第12話 溶ける

「ミチエちゃん。大丈夫?」

 カンナがミチエにり、ミチエの背をなでた。

 オケ部員たちが白い目でマサキをながめた。

「あ?なんだよ?みんなして」

 マサキはキョロキョロした。

 サトミがつかつかとマサキの方に歩み、マサキのほおにおもいきりビンタをらわせた。

「いい加減かげんになさい!」

 サトミが怒鳴どなった。一度もオケ部員には見せたことのない、本気の怒りだった。

 オケ部員たちがマサキを嘲笑ちょうしょうした。

「マサキざまあ」

「てかマサキもブサイクじゃん。人のこと言えないだろ」

 マサキははれたほおに手をあてた。サトミをにらみつけ、なぐりかかった。

「うるせえこの勘違かんちがいいブタ女!ドブスのくせにいつも美人ぶってんじゃねえ」

「何ですって?」

「デブのブスは俺が大人しくさせてやる」

上等じょうとうよ。あたくしのプライドにかけて受けて立つわ」

 サトミとマサキは取っ組み合いの喧嘩けんかになった。

 っぱらったオケ部員たちがはやしたてた。

「いいぞ。やれやれ」

「ブス対ブサイクの戦いだ」

珍獣ちんじゅう対決たいけつウケる」

 写真や動画をる者もいた。

「……サトミ、やめて」

「サトミ部長、マサキは悪酔わるよいいしてるだけですよ」

 ヨシナガや何人かのオケ部員は、2人の喧嘩けんかを止めようとした。

 その間も、ミチエはカンナに背をなでられ、はげしくあらい呼吸をしていた。

 

 コテージの暗い部屋のベットで、ミチエは横になっていた。

 ベッドのはしにカンナが座り、心配そうにミチエの背をなで、付きそっていた。

 部屋がノックされ、男子の声がした。

「カンナちゃん、2次会来れる?」

「2次会?やるの?」

「やるって。部長とマサキも落ち着いたし。それに話があるんだけど」

 ミチエが寝返ねがえりをうち、うつぶせになった。

「行って来なよ」

「でも心配だよ」

「ごめん。1人にしてくれない?」

「……わかった」

 カンナはしずんだ声で言い、部屋出て行った。

 ベッドの上に置いていた、ミチエのスマホが、ブーブーうなった。

 ミチエが画面を見ると、ラインの通知が来ていた。彼氏からだった。

『別れてください。バイトもめます』

 部屋のドアしに、カンナと男子の声がした。

「俺、カンナちゃんが好きなんだけど」

「ええ?」

「初めて会ったときからすごいかわいい子だと思ってた。合宿で絶対告白するつもりで」

 ミチエはうつぶせのまま、声を殺して泣いた。ひたすら泣いた。

 私がブスなのがいけないんだ。 

 自分のこの体が気持ち悪い。

 この顔が気持ち悪い。

 自分の体全部がどろどろに溶け、ゆがみ、形をなさない異様いようなものに思えた。

 自分は異形いぎょうの化け物で、人間未満の奇怪きかいな生き物なのだ。

 みにくい化け物は誰も愛さない。

 みにくい化け物は生きていてはいけない。

 死にたい。

「死にたい。死にたい。死にたい。死にたい」

 窓からりようか。

 首をくくろうか。

 布でも飲み込もうか。

 色々な方法が頭をよぎった。だがどれも痛そうで苦しそうだからいやだった。

 ブーブーと、スマホが再びうなった。ラインの新着の通知が届いていた。

 美容クリニックのアイコンが画面に浮かんでいた。

『パッチリ二重ふたえをゲット!今なら埋没法まいぼつほう50%オフキャンペーン実施中。注射で切らない小鼻こばな縮小しゅくしょうも』

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