第20話 同窓会の誘い

 二十数年後。

 老人ろうじんホームのリビングルームでは、窓から入る明るい日につつまれ、入居者にゅうきょしゃがのんびり過ごしていた。

 ミチエが目の悪いおじいさんの肩を軽く叩き、話しかけた。

鈴木すずきさーん、今からご飯を口に運びますが大丈夫ですか?」

 ミチエのほおには以前より肉がついていた。

「うん大丈夫」

 ミチエはおばあさんの口にスプーンでご飯を運んだ。

「おいしい。ミチエちゃんのご飯はおいしい」

 ミチエは笑った。

 職員しょくいんがミチエに、

「ミチエちゃんつかれたでしょ。ちょっと休憩きゅうけいしてきなよ」

「あ、はい」

 ミチエが部屋から出て行こうとすると、おばあさんに声をかけられた。

「ミチエちゃんまたきれいになったね」

「え?いや、そんなことないですよ」

「ううん。女優さんみたいだよ」

「ほんとだね」

 ミチエは何と言っていいかわからなかった。

 

 休憩室きゅうけいしつのソファに、ミチエはぐったりして座った。

つかれた」

 だが嫌なつかれではなかった。

 ミチエは座ったまま、休憩室きゅうけいしつかべの、洗面台の上のかがみを見た。

 かがみに自分の顔が映っていた。

「ブスだなあ」

 十数年前に管理栄養士の資格を取得し、食生活に気をつけるようになったからか、あるいは長年の悩みが消えたせいでストレスがなくなったからか、年齢のわりには若いとは思う。でもブスはブスだ。

 だが、だからといってどうこうしようとはもう思わなくなった。毎日忙しいので、いつのまにかそんな気も失せた。

 女性の職員しょくいん休憩室きゅうけいしつに入った。

「ミチエちゃんおつかさま介護かいご福祉士ふくししの仕事は慣れた?」

「あ、はい。でも資格しかく試験しけん実務じつむじゃ全然違いますね。こんなに大変だなんて」

「そうだね。でも忙しい中ミチエちゃんはよく資格を取ったよ。しかも料理も作ってもらって悪いね。人手不足だし、ミチエちゃん管理かんり栄養士えいようし資格しかく持ってるからつい頼んじゃって」

「あ、料理は大丈夫です。私、料理をおいしいって言ってもらえるのが一番嬉しいんで。栄養士えいようしもそのために取ったわけだし」

 この施設しせつでちゃんと働き、料理をおいしいと言ってもらうことが、今の自分に一番大事なことだった。だから顔が美人である必要はないと思えるようになった。

「ミチエちゃんってさ、話す時まず『あ』って言うよね。利用者さんも言ってたよ」

「あ、そうですか?……あ」

 職員しょくいんは笑った。

 ブーっと、ミチエのスマホに通知つうちが届いた。ミチエは何気なにげなしに通知つうちを開いた。

 メールが届いていた。

 中身を確認し、ミチエは目を見開いた。

「カンナちゃん?」

 カンナからのメールだった。件名には、同窓会どうそうかいのお誘いと書いてあった。

 

 あるホテルの大広間の、とびらの前で、ミチエは逡巡しゅんじゅんしていた。

 とびらわきには白い看板があり、『加尾良かおよし大学だいがくオーケストラ部42期、43期、44期同窓会どうそうかい』と書かれていた。

 とびらの向こうでは人の話し声と、バイオリンとチェロの演奏が聞こえた。

 ミチエはスマホを取り出し、カンナのメールをもう一度確認した。

『今度オケ部で同窓会どうそうかいすることになったの。色々あったけど私はミチエちゃんのことずっと友達だと思ってたから。来てくれたらうれしい。サトミ先輩せんぱいも会いたがってる』

 ミチエはとびらけるのをためらっていた。

 カンナにさんざんひどいことを言ってしまったのに。

 オケ部の仕事だって途中とちゅうで投げ出したのに。

 カンナちゃんやサトミ先輩せんぱいに会う資格なんか、自分にあるのかな。

 ミチエはカンナと初めて会ったときを思い出した。

 高校の入学式で、勇気を出して話しかけてくれた。

 大学でもずっと友達でいてくれた。

 働き出してからも、ずっと心に引っかかっていた。

 カンナちゃんにあやまりたい。あやまりたかった。

 ミチエは思い切ってとびらひらいた。

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