよ。」


 慌てている牛丼を見て、ヒナは笑う。


牛丼

「あ、あのー、実はー……、」


ヒナ

「なぁに?」


牛丼

「その森の仕事に一緒に行きませんかと思いまして!!!」


ヒナ

「うん。」


牛丼

「俺と一緒にタクトの森に行きませんか!?」


 牛丼はそう言うと、突然笑い始めた。


牛丼

「な、なんで笑うんだよ!!」


ヒナ

「誘ってくれたのは嬉しいよ。でもさ、キョドりすぎでしょ。」


牛丼

「うっ!? だって、緊張したんだもん。」


ヒナ

「ハハハハ! 私の事、好きかよ。」


牛丼

「なっ!?」


ヒナ

「ハハハハ! 嘘嘘、冗談だよ。誘ってくれてありがとね。」


ヒナ

「でも残念な事に、私は現実世界での仕事を任されてしまったのだ。」


牛丼

「え、そんな。」


ヒナ

「そんな絶望みたいな顔しないでよ。」


牛丼

「だって……。」


ヒナ

「きっと会えるよ、すぐにね。」


 その時、ヒナが牛丼に急接近した。


 驚いた牛丼は後ろに下がるが、途中でつまずいてしまい、その場に倒れてしまった。


 ヒナも追いかけるように、牛丼の上へと倒れる。


 まるで、ヒナに床ドンされているような姿勢になった。


ヒナ

「私も牛丼の事、好きだよ。」


牛丼

「ヘェッ!?」


ヒナ

「牛丼の真っ直ぐなところとか、仲間想いなところとか、カッコイイところとか、とにかく全部。」


ヒナ

「全部、好きだったよ。」


牛丼

(好き『だった』?)


ヒナ

「でも、ダメだよ。ダメな理由があるんだ。」


牛丼

「どういう……。」


ヒナ

「私と牛丼の関係はここでおしまい。これ以上の関係はないよ。」


牛丼

「な、なんで!」


ヒナ

「ほら、一緒に森に行く仲間に、女の子いたでしょ? 彼女とか好きになりなよ。」


ヒナ

「とにかくだけど、私は辞めておいた方がいい。」


 これって、遠回しに振られてるって事なのかな。


ヒナ

「寂しいけど、じゃあね。」


 ヒナはそう言うと、牛丼の右手を掴み、その手の甲に唇を当てた。


牛丼

(き、キッス!?)


ヒナ

「これで、ちゃんと忘れるんだよ。」


牛丼

「ひ、ヒナ!?」


ヒナ

「バイバイ、牛丼。」


 ヒナはそう言うと、『カマーム』へ1人で帰って行った。


 去り際、ヒナは牛丼に聞こえない声で呟いた。


ヒナ

「本当に好きだよ、牛丼。」


ヒナ

「でも、君の為だもんね。」


 牛丼は、自分の手の甲に残る感覚を味わっていた。


牛丼

「忘れろって言われたって、忘れるなんて出来ないだろ。」




《西暦2061年4月30日・カマーム》


 十分な準備を終えた牛丼と新たに牛丼の仲間となった勇者たちは、『タクトの森』へ向けて『カマーム』を旅立った。


 "【ボルケイノ】の継承者" 佐藤牛丼

 "槍の勇者" タツヤ

 "弓矢の勇者" セイヤ

 "召喚士の女勇者" リコ


 この4人の森での生活が始まろうとしていた。

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