最終話 ブスと言われたあの日からの自分へ

 小柄こがらな男、マサキはにやにやとして、ミチエを頭から爪先つまさきまで値踏ねぶみするようにながめた。時おり、手に持ったグラスの酒を飲んだ。

 ミチエもマサキの頭から爪先つまさきまで見た。

 マサキはハゲて顔はくすみ、シワとシミだらけ、実年齢じつねんれいよりけていた。腹もぽっこり出ている。

 顔はくすみたるんでいるのに、にごった目だけがギラギラしていて、学生のころよりいやらしい印象いんしょうをミチエに与えた。

 今はっ払っているのか、顔が赤かった。。

水橋みずはしが大学やめちまったって聞いたときは悲しかったぜ」

「ああ、うん」

「お前美人になったな。42期一べっぴんだ」

「私なんて。マサキくんには美人の彼女がいたじゃん」

「あんな女知らねえよ。あのブス、彼氏ができたとか言って3ヶ月で俺をりやがった」

「あ、そ」

「それより水橋みずはしはさあ……」

「ねえ。私なんかよりカンナちゃんいるよ」

「え?ああ。いやあ、水橋みずはしはほんとに美人だなあ」

 マサキはそばにいるカンナの方には脇目わきめもふらなかった。あんなにカンナのことを持ち上げていたのに。

 カンナはさみしそうに立っていた。悲しそうな目をしている。

「なあ、このあとにメシいかね?」

 怒りがこみあげてきた。

絶対ぜったいいや

「何でだよ」

「ご飯がまずくなりそうだから」

 マサキは赤い顔をさらに赤くした。

「何だと?調子乗んなこのブス!整形せいけいモンスターが!」

「その整形せいけいモンスターを作ったモンスターは誰?」

「はあ?何のことだよ」

「さんざん人のことをブスブス言って追いつめたモンスターは誰かって聞いてんの」

「知らねえよ」

「あっそ。ま、どっちにしろ私あんたのこときらいなの」

「てめえ、ブス女。侮辱罪ぶじょくざいうったえてやる!」

「侮辱罪はあんただろ!大体人の外見をどうこう言えるなりをあんたはしてるの?」

「うう」

「うせろ。このモンスター野郎」

「お、俺トイレ行くから」

 マサキはおろおろとして会場から出て行った。

 カンナとサトミ、それから近くにいた元オケ部員たちが、ミチエに拍手はくしゅをした。

水橋みずはしすごい。言うようになったな」

「マサキは水橋みずはしがおとなしくて言い返さないからいじってたもんね」

「え?そうだったんですか?」

 サトミもゆっくり手をたたきながら、

「そうよ。ですからあたくしはあなたにプライドをお持ちなさいと言ったの」

 言われてみればそうだったかもしれない。

 もし当時もミチエが今のようにマサキに言い返していたら、大学時代はまた違ったものになっていたのだろうか。

「俺たち、サークルでマサキのいじりをとめなくてごめんな」

「私たちも一緒に標的ひょうてきにされるのが怖くてなにも言えなかった。後悔こうかいしてたんだ。ごめん」

 元オケ部員たちは、口々にミチエに謝罪しゃざいした。

「いえ、もういいんです。それより私もあやまりたい人がいます」

 ミチエはカンナの方をむいた。

「あのさカンナちゃん」

「うん?」

「その、あのときラインであんなこと言ってほんとにごめん。許されることじゃないけど、あのときはみすぎてどうかしてた。あんなこと言ってずっと後悔こうかいしてた」

「ううん。こっちこそごめん。ミチエちゃんがなやんでたの気づいてあげられなくて。整形せいけいするほど傷ついてたなんて知らなかった」

「カンナちゃん」

「実は私もあのとき悩んでたの。みんな私のことをかわいいって寄ってきて、最初はうれしかったけど、段々怖くなった。男の人たちは私のこと何も知らないくせに勝手に期待して寄ってきたの。私の中身はただのオタクだったのに」

「そうだったの」

「女の人からものけ者のされたり悪口言われてつらかった。私はただミチエちゃんたちと楽しく過ごせればそれでよかったのに。私の顔も、マサキくんやミチエちゃんの言うブスだったらよかったのかなって、考えることもあったよ」

 カンナは目尻めじりの涙をこすった。

 ミチエも涙をぬぐった。

 そういえば、大学のころ、カンナのよそおいが急に地味じみになった時期があった。

「ごめん。本当に。私の心がせまかったせいでカンナちゃんのこと傷つけた」

「ううん。ミチエちゃんのせいじゃないよ。これからも友達でいてくれる?」

「うん。こんな私でよければ」

 サトミは2人たちをながめ、上を向き、涙がこぼれないようにした。

「あれ?サトミ部長ぶちょう泣いてるんですか?」

 周りにいる元オケ部員たちがほほえんだ。

「ふん。あなたたちはどうなのよ」

 元オケ部員の中にも、もらい泣きをしている者がいた。

 ミチエとカンナは涙ぐみながら、顔を見合わせて笑った。

「顔ってなんなんだろうね」

「ね。よく考えたら目と鼻と口がついただけの、何十センチの肉と骨のかたまりなのにね」

「そんなものにあーだこーだ振り回されるなんて、人間は滑稽こっけいだよね」

「うん、バカだよね」

 サトミが少し目元めもとをぬぐいながら、

「でもねお2人さん。顔はとても大事なパーツよ」

「そうですか?」

「だって、年を重ねればその人の生き方が現れるじゃない。優しい心でいれば優しい顔に、いじわるな心でいればいじわるな顔になるの。しわくちゃになったあと残るのは、骨と肉の位置や高さよりそういう雰囲気ムードよ」

「そうですよね」

「それは確かに」

 ミチエもカンナも、他のオケ部員たちもうんうんとうなずいた。

 

 ミチエは考える。

 中学生のあの日、ブスと言われてミチエは深く傷ついた。

 そのため、大人になったミチエは整形せいけいをやりつくした。そこに後悔こうかいはない。自分の顔がきらいだったから。

 だが、どんなに整形せいけいしても、最後まで自分の顔を好きにはなれなかった。今もそうだ。

 金銭的きんせんてきなことや痛みもこともあった。顔を変えるのは、ミチエにはもう限界だった。

 学生の頃、自分たちははっきり目に見える成績せいせき外見がいけんでしか周りから評価ひょうかされなかった。

 社会は情報であふれているから、世間せけんの人はすぐ見えるものしか見ない。

 大人は忙しく、長い人生の中で鈍感どんかんになっているから、子供の深いところの傷や繊細せんさいさにまでかかずりあってられない。

 子供は世界がまだせまいから、目にはっきり見えることしかわからない。だから外見を嘲笑ちょうしょうしたりする。

 でも本当は、人にはもっと目に見えないいろいろな面があり、年を重ねれば重ねるほど、段々だんだんと目に見えないことの方が大きくなっていくのではないか。

 すべての人に好かれる必要はない。マサキのようにブスと言ってくる人ではなく、カンナやサトミ先輩せんぱいのように、自分のことを大切に思ってくれる人にだけ、好かれる顔になればいいんだ。

 そしてそんな顔になるために、自分が大切だと思える場で、まっすぐ活躍かつやくすればいいんだ。

 ブスと言われたあの日から傷ついた自分へ、そう言ってやりたかった。

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