第16話 暴露

 美容びようクリニックのカウンセリングルーム。

 ミチエの前に座った医者が、ミチエのまぶたと小鼻こばなを観察した。

「うーん。まぶたは糸が取れてますね。小鼻こばなはボトックスの効果が切れたんでしょう」

「もう?そんな……」

「まあボトックスなんかは定期的にやるものですよ。保証ほしょう期間内きかんないなので、埋没まいぼつ小鼻こばな縮小しゅくしょうも無料で同じ施術せじゅつができます。いかがいたしましょう?」

「……あの、切ることはできますか?一瞬いっしゅんたりとも戻るのはいやなんです。もうすぐ学祭がくさいなんですけど、もし人前で戻ったらと思うと、怖いんです。それにもっと目を大きくして鼻を小さく高くしたいんです。ダウンタイムは何とかするんで」

「ええ。できますよ。どうぞ、見積みつもりです」

 医者はミチエに見積もりの紙をわたした。

「こんなにするんですか?」

切開せっかいは時間も労力もがかかるので値段もかかっちゃうんですよ」

「もっと安くならないですか?お願いです。私この顔じゃ、生きていけない」

 ミチエはつい泣いてしまった。

 医者はあわてて、

「落ち着いてください。医療いりょうローンも組めますから」

 

 クリニックの手術室の手術台の上に、ミチエが仰向あおむけで寝そべった。鼻には笑気しょうき麻酔ますいのチューブがささっている。麻酔ますいのせいでまた頭がふわふわしてきた。

 医者がミチエのまぶたをおさえた。

麻酔ますいしますねー。我慢がまんしてねー」

 まぶたの裏にちくりと注射ちゅうしゃがされ、ミチエは悲鳴をあげたいのをこらえた。

 

 まちを歩いていたマサキが、ある美容びようクリニックの近くをたまたま通りかかった。

 サングラスをかけた女性が、フラフラと美容びようクリニックから出た。

 マサキはその女性を見ると、足をとめ、

「ん?あれは。面白いもん見つけたかも」

 と、スマホを取り出した。

 

 音楽室でコントラバスを弾くミチエは、マスクに色のついたメガネをかけていた。

 ミチエのところにマサキがやってきた。

水橋みずはし風邪かぜ?あとなんでメガネ?」

 ミチエは顔を隠すようにうつむいた。

「え。う、うん。こほ、こほ。コンタクトつけてる時間なかった」

「大丈夫か?ほれ。これやる。って元気だせよ」

 マサキは大きなチョコクッキーの包みをミチエに差し出した。

「何これ」

「この前の連休れんきゅう彼女と旅行行ったからそのお土産みやげ

「マサキくん彼女いたんだ」

「まあな。見ろよ。超かわいいだろ」

 マサキがスマホを見せた。画面に美人の女性とマサキの写真がうつっていた。

「こほ。へえ。かわいいね」

「やっぱ美人はいいぜ。なあ、今食わねえの?」

「え?うん。こほこほ。後で食べるよ」

「今食えよ。マスク外して。賞味期限近いから」

 マサキは何かを期待しているように言うので、ミチエは戸惑とまどった。

「あっちで食べる。マスク取って風邪かぜうつしちゃ悪いから」

 ミチエは楽器が収納しゅうのうされている小部屋こべやけこんだ。今ならその部屋は誰もいない。

 マサキがミチエの後ろ姿を見送りながら、すっとスマホを取り出した。


 加尾良かおよし大学だいがく学園祭がくえんさいがはじまった。

 大勢おおぜいの人が大学に来ていた。

 

 大学のトイレの鏡の前で、ミチエは自分のまぶたやはなを何度も何度も入念にゅうねんにチェックした。

「大丈夫。おかしくない」

 おかしくはない。でも代わりにあまり変わってもいないような気がする。

 ただ少し目が大きくなり、少し鼻が細く高くなっただけ。それだけ。美人になったわけではない。

「何で私ってこんなにブスなの?」

 いくら整形せいけいしてもブスな女なんて、相当そうとうのブスだ。自分は世界一のブスなのかもしれない。

  

 学園祭がくえんさい最中さいちゅう、大学のある教室では、オーケストラカフェの催物もよおしものがされていた。

 部員たちがグループにわかれ、教室の前で合奏がっそうをし、やってきたお客さんにコーヒーやお菓子かしをふるまう企画きかくだ。

 オケ部が学園祭がくえんさいで毎年やっている企画だが、今年も盛況せいきょうで、大勢おおぜいのお客がやってきた。

 ミチエの母親も来ていた。

 ミチエの母親に、メガネをかけたカンナがコーヒーを出した。

「あら、カンナちゃん久しぶり。私のこと覚えてる?ミチエの母です」

「あ、お久しぶりです」

「大学1年生のときミチエとうちに来て以来かな。あいわらずきれいだね。メガネだし勉強もしてるでしょ。ミチエも服ばっか買ってないで、カンナちゃんを見習みならってほしいわ」

 カンナはにこりともせず、むしろ表情をかたくし、軽く会釈えしゃくしてその場を離れた。

水橋みずはしまだ来ないの?」

 舞台袖ぶたいそででは、ミチエと合奏がっそうするはずのオケ部員たちがそわそわしていた。

 サトミが苛立いらだち、カンナに、

水橋みずはしさんは何をしているの?もう出番でばんよ」

「ミチエちゃんもきっと事情があるんですよ」

 そこへ、アスムとヨシナガが連れだって教室に入ってきた。

 オケ部の仕事のシフトが入るまで、2人で学園祭がくえんさいを回ってきたようだった。 

 アスムはヨシナガを見上げながら、

「アスムめっちゃびっくりした」

 と、なにやら話をしていた。

 サトミはふいっと顔をそらし、2人の姿が目に入らないようにした。

「……本当なのか?それ」

「ほんとだよ。だってマサキ先輩せんぱいがタッツイーで写真あげてたもん。水橋みずはし先輩せんぱい整形せいけいのこと」

「ええ?」

 カンナとサトミが息をのみ顔を見合わせ、アスムにめよった。

「今の話どういうこと?」

 他のオケ部員たちも話を聞きつけ、アスムの方に寄った。

 ミチエの母やお客さんたちも聞き耳を立てた。

「え?だから水橋みずはし先輩せんぱい整形せいけいしてたって話ですよ。ほら」

 アスムがスマホを2人に見せた。タッツイーの画面がうつされていた。タッツイーとは、誰でも好きなことをつぶやけるSNSのことだ。

 タッツイーには、マサキの名前で、

水橋みずはし整形せいけいモンスター』

 という文字とともに、2枚の写真が投稿とうこうされていた。

 1枚目は、サングラスとマスクをつけた女性が、美容びようクリニックから出ていく写真。

 2枚目は、オケ部の楽器が収納しゅうのうされている部屋で、メガネとマスクを外しクッキーを食べているミチエの写真。その写真のミチエのまぶたと鼻のわきは、赤紫色あかむらさきいろにはれていた。

 1枚目の写真の女性は、2枚目の写真のミチエと、同じ髪型かみがた服装ふくそうをしていた。

 カンナもサトミもショックを受けた。

 オケ部員たちがざわつき、

水橋みずはし整形せいけいしたのかよ」

 同時にガラリと教室のとびらがあいた。

 真っ青な顔のミチエが立っていた。

 カンナが信じられないといったようすでミチエに、

「ミチエちゃん、整形せいけいするほど悩んでたの?」

 ミチエの母親が立ちあがった。

「ミチエ、どういうこと?」

 ミチエは走って逃げ出した。

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