第21話 再会

「ブラボー!」

 ミチエがとびらを開け、会場かいじょうに足を踏み入れと同時に、拍手はくしゅがあがった。

 元オケ部員ぶいんたちが、会場かいじょうの前の舞台ぶたいに向かってしきりに拍手はくしゅしていた。みんなとし相応そうおうに老けたが、ミチエには見覚えのある面々ばかりだった。

 ミチエは前に進んだ。

 舞台ぶたいには、バイオリンを肩に乗せた、白のペンシルスカートのサトミと、チェロを抱えた黒のスーツのヨシナガがいた。2人は並んで立ち、舞台ぶたいの前の元オケ部員ぶいんたちにお辞儀じぎをした。そして互いに目配せし、ほほえみあった。当然ほかのオケ部員ぶいんと変わらず、昔より老けてはいたが、印象いんしょうは若々しかった。

 拍手はくしゅがさらに大きくなった。

「え?サトミ先輩せんぱいとヨシナガ先輩せんぱい?別れたんじゃ……」

「あの、ミチエちゃん?ですか?」

 声をかけられミチエは振りむいた。

 後ろにおばちゃんが立っていた。

 重い黒髪に、れた丸顔まるがお、キラキラした目でミチエを見つめている。よく見るときれいな顔をしていた。

 両手には赤ちゃんを抱いていた。

「カンナちゃん?」

「ミチエちゃんだよね」

 カンナは泣きそうな顔で笑った。

「お?水橋みずはし来たの?」

 近くにいた元オケ部員ぶいんたちが、ぞろぞろとミチエたちの周りにやってきた。

水橋みずはし元気だった?」

「みんな心配してたんだよ」

 ミチエは戸惑とまどった。

 突然カンナの抱いている赤ちゃんが泣き出した。赤ちゃんはつぶれた肉まんみたいな顔だった。

 舞台ぶたいにいたサトミとヨシナガが、赤ちゃんの方にかけよった。

「あらあら。お腹が空いたのかしら。それともおしめ?リョウくん。見てきてちょうだい」

「……うん」

 ヨシナガはカンナから赤ちゃんを受け取り、会場かいじょうから出ていこうとした。

 ミチエはあぜんとした。

「……ん?水橋みずはし?」

 ヨシナガは急にふりむいた。

 しわは増えたが、相変あいかわらずきれいな顔立ちだった。スーツがよく似合っている。

「え?あ、はい」

「……久しぶり。よかったな」

 ヨシナガはそれだけ言うと、会場かいじょうを出て行った。

 ミチエはぽかんとした。

「もう。水橋みずはしさんのこと心配してたくせに。いつまでたっても口下手なんだから。ちゃんと子育てできるか心配だわ。やっと授かった赤ちゃんなのに」

 サトミが白のペンシルスカートの腰に手を当てた。相変あいかわらず潰れた肉まんみたいな顔をしていたし、年相応のしわやたるみはあった。だが、海外女優のようなメイクに、大学時代より色合いが落ち着いたファッションのおかげで、とてもおしゃれに見えた。

先輩せんぱいたち結婚されてたんですか?」

「何よ。おかしいかしら」

「いえ。てっきりヨシナガ先輩せんぱいはアスムちゃんといい仲になったのかなって」

 カンナがクスクス笑った。

「サトミ先輩せんぱいすごかったんだよ」

 サトミはあごをあげ、ふんと鼻をならした。

 カンナの話によれば、あの学園祭がくえんさいのあと、部内ぶないでアンサンブルコンテストが企画きかくされたらしい。グループごとに分かれて演奏えんそう披露ひろうしたそうなのだ。

 当然アスムとヨシナガもそれぞれバイオリンとチェロでコンビを組むことになったのだが、2人の演奏えんそうはなぜか合わなかったようだ。

「ええ?何でですか?2人ともめちゃめちゃうまかったじゃないですか」

「そう。2人ともうますぎたの。方向性ほうこうせいが違う方に」

「どういうこと?」

 サトミが気取って、

「アスムの技巧テクニック完璧かんぺきよ。でもあの子の表現する世界は、燦々さんさんと太陽が照らす鮮明せんめいな世界。対してリョウくんの表現する世界は、きり哀愁あいしゅうに満ちた曖昧あいまい模糊もことした世界」

「えっと、つまりどういうことですか?」

「合わなかったってことだよ」

「ああ、なるほど」

「音楽は、いいえ、人のあり方も技巧テクニックだけじゃ足りないわ。雰囲気ムードを作ることもとても重要よ。雰囲気ムード内面ないめんから出るもの」

「アスムちゃんは内面とか、曖昧あいまいなものが苦手そうですよね。目に見えることしか信じないとか言ってたし」

「そう。それでサトミ先輩せんぱいが、ヨシナガ先輩せんぱい好みのムードたっぷりの演奏えんそうをしたの」

「それでヨシナガ先輩せんぱいを取りもどしたんですね」

「まあね」

先輩せんぱい、さすがです」

「ふふ。もっと言って」

「アスムちゃんもすごいんだよ。『はっきり目に見えることしか信じない』って、建設けんせつ会社がいしゃ就職しゅうしょくしたの」

「家とか建ててるの?」

「ううん。高層こうそうビルとか大ホールとか」

「ええ?」

「見て。アスムちゃんのSNS」

 カンナがスマホを見せた。

 画面に写真がうつっていた。建設けんせつ中のビルの上に、ヘルメットをかぶり、腕を組んだアスムが仁王におうちしていた。作業着さぎょうぎを着ていて、真っ黒に日焼けしているが、かなり若々しく、きれいなままだった。被ったヘルメットは、アスムが小顔すぎて頭にフィットせず、ずれていた。

 アスムの後ろには、アスムと同じく作業着さぎょうぎにヘルメットをつけ、腕を組んで仁王立におうだちした作業員さぎょういんたちがズラリと並んでいた。

「すごい!現場げんば監督かんとくなんだ。カッコいい」

「ね。カッコいいよね」

「お前水橋みずはしか?」 

 そこへハゲた小柄こがらな男がやってきた。手には酒の入ったグラスを持っている。

「え?誰?」

「おいおい忘れんなよ。マサキだよマサキ」

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