第15話 不和

 自分のアパートで、ミチエは冷蔵庫を開けた。

 こんにゃくしか入っていない。

 ミチエはこんにゃくのを包んでいるビニールの袋をひらき、かじった。

「おえ。おえ」

 吐きそうになりながらも、ミチエはこんにゃくをがんばって飲みこんだ。

 さすがに何か食べないとにしそうだった。でも太るのはいやだから、こんにゃくしか食べられない。

 

 夏が来た。みんみんと、うるさくセミが鳴いている。

 音楽ホールの前で、楽器のケースを抱えたオケ部員たちがたむろしていた。

 みんな汗だくだった。

「何で会場入れないの?定期ていき公演こうえんの時間に間に合わないよ」

「予約時間が間違ってたらしい。今ヨシナガ部長ぶちょうが電話で時間変更できないか交渉こうしょう中だって」

「あの人に交渉こうしょうごとなんてできるのかよ……」

「誰?予約したの」

主務しゅむじゃね?」

 サトミがけわしい顔をした。

水橋みずはしさん。もっとしっかり確認して」

「すみません」

 ミチエは泣きたいのをこらえた。

 サトミ先輩せんぱいは自分を認めて主務しゅむにしてくれたのに。

 

 加尾大かおだいの音楽室では、いつものように部員たちが楽器の練習をしていた。

 ミチエの前にサトミが座り、

「お会計が間違っているじゃない。リョウくんから方法メソッドを聞かなかったの?」

「えっと。はい。多分」

 ミチエは萎縮いしゅくしながら答えた。

 サトミはいらだたしげに、チェロを弾くヨシナガの方に行った。となりにはバイオリンをくアスムがいる。

 オケ部員たちは手をとめ三人に注目した。気まずい沈黙ちんもくが音楽室をつつんだ。

「ちゃんと引きぎしてと言ったでしょう」

「……した」

「あの子はわかってないわよ。もっとちゃんと説明しなさい」

 ヨシナガは整った口を真一文字まいちもんじに結んだ。見るからに不満そうだ。

 そこでアスムが胸を張り立ちあがった。アスムは堂々と、

先輩せんぱい、やめてください。リョウさんはちゃんと水橋みずはし先輩せんぱいにお会計のこと教えてました。アスムはっきり見てましたから。水橋みずはし先輩せんぱいが間違えたんじゃないんですか?」

「何ですって」

「リョウさん、ここじゃ先輩せんぱいたちの声で集中できないから廊下に行こう」

「……うん」

 ヨシナガとアスムは、楽器を持って廊下に行ってしまった。

 サトミは怒りをこらえるようにふるえた。

水橋みずはしさん、これからはヨシナガくんにちゃんと確認しなさい!」

「え。はい。すみません」

 ほんとにヨシナガ先輩せんぱいから方法聞かなかったんだけどな。

 

 大学の広い教室。

 今は授業中で、先生が黒板に文字を書きながら講義をしていた。

 教室の後ろの方にいるミチエが、ノートを取ろうとするが、頭がぼんやりして内容がまるで入ってこない。

 サトミに怒られたこと、マサキや元彼もとかれに言われたことがぼんやりと頭の中をただよい、ミチエを責めたて、集中できないのだ。

 

 チャイムがなり、授業が終わった。

 帰ろうとするミチエは、同じ教室の前の方にカンナが座っていたのに気づいた。

 ミチエは自分の真っ白なノートを見た。

 カンナちゃんにノート借りようかな。

 だが、ミチエは外見のことでカンナに嫌味いやみを言ってしまった。いやな思いをさせたに違いない。

 その時のことを思い出し、ミチエは落ち込んでノートをしまい、教室を出て行った。

 

 アパートに帰ると、ミチエは何時間も立ち鏡の前で自分の姿を凝視ぎょうしした。

 整形はしたが、自分がかわいくなったのか、ブスのままなのか、わからない。外見をほめてくれたのは、今のところカンナだけだった。

 ブーブーと、スマホの画面に通知が浮き出た。親からメッセージが来ていた。

『家に成績表届いたよ。あんた大学で何してんの?』

『全部不可ってどういうこと?ちゃんと勉強してるの?』

『仕送りももうしないよ』

 

 それからしばらくした後、夏休みも終わる頃の音楽でのことだった。

 オケ部で全体合奏をしていた。

 苛立いらだったように思い切り指揮棒しきぼうを振っているサトミが、指揮棒しきぼうを持っていない方の手を握ると、演奏が終わった。

「今日はここまでよ。自主練習セルフプラクティスはどうぞご自由に。もうすぐ学祭がくさいだから手は抜かないでね」

 すかさずアスムがヨシナガにすり寄った。

「リョウくん。アスムと新しくオープンしたカフェ行こう。有名な建築家けんちくかがデザインしたとこで超オシャレなの」

「……うん」

 ヨシナガはほほ笑み、アスムと音楽室を出て行った。

「ヨシナガ先輩せんぱいとアスムちゃん本当お似合いだよね」

「ね。絵になってる。美男美女って感じ」

 サトミは指揮棒しきぼう乱暴らんぼうに振ったので、オケ部員たちは黙った。

 コントラバスを抱えたミチエは思う。

 やっぱりブスは損だよな。

 すると、ミチエに近くにいたチューバの先輩せんぱいが声をかけた。

「あれ?水橋みずはし、何か顔むくれてね?」

「え?」

 ミチエは思わず目と鼻をおさえた。冷や水をかけられた気分だった。

 そんなミチエの様子を、パーカスのグループから、マサキがながめていた。

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