第14話 変化

 春になり、加尾良大学かおよしだいがくを、新入生しんにゅうせいたちが通った。

 大学生たちは、満開の桜の下で新歓しんかん活動かつどうをしていた。

   

 音楽室でも、オケ部員たちが新入生しんにゅうせいたちに楽器を教えていた。

 背の低いマサキが、新入生しんにゅうせいの女子学生の前で打楽器だがっき演奏えんそう披露ひろうした。びるように、へらへらとにやつきながら、

「パーカスどう?楽しいよ。女子少ないけど俺が手取り足取り教えるからさ」

「大丈夫でーす」

 女子学生たちは他の楽器のところへ行ってしまった。

「チェロいいな。超イケメンの先輩せんぱいいたよね」

「私もチェロがいい」

 マサキは舌打ちした。

「ブスどもが」

 

 カンナも新入生しんにゅうせいにフルートを教えていた。

 カンナは今日はメガネにジーパンだった。髪も後ろで簡単に束ねていただけだった。

先輩せんぱいめっちゃかわいいですね。私フルート入ろうかなあ」

「え、あ、どうも」

 音楽室にミチエが入って来た。ミチエはうつむき、髪で顔を隠していた。

「カンナちゃん久しぶり」

「え?ミチエちゃん?」

 一瞬誰だかわからず、カンナはあっけにとられた。

 ミチエは力なく笑った。

 ミチエはいつも以上にきっちりメイクをしていた。ファンデーションのぬりすぎで顔が真っ白だ。

 長い髪もきれいに染められ、先が華やかに巻かれていた。

 服も最近雑誌に載っていたようなものを着ている。

 歯には矯正装置をつけている。

 それに頬がこけ、ずいぶんやせていた。

 だが何より、顔そのもの変わった気がする。

「ミチエちゃん歯の矯正始めたの?何かかわいくなったね」

 でも、雰囲気が暗くて、ちょっと近寄りがたい。

 新入生しんにゅうせいも、ミチエをちらりと見てから、すぐ手元のフルートに視線を落とした。

「そうかな」

 ミチエは笑った。整形とホクロ除去じょきょの効果があった。

 でもまだ効果が足りない気がする。新入生しんにゅうせいの子はカンナのことはかわいいと言っても、整形したミチエのことはかわいいとは言わない。

 カンナちゃんはいい人だから、お世辞せじを言っただけだよね。

「カンナちゃんはメガネにしたんだ」

「うん。まあね……。それより冬休ふゆやすみや春休はるやすみはどうしてたの?授業もほとんど来てなかったけど、単位たんい大丈夫?」

「うん。まあ」

「あとやせた?」

「え?なんで?私はデブなのに」

「ほんとにやせたよ。前と全然違うもん」

「ああ。前と比べてってことね。でももっとやせなきゃ。デブスは生きてちゃいけないもん」

 カンナはびっくりして硬直こうちょくした。

 そこへ、音楽室をうろうろしていたサトミがミチエを見つけ、

水橋みずはしさん!やっと来られましたの?メールで約束した時間から1時間もすぎていますわ。主務しゅむの自覚はあって?」

 と、ミチエを怒鳴りつけた。

「すみません」

「タイムイズマネーをご存知ない?あたくしも大学院だいがくいん入試にゅうし準備じゅんびでトゥビジーなのよ」

 サトミはいらいらしていた。

 ミチエは落ち込み、余計よけいにうつむいた。

 カンナは、

「気にしなくていいよ。サトミ先輩せんぱい最近ずっとああだから」

「何かあったの?」

 カンナは弦楽げんがくグループの方に目配めくばせした。

 ヨシナガがチェロを弾いている。相変わらず哀愁あいしゅうに満ちた音で、演奏ぶりは華麗かれいだった。

「あ。先輩せんぱいいま半音はんおんずれた!」

 女子学生の元気な声で、ヨシナガは手を止め、なんとほほえんだ。

「……よくわかったな」

「オケ部の部長ならちゃんと練習してよね」

 そう言った女子学生は、ヨシナガのとなりでバイオリンをかまえていた。

 すらりと長い手足に、かなりの小顔で《こがお》、まるで雑誌ざっしのモデルが紙面しめんから抜け出してきたようだった。

「アスムははっきり目に見えるものと聞こえるもの以外信じないから」

 女子学生は大きな口から白い歯をのぞかせ笑い、ヨシナガの腕を軽くたたいた。ヨシナガもさっきより大きく笑った。

 サトミは2人をねめつけていた。

 ミチエはカンナにひそひそと、

「あの子新入生しんにゅうせい?」

「うん。風波見かぜはみ明日夢あすむちゃんっていう子。7歳の時バイオリンの国際大会で優勝して、ティーン雑誌でモデルとかもやってたらしいよ」

「ええ?何でそんな子が加尾大かおだいに?」

「将来はモデルより建築家けんちくかになりたいから、加尾大かおだい建築けんちく学科がっかに入ったんだって。ほら、建築けんちく学科がっかは有名な先生いるじゃん」

「ヨシナガ先輩せんぱい狙ってるの?」

「多分。あの調子でグイグイ行ってる。あの子、曖昧あいまいなものがきらいいなんだって。ヨシナガ先輩せんぱい、顔も演奏も誰が見てもはっきりいいってわかるから、目をつけられたんだと思う」

「サトミ先輩せんぱいのことは?」

「関係ないんじゃない?アスムちゃんサトミ先輩せんぱい以上に自分に自信じしんたっぷりだもん。ヨシナガ先輩せんぱい自信じしん満々な人が好きじゃん」

 ミチエはとおまきにアスムを見た。

 どんな男の人も恋してしまいそうな笑顔。つぶれた肉まんみたいな顔のサトミ先輩せんぱいとは大違いだ。

 ヨシナガ先輩せんぱいだって、やっぱり美人の方がいいよね。

「やっぱさあ。世の中顔とスタイルなわけよ」

 マサキが2人の間に割って入った。

 カンナがマサキをじろりとにらんだ。

「マサキくん。何なの?」

「いやだからさあ。性格がいいより顔とスタイルがイイ相手がイイに決まってんじゃん。男も女も。自信じしんにしたって、そもそもブサイクとチビが自信じしんなんかつけられる世の中じゃねえってえの。水橋みずはしならわかるよな」

「……そうだね」

「ミチエちゃん」

水橋みずはしならわかってくれると思ってたよ。合宿がっしゅくのときのこと、怒ってないよな」

「うん。怒ってないよ。気にしてないから」

「よかったあ。水橋みずはしがあれ以来いらいにサークルに来ないの、おまえのせいだろってチューバの先輩せんぱいにどやされてさあ。……お、あの子かわいくね?」

 マサキはへらへらしながら、新入生しんにゅうせいの女子の方へ行ってしまった。

「ミチエちゃん、私はマサキの言うことは違うと思う。人は外見がいけんだけじゃないよ」

 ミチエは首をふった。

事実じじつそうなんだよ。ブスが世の中でどれだけそんしてるか、ちやほやされてる美人にはわかんないよね」

「……」

「ごめん」

 ミチエはカンナから離れた。

 カンナは心配そうにミチエを見送った。

 マサキは目をつけた新入生しんにゅうせいの女子に、

「ねえねえ、君さあ、めっちゃかわいくない?」

 と、へらへらびながら、横目よこめでミチエを観察した。

 やっぱり水橋みずはし、顔変わったよな。もしかして……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る